用法2は鬼門だ。第52期[守]基本コースの伝習座で師範の石黒好美はそう絞り出すように語った。吐くほど苦しかったとの言葉に本楼に参集した師範代、ZOOM越しに画面にかじりつく師範代も心なしか頷く。「今までになかった秩序をつくる」方法を学ぶ用法2、単なる「秩序」ではないからこそ、師範代は学衆を冒険に誘わねばならない。
用法2の前半で登場する編集思考素は、情報を「関係づける」稽古だ。例えば、三位一体では、対等の力で引き合う3つの情報を発見する。既存の3つを探しがちだが、それでは「未知の秩序」には至らない。既知を破る鍵は「対」にある。
「登場人物が2人だとストーリーが動かない。3人になると動き出す」とは漫画家山本直樹の言葉だ。山本の作品を例に挙げて石黒はその言葉を敷衍していく。『ビリーバーズ』は孤島で新興宗教の信者たちが生活をする様を描く。男性2人、女性1人の内、一組の男女が愛し合い始め、あぶれた男性がいなくなると物語は滞る。別の男性が加わってようやく変化が生まれるのだ。
情報はひとりではいられない。善と悪、生と死、苦と楽、どんな情報も片割れを求める。全ては対から始まるのだ。その動きそうもない一対を揺るがすには新しい情報を引き合わせればいい。関係性が揺らぎ、未知の秩序が見えてくる。その手すりとなるのが数寄だ。石黒が山本直樹を引いたのもその一例だ。数寄だからこそ、多様な目盛りや階層を察知できる。数寄から「型」を借りることが世界を別様に読み解く鍵となる。
試みに私の数寄であるマラソンで考えてみよう。フルマラソンの一対と言えば、苦と快だ。大会前の練習、走っている最中、次の日の筋肉痛は「苦」のフルコース。走り切って解放され、耐え忍んだ自分を褒め称えたい「快」はほんの束の間。この分かちがたく結びつく対に何を引き合わせ、三位一体を作れるか。そこにマラソンを続けられるかどうかの死の谷があるといってもいい。
2023年11月19日(日)のハーフマラソンの結果を示すスマートウォッチにはスコアが溢れている。それにしても高カロリー料理の代名詞であるカツカレーの1100キロカロリーを2時間30分で消費してしまうとは…。カツカレーに驚くべきか、それともハーフマラソンにビビるべきか。
それはきっと健康ではない。先日ハーフマラソンを走ってきたが、すでに膝は悲鳴をあげている。故障しないようにゆっくり走ったのにも関わらずだ。スマートウォッチが告げた消費カロリーは1537キロカロリー。我が大好物のカツカレーを優に超える。身体にいい走りをしたいならもっとモデレートな距離を選ぶべきだ。
ランナーそれぞれの+1はあるだろうが、わたしの+1は仮装だ。友人のキウイ農園を応援すべく始め、どっぷりはまった。キウイの仮装をして走ることはキツいが、沿道の声援が増し、苦しみが軽減される。特に子どもの声援が嬉しい。完走したときの達成感もひとしおだ。
2021年10月に実施したマラソンエディットツアーでは90分マラソン数寄を交し合った。キウイの仮装をするとどこか元気で笑顔になれるのが不思議だ。一度、静岡の茶娘に扮して走ったことがあるが、沿道からはほとんど声がかからず、二度とするまいと封印した。
コスプレで走ることは辛い。そして、実はたいして声援がない。それでも、果敢にトライする者は後を絶たない。その秘密を読み解く手がかりも山本直樹にある。近年、話題になった『レッド』は連合赤軍の物語だ。もっぱらアダルト漫画を描いていた山本がなぜと驚く向きもあるだろう。成人漫画と連合赤軍の間に『ビリーバーズ』の新興宗教を差し込んでみる。SMクラブから孤島、そして、山奥のアジト、閉鎖された空間で歪んでいく人々という共通点が浮かび上がる。
仮装ランナーの三間連結を読み解いてみよう。最初はただ走るだけだったのが、タイムを追いかけ始め、最後は仮装に至る。そこに共通するのは自分の限界を超えようという志向性だ。その「方法」として記録という単線的な世界から跳躍することを選んだのではないか。呼吸すらままならないスパイダーマンの全身タイツで走ることはそうでもなければ説明できない。完走や新記録では得られない、人から注目される喜悦を求めるのだ。
仮装とは、数寄から「型」を借りることだ。いつもの「わたし」ではない別の「わたし」だからこそ、新しい「型」をつくり、自由へ向かうことができる。それが新しい秩序につながるとも言えよう。その糸口は私たちのフェチや数寄にある。52[守]師範代よ、仮装せよ。
石黒の用法語りに鼓舞され、いよいよ用法2の編集稽古が始まる。
佐藤健太郎
編集的先達:エリック・ホッファー。キャリアコンサルタントかつ観光系専門学校の講師。文系だがザンビアで理科を教えた経歴の持ち主で、毎日カレーを食べたいという偏食家。堀田幸義師範とは名コンビと言われ、趣味のマラソンをテーマに編集ワークを開催した。通称は「サトケン」。
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