「おっかけ!千夜千冊ファンクラブ」。ちぢめて「オツ千」。今回は『パターンの科学』のオツ千投稿に合わせて、小僧がブルーノ・ムナーリのデザインの秘密を紐解きます。「数学では何の役にも立てませんでした」と傷心する小僧の面目躍如となるのでしょうか。オツ千発の図像検分をご笑覧ください。
見ていると目まぐるしいのに、色数は意外にもシンプルで、ぜひとも色をつける前の構造が知りたくなる。この不思議なデザインパターンは巨匠ブルーノ・ムナーリによる<ペアーノ曲線の色彩>というシリーズの一つで、ぼくが一番気に入っているものです。ムナーリは1907年生まれのイタリアのデザイナーで、未来派やオリベッティなどイタリアデザインの中核と関わりながらも、常に独自の路線を拓いていたデザインのマエストロでした。ウンベルト・エーコやレオ・レオーニとの関わりもあって、フォルムとシェイプの重視は誰にも引けを取らない、唯一無二のモビール主義者でもあります。詳しくは千夜千冊もされているのでぜひ読んでいただのですが、今日はこのムナーリのフォーミング技術の秘密を、ごく一部ではありますが、ペアノ曲線とともに迫りたいと思います。ムナーリは<ペアーノ曲線の色彩>をたくさん作っているので、今回の見方がすべてに適応できるわけではありませんが、みなさんがお気に入りの作品を紐解く上での参考にしてもらえると嬉しいです。
ペアノ曲線(図1)は空間充填曲線とよばれています。線を細かくしていくと、最終的に正方形を生み出すのでこの名が付けられました。正方形のセットを一筆書できる性質ももっている。
ムナーリはペアノ曲線を「「病的な曲線」の最高のタイプ」と讃え、「厳然たる数学的構造に、感性に基づいた心理的要素たる色彩を取り入れた場合に、一体何が起こるのか、それに関心があった」とデザインの動機を述べています。「厳然な構造」に「感性」の注射をズブリと刺したかったようです。今回はこの貫入が実際にどう作用しあったのかを見ていきたいと思います。
ちなみにムナーリはペアノ曲線の仲間であるシェルビンスキー曲線(図2)を用いています。ペアノ曲線が閉ざされていないのに対して、シェルビンスキー曲線はそれ自体が閉じて面を形成しているのが特徴です。ちなみにちなみに、どこも曲がりくねったところがないのになぜ曲線かというと、数学の世界での直線とは曲線の一部であって、いわばシャケやブリなどという代わりに魚と呼んでいるようなもの。
シェルビンスキー曲線を詳しくみてみましょう。この曲線はレッドホットチリペッパーズのロゴマークのような単位を持つ面を形成しているため、図3で赤くハイライトしているように、背景と図の関係が明確になりやすい特徴があります。ところがムナーリは安易なパターン認識から離れ、より複雑なパターンに向かうため、曲線を構成する正方形のセットに目を付け直しました(図4)。一度全体の像を捉えた上で、ふたたび構成要素に戻ったのです。レッチリマークを散り散りにしたわけですね。この行ったり来たりな、いわばFlip&Flopなまなざしによって、ムナーリはより細かなペイントモジュール(塗りしろ)を生み出すことに成功しています。
面白いのが、そもそもFlip&Flopの方法は、「要素の肌理を細かくすると全体が形成される」という空間充足曲線自体が持つ方法でもあります。曲線の特性自体を、モジュールの作成に適用していることは注目するべき事実です。
ここで、ムナーリが作ったモジュールには、どんな種類があるのか見てみましょう。ムナーリは単位正方形に基づいて、合計で5種類のペイントモジュールを駆使しています。ちょっと目がまわるかもしれませんが、生成の順序を紹介しましょう。まず上のA、Bのモジュールは、先に見たFlip&Flopのまなざしから取得できます(青線)。一方、C、DはAとBの塗り残しから取得できる。つまり地と図の反転がここにも起きているわけです(緑線)。さらにEはDの反転であって、もう一度ひっくり返っている(桃線)。パタパタパタ、と何度もパターンがひっくり返っているのがポイントです。適当な形なのではなく、きちんと因果関係がある。
ただ、ここで留意しておきたいのは、図に示したように因果的には可能ではあるが採用されていないモジュールも存在するということです。この謎に関しては追って検討したいと思います。
実際にどんなふうにモジュールが使われているのかも見てみましょう。上の図は<ペアーノ曲線の色彩>を色ごとに分版した画像です。塗り色は4色で、実際に先に獲得した5種類のモジュールだけで作られていますね。ところで、この配色自体にはどのような意図があるのしょうか?
まず明確にしておきたいのは、ムナーリは「ある複雑な秩序のパターン」を色彩で表そうとしているということです。ムナーリの狙いは、整いすぎた配色構造でもなければ、出鱈目な塗り絵でもありません。あくまでも「厳然たる構造」と「心理的色彩」の掛け算という、そもそもの設計意図を思い出しておきたい。いわば「スタティック(静的)」な秩序と「キネティック(動的)」な秩序とでもいうべき二つの秩序のマッシュアップを試みているわけです。
順を追って説明していきます。まず先に見たように彼は全体で4つの色を用いていますが、これは実は構造の安定(スタティック)にとっては決定的な欠陥があります。というのも最小単位のシェルビンスキー曲線を見ればわかるように、この構造からは本来5つの塗りしろが生まれることになります。構造を安定させたいのなら、上の図に示したように色数も5色であるべきです。しかし、ムナーリの主眼は構造の安定ではなく、それを動かす(キネティック)ことでした。そこで、4色で塗り、あえて不足を作ることで、どこか1色を中央の菱形に侵食する形を強制しました。「塗りきれない」ことで構造を動かすのです。こうして4色塗りは、シェルビンスキー曲線が持つ対称性が解放し、アピアランスに動きを生むようになります。
さらに興味深いのは、なんとその4色塗りの単位正方形は、全36個中9箇所しかないということです。たった1/4。では他はどうなっているかというと、基本はさらに少ない3色です。安定性はさらなる危機に晒される一方で、塗りのパターンの可能性は増大しています。4色でのパターンが角度変化を除くとたった4つに限定されるのに対して、3色でのパターンは40パターン以上…変化をもたらすためのパターンにも2種類あるという、メタパターン自体にも変化が起きているのです。
しかし、どんなに動きを重視したいからと言って、キネティックなパターンを無闇に増やすのは危険です。あまりにも細かいパターニングはそもそも秩序立って見えなくなり、完全なランダムネス、カオスに陥る可能性があります。ではムナーリは3色塗りという細かいパターンをマジョリティーとしながら、どのようにこの無秩序さの問題に向き合ったのでしょうか。ぼくはこのムナーリの方法には涙を流すほど感動したのですが、彼はこの構造の担保に、またもFlip&Flopなまなざしを持ち込んだのです。しかもそのまなざしは、ナナメなまなざし。斜線の視線でした。
先に彼が4色を用いているのは全体の1/4にすぎないと言いましたが、実はこの1/4がどこにあるかがとても重要だったのです。上の左図を見てください。この赤くハイライトしたところに4色塗りが適用されています。そしてこの図を45度傾けると(右図)、驚くべきことに正方形の対角線を軸に、擬似的な線対称となっている。中心に黒で塗られているパーツが3つそろっていて、さらに、それを挟むように「白1、青2、黄2」の同じセットが中心を貫いていて、非常に安定的な形を作っているのがわかると思います。しかも高度なことに完璧な線対性ではなく、微妙にズレもある。だからこそこの対称性は一見気づかないものですが、その分平面全体で悪目立ちをすることもなく、縁の下の力持ちのようなゆるやかな安定感をもっています。まるで「責任を俺が持つから、好きにやっていいよ」と言ってくれる上司、あるいは食事の席で、トイレに行ったふりをして先にお勘定をしておいてくれたかのような、さりげないけど驚くべき気の利き具合です。
この気遣いは、構造全体にスタティックな秩序を与えることに貢献しています。とくに対角線という、平面そのものが持っていた構造的な背骨をさりげなく安定させているところが強力です。中心が安定しているから、3色を基本とした軽量ユニットで高速にパターンを展開しても違和感がない。スカーフやハットが決まっていれば、他がファストファッションでもスタイルが見えてくるのと似ています。さらに構造の安定化を完全な対称性に頼り切っていないところにも好感が持てる。地域の安定化に重武装の軍隊を派遣して暴徒を鎮圧するわけではなく、現地住民の自由を生かすために権力中枢の野心を軟化させ、双方にとっての利益を絶妙なバランスでとっていくような、話術の鮮やかさがあります。
ここで、先に疑問を呈しておいた形態上可能ではあるが採用されていないモジュールたちについて、振り返ってみたいと思います。実はここまでの検証結果を元に考えれば、ムナーリがモジュールを制限した理由も見えくる。
まず配色ルールから考えてみましょう。安定構造に意図的な欠陥をもたらすために、ムナーリは色調を3色か4色を基本としています。すなわち2色でしか塗れないイとオはこのテストにひっかかります。また、エの塗りに関してはどうでしょう。これは配色自体には問題ありませんが、中央の菱形が完全な線対称を生成してしまうため、動的なパターンを作るモジュールとしては、存在意義と矛盾が生じます。同様にウは3色塗りをしようとした際に、エを必要とするため外れることになります。
そして問題はアですが、これも対称性という視点を適用すると説明がつきます。アとともに3色塗りができるのは、AとCのコンビネーションだけですね(1)。似たパターンのBとCのコンビネーション(2)が、傾斜時の対称性を崩している一方、アACのコンビは対角線に対して完全な線対称となってしまいます。これではエと同様に存在意義に矛盾が生じてしまいます。
A〜Eのパターンはこれらのテストを通過していることがわかるでしょう。ここまでで明らかに成ったように、ムナーリは色彩を対称性のゆさぶりに使用しているようです。「厳然な構造」に対する変化適用ツールだったわけですね。だからこそ、その意図にそぐわないパターンは意識的に排除しているのだと思います。
いかがだったでしょうか。ペアーノとムナーリ、そのランデブーな「曲芸」の秘密を、一端でも明らかにできていれば幸いです。ぼくはムナーリの検分を終えて、ロジェ・カイヨワが提起した「反対称」(ディシンメトリー)の原理を思い出しました。ものごとは「無対称」(アシンメトリー)から、「対称」(シンメトリー)を獲得し構造を安定させる。そしてさらにその内部構造が持つそれ自身の力によって対称性を破る「反対称」(ディシンメトリー)が生じうる。そう提唱したのがカイヨワでした。もしかしするとムナーリが「厳然たる構造」と「心理的色彩」の掛け合わせで示したかったことも、デザインとは構造そのものがすでに持っていたディシンメトリー性を発見することあり、そもそもパターンの形成はそれでしか進んでいかないよ、ということだったのかもしれません。松岡正剛はこのことをデザインは「脱」しるし(de-sign)であるといっています。未だ見ぬ構造はすでに構造の中に潜んでいるのであり、デザイナーはそこから未知の形を見出す関係の第一発見者なのでしょう。そしてムナーリが教えてくれたのは、その関係の手掛かりを「どうだ!」と見せつけるのではなくて、誰もが使えるようにサラッとさし示すことの鮮やかさでした。
穂積晴明
イシス編集学校方源、編集工学研究所デザイナー、「おっかけ千夜千冊」の千冊小僧。『情報の歴史21』『知の編集工学 増補版』ほか、編集学校のあらゆるものをデザインするが、疲れ目に祟り目でたまに目にカビが生える。
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