自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
「乱世こそ花伝所」。松岡正剛校長の言葉を引用し、花目付の林朝恵が熱く口火をきる。44[花]の問答条々、式目の編集工学講義は花伝所をけん引するツインターボ、林・平野の両花目付のクロストーク形式で行われた。2025年10月25日に本楼で行われた当講義をナビゲーターとして参加した筆者のフィルターで、内容を辿ってみる。
世界がコロナ禍、ウクライナ・ロシア戦争があり、物価問題や多様性の軋み始めた状況で、計り知れないことが起き、乱世に向かっている。このような乱世こそ花伝所だ。(2022年5月 37[花]入伝式 松岡校長発言)
式目の編集工学講義は、イシス編集学校の花伝所ならではのものだ。編集術の原理を編集工学として考察し、深化させることも、師範代養成と並び花伝所の重要な役割になっている。その点でも花伝所は離講座とも並びもう一つの奥の院だ。この式目の編集工学講義も、それを目指したような内容になっている。花伝所設立当初から松岡校長が行っていたものを、一部を指導陣がひきとって実施している。そして44[花]では、新たな挑戦として両花目付が対話型で行った。
▲本邦初、平野しのぶ(左)、林朝恵(右)両花目付によるクロストーク講義
本講義では、エディティング・モデルの交換、イメージとマネージ、リバースエンジニアリングが数珠繋ぎで語られた。なかでも内容に加えて、聞き手のアテンションが向かったのは、松岡校長のディレクション動画をまじえた構成であった。これは林が録画していた秘蔵映像で、校長の生の指導風景としては本邦初で公開されたものだ。「倶楽部撮家」の林ならではのドキュメンタリー動画でもあった。そのため講義全体の見えは、まるで松岡校長の問いへの二人のエディット込みのアンサーのような構成だった。
冒頭、林からエディティング・モデルの交換が語られる。編集工学は《編集八段錦》にみられるように、生命モデルを工学の基礎としているが、林は蝶の受粉行動を参考例に説明を進める。続けてテッド・チャン原作の映画『メッセージ』をひいて言語論へ接合。更にアナロジカルに、ZPD、ヴィトケンシュタインの言語ゲームに話を広げていった。講義の構成は、編集工学の奥の一端をつづら折りに進めるかたちになっていた。「複雑なものを複雑に。簡単に表現しない」。松岡校長がかつて林へ託した言葉を踏まえたエディットであった。
加えて講義全編で、画像・図表・動画を織り交ぜたメディア跨ぎの進行であったが、その展開構造にも次第の工夫を感じた。情報をテキストからイメージへ乗せ換えすることで、複雑さを保持したまま意味を立ち上げる可視化がされていた。それは、花伝所が目指すヴィジュアル・アナロジーの編集力向上にも響くものだった。
▲ディレクションする松岡正剛(撮影/林朝恵)
最初に挿入された松岡校長の動画は、イメージとマネージに関するもので一同食い入るようにみた。実は、この校長動画の場面には筆者も参加しており、そのこともあり緊張感が増していた。
イメージングサイエンスは先行するものがある。編集は特に知識がなくても、頭の中に浮かんだイメージを、連想、らしさ、ぽさとして、そのまま進みなさいというものだ。それがイメージメントの元だ。マネージメントも同様のはずで、やわらかくしなければならない。そこは平野がやってみるのがよい。(39[花]松岡校長のディレクションより)
校長の動画に繋げるように花目付の平野しのぶがバトンを受けた。「英語を捨て、日本語でやってみる」。42[花]の松岡校長へのインタビューが発端であったと平野ははじめる。「センターをどこに仮置きするかによってセカイの見えが変化する」。航空会社の路線図の比較を示したり、染色工芸家の芹沢銈介を起点にアイヌや琉球民族の周縁性に魅せられた自身の発見を引いて、見えの変化を語った。筆者(札幌在住)もその視点に共感した。ちょうど同時期、アイヌ音楽とオルタナロックの混じり合う瞬間をライブで体験し、アートの地で交わる異質性が、自身の世界観に鮮やかな変化をもたらしたからだ。アート感覚を保有し、トポスの力も知るネットワーカーの平野ならではの境界線の編集と認識した。続けて、平野が不動産投資会社の勤務の際に、石垣島のホテルの再開発を行い、やがてエリアを地にした映画祭を主催し、更にロールチェンジし那覇に移住し、沖縄企業の上場に関わる現在地までが一挙に語られた。イメージを先行させ、それをもとにマネージメントをしている姿がテンポよく示された。「編集を続けるにはイメージメントを止めないことが大事」と語る平野の活動は、まさしくリビングエディティングだった。やはり、ここでも松岡校長へのオマージュを感じた。
▲日本の運航路線図(左)と台湾(右)のそれ。「地」の違いが明確だ
さて講義組み立てのプロセスからオブザーブしていた筆者の目には、この校長のディレクションを通じたデュアル講義は、次のようでもあった。それは、この対の関係による講義自体が、エディティング・モデルの交換、イメージとマネージ、リバースエンジニアリングによる実践的な編集であるということだ。例えば、クロストーク自体がEM交換である。林や松岡校長が語る原理的な編集工学の概念に、平野の実践的編集が相互共鳴しながら練り上げられところはリバースエンジニアリングが往還するリバースモードにも見えていた。そのように入伝生という学ぶモデルをターゲットにして、場を編集するのはイメージメントでもある。これらをすべて言い換えると、松岡校長の問いを発端に、花伝式目、編集工学、花目付が三位一体で交じり合う『花伝ブラウザ』が動いたと言える。
この松岡校長のディレクション動画では「岩野はもっとリスクをとれ」とのディレクションが入っている。うれしく背筋がのびた。かつて、前線マシンガン教室との名づけをもらったが、そのことを想起した。私も校長へのアンサーを前線で編集しなければならない。
アイキャッチ・文/岩野範昭(44[花]遊撃錬成師範)
写真/後藤由加里
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イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
「5つの編集方針を作るのに、どんな方法を使いましたか?」。遊撃師範の吉井優子がキリリとした声で問いかける。ハッと息を飲む声がする。本楼の空気がピリリとする。 ▲松岡校長の書いた「花伝所」の前でマイクを握る吉井師範 &n […]
先人は、木と目とを組み合わせて「相」とした。木と目の間に関係が生れると「あい(相)」になり、見る者がその木に心を寄せると「そう(想)」となる。千夜千冊を読んで自分の想いを馳せるというのは、松岡校長と自分の「相」を交換し続 […]
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2025-11-18
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2025-11-13
夜行列車に乗り込んだ一人のハードボイルド風の男。この男は、今しがた買い込んだ400円の幕の内弁当をどのような順序で食べるべきかで悩んでいる。失敗は許されない!これは持てる知力の全てをかけた総力戦なのだ!!
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2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。