肌で受ける感覚は、目で見ることと同じくらい、いやそれ以上に私たちの記憶を刺激する。陽のひかりと秋風は柔らかく混じり合い、優しく肌を撫でる。庭のシュロチクと石垣を這うピパーツが揺れながらあたりに一面に緑のグラデーションを発光させる。門扉を挟んで右の石垣に視線を移すと、オオゴマダラ(日本最大級の蝶)の食草「ホウライカガミ」の蔓が、ゆく先を探していた。肉厚で楕円状の葉は、オオゴマダラの幼虫に食べられ、ところどころ大きな穴が空いていた。庭に植えた最初の年に、葉を食べられすぎて蔓だけになり、危うく枯れそうになったことを思い出す。今は、どれだけオオゴマダラが飛来し、卵を産みつけてもらっても大丈夫そうだ。
草も木も夏の疲れが癒え、勢いを増す季節、南国石垣島にはやっと秋らしい季節がやってきた。
石垣を這いながら蔓をのばすオオゴマダラ幼虫の食草「ホウライカガミ」
今日(10月22日)の石垣島の天気は、強風、最高気温27度。体感気温では29度だ。私のスマホの天気アプリには、これまで訪れたことのある地域や親交のある知人が住んでいる地域が登録されている。何気なく画面をスクロールさせると…、「!」。滋賀県、13度。こ、これは、石垣島の真冬より寒いのでは…。
平均 最高 最低 平均 最高 最低
1月 18.9(21.5←→16.7) 7月 29.6(32.2←→27.7)
2月 19.4(22.0←→17.2) 8月 29.4(32.0←→27.7)
3月 20.9(23.7←→18.6) 9月 28.2(31.0←→26.0)
4月 23.4(26.0←→21.3) 10月 26.0(28.8←→23.9)
5月 25.9(28.7←→23.9) 11月 23.6(26.2←→21.5)
6月 28.4(30.9←→26.6) 12月 20.5(23.0←→18.4)
石垣島(沖縄県)平年値(気温) 気象庁hpより
ちょうど2年前のこの季節に、チームを共にした小さき巨人である師範の顔が、ふいに浮かぶ。
私たちは、いつの時代に、誰の元に生まれ、何処に住むかという舞台が用意されている。そこでどのように生きるかは、その舞台の主人公である「わたし」が、何を感じ、どのような問いを抱いていくかによるのだが、多くの場合、ヒトとモノとコトとの関わりの中で様相を大きく変化させ、「わたし」も想像しないような物語を紡いでいくことになる。
2年前、訪れたこともない滋賀県に住んでいる師範と出会った。最初の交わし合いは、ISIS編集学校のエディットカフェの中だった。滋賀県近江に住む師範は、華奢な身体に大きなモンスターを飼っており、私のどんな振る舞いも嘆きも要望もペロリと受容し、創発をおこしてくれた。ヒトとの出会いが「わたし」を動かし、真似たい背中を追いかけ物語はさらに奥へと進むことになる。
そんな師範が目にしているモノ、肌で感じるコトは何なのだろうと考えた時に、ここ石垣島にはない、大きな湖が場所として浮かび上がってきた。海に囲まれた日本にありながら、さらに外側を海に囲まれた石垣島と内側に水域を抱える近江。どちらも人類に欠かせない水(海水と淡水の違いはあるが)を身近に感じながらも、場所に込められた記憶は、様相を画するのだろう。もちろん緯度が離れれば、肌に届く陽の光も頬を撫でる風の厚みもきっと全然違う。日照時間も違えば、そこで生きる動植物も違う。言葉も変われば、積み重ねた歴史も…。
愛着がある場所での記憶は、どんなに距離が離れていても、木々のざわめきや陽の翳り方、執着したものや懐かしさといった些細なトリガーで全身を通過するように鮮明に蘇る。そんな互いのトポフィリアを交換することで、あらたな場所(教室)が築かれていくことを、季節の変わり目と共に肌が思い出した。
先の第82回感門之盟「エディットデモンストレーション」の冠界式にて、52[守]登板予定の師範代は、松岡校長とのインタースコアによる教室名を授かった。晩夏から秋にかけ、まだ見ぬ教室に宿った名を育みつつ、開講を迎えるために編集筋を鍛えてきた。開講直近。そんな季節感も近江の師範を思い出す鍵となったのだろう。
52[守]に登板する私の教室名は、白墨ZPD教室。教室の扉はネット上にある。硬質なパソコンの画面は、未だ見ぬ学衆さんをこがれ温度を変え、新たな場所へつながる地図作りを始めている。ここにない日差しも風も匂いも、ホウライカガミの蔓がゆく先を求め勢いを増すように、編集力を加速させる装置となる。見える見えないを抜きにした、感じられるヒトやモノやコトに乗り換えながら、変容する物語を石垣の隙間から綴っていこう。
◆イシス編集学校 第52期[守]基本コース募集中!◆
日程:2023年10月30日(月)~2024年2月11日(日)
詳細・申込:https://es.isis.ne.jp/course/syu
大濱朋子
編集的先達:パウル・クレー。ゴッホに憧れ南の沖縄へ。特別支援学校、工業高校、小中併置校など5つの異校種を渡り歩いた石垣島の美術教師。ZOOMでは、いつも車の中か黒板の前で現れる。離島の風が似合う白墨&鉛筆アーティスト。
52[守]師範代として、師範代登板記『石垣の狭間から』を連載していた大濱朋子。今夏16[離]を終え、あらためて石垣島というトポスが抱える歴史や風土、住まいや生活、祭祀や芸能、日常や社会の出来事を、編集的視点で、“石垣の隙 […]
虹だ。よく見ると二重の虹だった。見ようと思えば、虹は何重にもなっているのかもしれない。そんなことを思っていると、ふいに虹の袂へ行きたくなった。そこで開かれる市庭が見たい。 そこでは、“編集の贈り物”が交わされていると […]
52[守]師範代として、師範代登板記『石垣の狭間から』を連載していた大濱朋子。今夏16[離]を終え、あらためて石垣島というトポスが抱える歴史や風土、住まいや生活、祭祀や芸能、日常や社会の出来事を、編集的視点で、“石垣の […]
離島在住の私は、そうそうリアルで同期の仲間にも教室の学衆にも会えない。だけど、この日は別格だ。参集する意味がある。一堂に会するこの場所で、滅多に会えないあの人とこれまでとこれからを誓い合うために。潮流に乗り、本楼へと向 […]
公立中学校に勤める私は、人の子供の教育ばかりで、自分の子供は寝顔しか見ていない毎日に、嫌気がさしていた。ただ、ただ、消費されるだけの自分の命を俯瞰しながら、いつからこん風になってしまったのだろうと問うていた。そんな折に […]