『絵師ムネチカ』から目が離せない。天才は往々にして何かが欠けている。そしてそのこと自体がまた天才の天才性を引き立たせる。周囲の人々の鼻面を引き回し、人生を変えていく「天才少年」のデモーニッシュな魅力を容赦なく描いた怪作。
これまでにも「神童」もの(?)を数多く描いてきたさそうあきら先生だが、ご本人は極めて方法に自覚的な職人タイプ。長年、マンガ学科の教員として教鞭をとり、『マンガ脚本概論』などの技法書にも定評がある。
「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」も40回を越え、いよいよ終わりに向かうこの時期に、蔦重自身の原点を見つめ直す、大切な節目の回になったように思います。ま、タイトルに「歌麿」と入ってはいるのですが。
大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子がめぇめぇと今週のみどころをお届けします。
第41回「歌麿筆美人大首絵」
父のごとき
冒頭は、須原屋と蔦重の会話でした。蔦重同様に身上半減の憂き目を見た須原屋。原因は、林子平の『三国通覧図説』を出版したことにあります。蔦重の身上半減とは、また少し毛色の違う理由です。林子平はロシアの南下政策に危機感を抱き、海防の重要性を訴えるために『海国兵談』を著した、のですが、どこの本屋も出版を拒み、やむなく自らの手で刊しました。須原屋さんも恐らく拒んだ方だったのでしょう、けれど、同じ著者の『三国通覧図説』という、日本の近隣諸国の地図を描いた書物は出版しています。幕府の国防策を批判することにつながる書物は避けるが、政治色が薄いと思われる地理書は世に出す。このあたりのバランス感覚が須原屋さんの持ち味だったのでしょう。
何より、須原屋さんの
物事を知らねぇとな、知ってるやつにいいようにされちまうんだ。本屋ってのはな、正しい世の中のために、いいことを知らせてやるっていう勤めがあるんだよ
というこの言葉は、蔦重に本屋としての気概を、改めてたたき込んだに違いありません。平賀源内が蔦重に手渡した「耕書堂」、書をもって世を耕す、それを思いおこさせたのです。いわば「本屋」という道での、精神的な父のような存在と言えます。吉原で商いをしていた蔦重が日本橋に打って出ることを応援し、平賀源内の死を共に深く悔やみ、何度も蔦重を支え続けた須原屋さんは、ここで物語の舞台を去っていくことになります。
江戸から世界を見る
今田洋三『江戸の本屋さん』では、江戸の出版業界における須原屋一統の歴史が紹介されています。須原屋一統の頂点にいたのが須原屋茂兵衛、なんと万治元年(1658年)から明治まで九代続いたそうです。「べらぼう」でお馴染みの須原屋さんは、須原屋茂兵衛から暖簾分けされた店を構えていたのですね。
そして同書では市兵衛に「世界に目をむけた」という言葉を贈っています。『解体新書』の刊行、平賀源内が書いた浄瑠璃本『神霊矢口渡』、当時の知識人を著作者としてがっちり抱えていたことなど、活躍ぶりもさることながら、『万国一器界万量総図』『天球之図』『地球一覧之図』『翻訳万国之図・同説』などの精力的に刊行しました。
出版人としての市兵衛は、いまや世界に目をむけ、世界のありさまを日本人に知らしめる役割を果たしつつあったのである。田沼時代、江戸出版界の発展の新しい方向を体現しつつあったというべきだろう。
今回の幕切れは「オロシャの船がやってまいりました!」と幕府に衝撃を与える一言でした。日本の外に目を向けることの大切さを伝えようとした須原屋さんなら、「ほら、みたことか」というか。または「だから、知らねぇってことは恐ろしいことなんだ」と呟くか。
若さで突っ走る蔦重とはまた違う色あいで、江戸の庶民の知を拓こうとした須原屋市兵衛さんの退場は、また一つ、田沼時代の終焉を象徴する場面となりました。
おっかさん
さて須原屋さんが本の道の「精神的な」父だったとすると、こちらは実の母。おつよさんの母としての属性が十分に発揮されました。
滝沢瑣吉(のちの滝沢馬琴)による、歌麿へのしつこい男色追求。それをうまくかわした歌麿に、おつよさんは歌麿に問いかけます。
このままじゃ、あの子は一生、これっぽっちもあんたの気持ちに気づかないよ。あんたはそれでいいのかい。
これは蔦重の横に並ぶことを世に認められている妻のおていさんには、けして言えない言葉です。木に止まり、柔らかな光を通す蝉の抜け殻を見ながら、そのように美しいものを蔦重と二人で残せればいい、という歌麿の本心を聞いたおつよさんは、
あんたはあの子の義理の弟。だったら、あんたもあたしの息子さ。
といって、歌麿の気持ちを受け止めたのです。
そして実の息子である蔦重には、ようやく両親揃って蔦重を駿河屋に預けなければいけなかった理由を明かしたのでした。それも、髪を結いながら。思えば、蔦重とおつよさんが肉体的に一番近い距離になったのはこの時が初めてだったのです。だからこそ、蔦重も本当のことをおつよさんに聞く勇気が出たのでしょう。
元結をきりりと結いながら、おつよさんは、蔦重の幼名「からまる」と語りかけます。
あんたは強くならなきゃ生きてけなかったんだ。下を向くな、前を向け、泣いている暇があったら人様を笑わせることを考えろって。それでここまでやってきて、そりゃもう、あんたは立派だよ。でもね、たいていの人はそんなに強くもなれなくて、強がるんだ。口では平気だっていっても、実のところ平気じゃなくてね。
そんなとこをもうちょいと気づけて、ありがたく思えるようになったら、もう一段男っぷりもあがるってもんさ
と言いました。おつよさんらしい、実に柔らかな締め括りです。これは歌麿のことを頭に思い浮かべながら、だったでしょう。蔦重は何のことを言われているのか、きっとまだわかってはいない、けれど、大事なことを言われたことだけはわかったに違いありません。
だからあれほど──、それはもうしつこい程に「ばばあ、ばばあ」と繰り返していた蔦重が最後に、照れながら呼びかけたのです。
おっかさん
と。それに答えて、これまで実の息子なのに「旦那様」とか、他人と同じように「蔦重」としか呼んでいなかったおつよさんも「頼んだよ、重三郎」と返したのです。
何度も痛むつむりをおさえていたおつよさん、とくれば、この先の展開は誰でも読めてしまうところです。父と母を失う、けれど、それは二人から大事なものをしかと受け取ったということでもある。蔦重が、本屋として、人としてしかと立っていけるのか。二人から受け取ったものが活かされる今後に期待です。
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四十
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十九
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十七
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べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八
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べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その一
大河ばっか組!
多読で楽しむ「大河ばっか!」は大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブ。物語好きな筆司たちが「組!」になって、大河ドラマの「今」を追いかけます。
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一分の隙もない完結は、逃げ場のない歪みを溜め込み、内側から自壊する。だが、穿たれた孔たちは、硬直した運命の圧を逃がすエスケープとなる。その孔たちは、支え合うふたつの不揃いな生命が、秩序という牢を穿つ、狂おしい蜂起の痕跡 […]
コメント
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2026-03-19
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2026-03-17
目玉入道、参上。
体を膨らませ、偽りの目玉(眼状紋)を誇張して懸命に身を守ろうとしているのは、カイコの原種とされるクワコの幼虫。クワコの繭から取れるシルクは、小石丸のそれに似て細く、肌触りがよいらしい。
2026-03-10
平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。