メディア美学者・武邑光裕氏による52[守]特別講義が迫る(2024年1月21日)。『情報の歴史21』イベントに「10周年記念武邑塾2023×DOMMUNE」、いつだって泰然と言葉を紡ぐのが武邑氏だ。そんな武邑ワールドを読み解きたい。題して「武邑光裕を知る・読む・考える」。第2弾は『記憶のゆくたて ーデジタル・アーカイヴの文化経済ー』をお届けする。
個々の意識の中でしか保存することができず離散するしかなかった記憶は、粘土板や紙の出現によって記録され、自らの外に存在することが可能となった。個の記憶が記録され、共有され、集団の記憶となる。集団規模で、記憶を継承していく営みが文化をつくっていく。本書は、人類のアーカイヴをめぐる営みを丹念にコンパイルし、デジタル・アーカイヴの可能性を見出そうという試みである。前半で世界各地を俯瞰し、後半は日本に的を絞る。冷静な筆のおもむきのなかにも日本への想いが滾る。
現代の日本のデジタルの動向を語るために、日本のアーカイヴのアーキタイプまで、とことん遡るのが武邑流だ。とりわけ『万葉集』に注意のカーソルを当てる。歌の選びと並び、すなわち編纂方針に編者大伴家持の意図が読める。「正史にはあらわれようのない民が歌に込めた願いを未来の歌人に継いでほしい」。百年のときを経て、『古今和歌集』は、『万葉集』を踏まえながら、新たな編纂方針のもとに編まれる。以降の勅撰和歌集も然りだ。やがて、歌枕を巡礼する松尾芭蕉の『奥の細道』に繋がる。芭蕉が説いた「不易流行」は、時代を超えた「不易」である歌枕に、現代の要素「流行」を加えて、再構成してこそ「風雅の雅」が生まれるという。アーカイヴの成果のうえに新たな文化を構築するという意志こそ、日本が受け継いできたものだ。どのような時代にも、未来へのメッセージを託そうと仕組む編者がいて、それを受け止めて新しい何かを生み出そうとする編者がいた。が、明治以降、文明開化・近代化の号令のもと、アーカイヴの編纂が途絶え、その流れは今なお続く。
デジタル技術の獲得により、人類は膨大な記憶の保管場を獲得することとなった。かつては、その土地の歴史や地理とともに博物館や美術館といった形でしか外の目に触れなかったアーカイヴ情報が、地を伴わずに世界へと出ていくことが可能になった。国際映画祭での日本映画や日本アニメの受賞、日本小説の各国語への翻訳、日本のキャラクターの人気…とグローバルな市場では、日本コンテンツの隆盛が見られる。が、肝心の日本国内で目立つのは、文化財保護という呼び声のもと断片的な陳列ばかり。欧米では、さっそく離散する集団の記憶を文化のもとに再編し、長期的、持続的な利益を目指すようなデジタル・アーカイヴ・プロジェクトの動きも見える。
武邑氏は、よく目を凝らし、日本文化の記憶を継承して新しい編集に向かう萌芽を捉える。マンガやアニメには浮世絵の描写が潜み、本書刊行当時に人気を博した少年漫画『ヒカルの碁』は能の構造を受け継ぐ。文化とは、記録の陳列ではなく「記憶の創成」。残された記録から、デジタルの力を借りてそのミームを取りだせば、現代という地において、古の記憶を再構築する可能性はいくらでもある。
デジタル・アーカイヴを活用して、日本文化への真の寄与ができるかどうかは、担い手である「われわれの意志次第」。「今こそ」と武邑氏が静かに喝破する。膨大なデジタル情報の渦のなかに、ただ身を置くだけでは、そうはなるまい。本書は、日本文化の継承者たらんとする武邑氏の宣誓であった。そして、刊行から20年を経た今も、膨大な情報の大海原の溺れまいと編集の扉を開く冒険者への指南書たり続ける。
アイキャッチ/阿久津健(52[守]師範)
イシス編集学校第52期[守]特別講義●武邑光裕の編集宣言
●日時:2024年1月21日(日)14:00~17:00
●ご参加方法:zoom
●ご参加費:3,500円(税別)*52[守]受講生は無料
●申込先:https://shop.eel.co.jp/products/detail/622
●お問合せ先:es_event@eel.co.jp
◆武邑光裕を知る・読む・考えるシリーズ◆
阿曽祐子
編集的先達:小熊英二。ふわふわと漂うようなつかみどころのなさと骨太の行動力と冒険心。相矛盾する異星人ぽさは5つの小中に通った少女時代に培われた。今も比叡山と空を眺めながら街を歩き回っているらしい。 「阿曽祐子の編集力チェック」受付中 https://qe.isis.ne.jp/index/aso
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