43[花]習いながら私から出る-花伝所が見た「あやかり編集力」-(179回伝習座)

2025/04/16(水)08:08 img
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 松尾芭蕉の有名な俳諧「古池やかはづ飛び込む水の音」が、もととなる和歌をやつして生まれた句であることは、あまり知られていない。これは、4月5日に行われた伝習座の前半、田中優子学長による「江戸×あやかり」をテーマにしたセッションで紹介された江戸のあやかり(肖り)編集の一つである。あやかるもととなるものを前提に別の世界を作ることができるのだ。

 

ー既知から未知へー

 

 私たちは普段、知らず知らずのうちにすでに自分が知っていることだけでものごとを考えてしまっている。丸い穴があいた木の枠と細長いガラス管を見ると、既知の要素・機能・属性からそれは「試験管と木製の試験管立て」であると即座に判断してしまう。

 

「自分」という存在についても、成長するにしたがって”自分はこういう人間である”と認識し、確立された個であるように考えるようになる。

 

松岡正剛校長が自ら100円ショップに買いに行ったという試験管立てと試験管。木製の枠だけでは何かわからないが、試験官が添えられると既知の情報と結びつく。

 

 今回の伝習座で参加者が一座建立して向き合ったのは、既知から脱し、見方を自由にするための「あやかり編集」という方法であった。田中学長は、セッションのなかで、蔦屋重三郎が手掛けた遊女を花に見立てた『一目千本・華すまひ』、狂歌師たちを平安時代の歌人に見立て、百人一首のような構図で描いた『吾妻曲狂歌文庫』など、平安時代や中世などの古典を江戸時代の文化につなげたあやかり編集の例を次々に紹介した。いずれもあやかるもととなるものを知っていなければ、その面白さや価値が分からない作品たちである。

 

―モノにあやかるー

 

 あやかるのは、パーソナルなものだけでなく、オブジェクティブなものもある。過去の伝習座の講義映像を挟みながら進む後半のREMIX校長校話「あやかり編集力」のセッションでは、先ほどの試験管立てのほか、排水溝のステンレスネット、釘とスコップ型のスプーン、アイシャドウチップなどの写真をもとに参加者同士の見方を交わし合った。

 

過去の記録映像の中で「あやかり編集力」について語る松岡校長を、今期登板する師範代・師範が見つめる。

 

松岡校長は、映像の中で「モノにあやかることで既知と未知を揺れ動くことができる」と語る。例えば15センチほどだと思っていた木製の試験管立てが5メートルあると分かった時、「一体これは何なんだろう」と頭の中で混乱がおこるのではないだろうか。目の前にあるモノのサイズが想像と全く違っていたと気付いた瞬間、私たちはそれが何かわからなくなってしまう。

 千夜千冊995夜『過程と実在』の序文でホワイトヘッドが20世紀初頭の社会や学問について告発した9項目のうちの5つめを、松岡校長は次のように言い換えている。

 

 ⑤感覚や知覚は、モノに託してみるべきだ。買い物で得たモノ

以外で、大切にできるモノをつくりなさい。

 

映像のなかの松岡校長の言葉を受け、編集学校世界読書奥義伝〔離〕の講座リーダー太田香保総匠は、「ギョッとする」ような見方を敢えてするのだと強調した。モノにあやかるとは、単一化された意味に管理されるのではなく、自分のなかにある多義的な見方を追いかけることである。

 

ーエディティング・セルフー

 

 編集コーチである師範代を養成する講座である花伝所では、多様なモノやヒトの関係の中にこそ自分が存在するという、編集的自己(エディティング・セルフ)の状態を大切にしている。

 

*エディティング・セルフの条件:

 1)「たくさんの私」から「編集的自己」へ

 2)私の前に投げ出された世界

 3)ブーツストラッピングするために

 4)世界の再編集のために

 5)エディティング・キャラクターを構成する

 6)新しい編集的世界像をもつ

【別紙花伝】「秘すれば花」を解く(1)

 

師範代は、オンライン上の「教室」という一つの世界で、8~10名程度の「学衆」と呼ばれるメンバーと、お題・回答・指南を交わし合う。学衆の回答の中に新たな意味や可能性を見出す指南をおこなうためには、「自分」から離れ、他者を出入りさせる必要があるからだ。松尾芭蕉の「虚にいて実を行うべし」の「虚」について、田中学長は「孤立した自己像は存在しない」と言い換えた。あらゆるものとの関係性の中でしか自己は存在し得ないということであり、花伝所がこの言葉を大切にしている理由がここにある。

 

この日東京で満開となったさくらに合わせた着物で登場した田中学長。寺田充宏と華岡晃生、2人の[離]火元組とのセッションでは「今日がさまざまなあやかりを自分たちの世界に探していくスタートライン」と語った。

 

 世の中にある多くの組織や企業が「人・モノ・データの結びつきによって」「社会に新たな価値を生み出す」ことをパーパスとして掲げているにもかかわらず、その方法に苦心している。だからこそ、私たちは周囲のモノやヒトとつながりながら、すでにあるものを使ってワクワクするような新しい意味や価値を生み出す編集に向かいたい。私たちの前に投げ出された世界で、重なり合うモノやヒトにあやかる自分がいて、初めてそれが可能になる。

 

写真/後藤由加里

   寺平賢司
アイキャッチ写真/後藤由加里

  • 森川絢子

    編集的先達:花森安治。3年間毎年200人近くの面接をこなす国内金融機関の人事レディ。母と師範と三足の草鞋を履く。編集稽古では肝っ玉と熱い闘志をもつ反面、大多数の前では意外と緊張して真っ白になる一面あり。花伝所代表メッセージでの完全忘却は伝説。

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