エノキの葉をこしゃこしゃかじって育つふやふやの水まんじゅう。
見つけたとたんにぴきぴき胸がいたみ、さわってみるとぎゅらぎゅら時空がゆらぎ、持ち帰って育ててみたら、あとの人生がぐるりごろりうごめき始める。

幼い頃から変わらぬ癖がある。ものを考えるときに上を向く癖だ。斜め上を見上げる。前頭葉に意識を向ける。目を閉じる。開く。その向こうには空が広がっていた。空には言葉未満の言葉が光となり、私を迎えてくれていた。そこに意味を見出す。雲と雲の形を繋ぐように、時折目の中に現れるピンホールを埋めるように。
空をみていると思い出すことはいくつかあるが、その一つに出身教室である45[守]ストールたくさん教室がある。師範代は若林牧子師範代(52守同朋衆)。私の最初の教室名イメージは、空にたなびくストールだった。ストールは自在に形を変え、たくさんの関係線を結んでくれた。時に、深海を泳ぐリュウグウノツカイに見立てられ、なかなか出会えぬ偶然を迎えに行く方法を学んだりした。そしてこの教室からは、同期で3名の師範代が生まれた、私の原郷である。思い出は数えきれないほどあるが、「渡」を超えるような出来事といえば、空文字アワーだった。
元来内弁慶で夢見る夢子、人と協力することも同じことをするのも許せず、編集稽古の回答や指南をみて、あーこんな考えの人もいるんだとどこか他人事。自分の領域に入ってこられるのがイヤでたまらなかった。
だから、空文字アワーが始まった時も、すぐに書き込みに飛びついた私だったが、実は次はこんな文章が来て欲しいと考えながら投稿をしていた(今考えるとすごく身勝手ですが…)。最初からゴールを勝手に思い描いていて、そうならないことに気持ち悪さを感じていた。
しかし、もちろんそんなに自分の思い描くように進むわけがなく、文章はとんでもない方向へ進んでいくことになる。
始まってから3日目、オーストラリア在住の学衆からこんな書き込みがあった(のちに、48[守]で共に師範代登板することになる)。
【W・M】12月25日大きな荷物をソリに積み終え、夜明け間近に思い立ってようやく山小屋を抜け走り出すと、キンとした気持ちのいい風が東の方角からそっと吹いていたのを( )炎を見つめながらしみじみと思い出した。
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【W・Y】12月25日大きな荷物をソリに積み終え、夜明け間近に思い立ってようやく山小屋を抜け走り出すと、キンとした気持ち( )のいい風が東の方角からそっと吹いていたのをピンクの猿と燃え盛る炎を見つめながらしみじみと思い出した。
衝撃が走る。猿ですと? しかもピンク!
その瞬間、私の中にあったものはガラガラと音を立てて崩れていった。喪失ではなく爽快。崩れゆくことの気持ちよさを生まれて初めて感じたのだった。幼い頃から誰かの言葉でとどめを刺してもらいたい気持ちがあった。生意気で身勝手な私を昇華してくれるような言葉を待っていたことを思い出した。
はちゃめちゃで何処へ向かうかわからない不安と、大きなものに包まれたような安心感。自分の単語の目録にはない言葉が加わることの痛気持ちよさ。そんな交わし合いを日に何度も繰り返し、自分1人では到底見ることのできない景色をその後も次々と見ることになった。私たちは、宇宙へ飛び立ち、三年坂のぜんざいの味をかみしめ、月と地球を行ったり来たりした。振り返ると、自分と外界を結ぶ境界が自由になっていくのを感じる出来事だった。
11月17日午前5時55分。白墨ZPD教室で出題された空文字のお題は、
「雪が降ってきた」
ピンクの猿は降ってくるのだろうか。
<石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記 バックナンバー(全7回)>
ピンクの猿――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#03
大濱朋子
編集的先達:パウル・クレー。ゴッホに憧れ南の沖縄へ。特別支援学校、工業高校、小中併置校など5つの異校種を渡り歩いた石垣島の美術教師。ZOOMでは、いつも車の中か黒板の前で現れる。離島の風が似合う白墨&鉛筆アーティスト。
海と山の間から太鼓の音が聞こえてきた。 ここは、沖縄県のさらに南の離島のそのまた外れのとある中学校。校舎からは綺麗な湾が見渡せ、グラウンドには孔雀や猪の住む山が差し迫る。全校生徒は23名。夏の終わりに行 […]
うつらうつらしていると、何かが聞こえてきた。あたたかな音。ああ、雨だ。長男は小さな頃、「雨の音をききながらねるのがすき」と言って丸くなっていた。その姿に、幼かった彼はお腹の中にいることを思い出しているのかなと、愛おしく […]
世界は書物で、記憶を想起するための仕掛けが埋め込められている。プラトンは「想起とは頭の中に書かれた絵を見ること」と喝破した。松岡正剛校長は「脳とか意味って、もっともっとおぼつかないものなのだ。だから『つなぎとめておく』 […]
52[守]師範代として、師範代登板記『石垣の狭間から』を連載していた大濱朋子。今夏16[離]を終え、あらためて石垣島というトポスが抱える歴史や風土、住まいや生活、祭祀や芸能、日常や社会の出来事を、編集的視点で、“石垣の隙 […]
虹だ。よく見ると二重の虹だった。見ようと思えば、虹は何重にもなっているのかもしれない。そんなことを思っていると、ふいに虹の袂へ行きたくなった。そこで開かれる市庭が見たい。 そこでは、“編集の贈り物”が交わされていると […]
コメント
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2025-08-19
エノキの葉をこしゃこしゃかじって育つふやふやの水まんじゅう。
見つけたとたんにぴきぴき胸がいたみ、さわってみるとぎゅらぎゅら時空がゆらぎ、持ち帰って育ててみたら、あとの人生がぐるりごろりうごめき始める。
2025-08-16
飲む葡萄が色づきはじめた。神楽鈴のようにシャンシャンと音を立てるように賑やかなメルロー種の一群。収穫後は樽やタンクの中でプツプツと響く静かな発酵の合唱。やがてグラスにトクトクと注がれる日を待つ。音に誘われ、想像は無限、余韻を味わう。
2025-08-14
戦争を語るのはたしかにムズイ。LEGEND50の作家では、水木しげる、松本零士、かわぐちかいじ、安彦良和などが戦争をガッツリ語った作品を描いていた。
しかしマンガならではのやり方で、意外な角度から戦争を語った作品がある。
いしいひさいち『鏡の国の戦争』
戦争マンガの最極北にして最高峰。しかもそれがギャグマンガなのである。いしいひさいち恐るべし。