黄色い地球、土佐文旦ー53[守]師範数寄語り

2024/05/15(水)08:00
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「数寄」とは、何かの風情や風趣に心を奪われること。53期[守]師範による「数寄語り」シリーズの第一弾は、その手間を尽くすしつらい・もてなし・ふるまいに「過剰なおもてなし」という枕詞をもつ若林牧子だ。先達の溢れんばかりの数寄の表出を受け、新たな数寄が開く物語。数寄の連鎖によって、「過剰さ」がいっそう豊かな彩りを帯びていきます。


 

 わたしの中で燻る幼なごころが、『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)によって覚醒し、土佐文旦の球体を地球に見立てて、手が動き始めた。6つの惑星を旅した王子さまが最後におとずれた地球。旅を振り返るかのように地球の上で語り合う姿を文旦の皮で表現してみた。王子さまは地球で出会ったキツネからこう教わっている。

「心で見ないと物事はよく見えない。肝心なことは目に見えない」

この台詞が、文旦と向き合ったとき浮上した。作品の中では、地球の反対側に隠れている円を縁に見立てながら、他の柑橘の果皮にはない弾性を活かしてくるりと輪を繋げてみた。

「大切なものは、目に見えないんだよ」、倉橋由美子の名訳を作品名に宛てがった。

 

 「文旦バスケットコンテスト」はSNS上で開催され今年で6回目を迎えた。「見立て」の活きた作品がたわわにエントリーされ、先日入賞作品が発表されたばかりだ。

 

 文旦との出会いは2016年。わたしは野菜ソムリエという資格を保有しているが、その活動を通して知り合った上原先輩に教わった。上原先輩はマーケティングを本業とする傍ら、五千点以上のレシピをデータ化、野菜と人のネットワークにも秀でたスーパーウーマンだ。周囲からの人望も厚く、一回り以上年上だが、何かと親しくしてもらった。食材と向き合うときの屈託ない笑顔がたまらなかった。

 文旦のヌートカトンの香りとその言葉の響きに魅せられている。特定の柑橘系に含まれる芳香成分で、その存在を特徴づけるものである。皮を剥いたときにぷしゅ~っと油胞から香りが放射した瞬間、得も言えぬ癒しを提供してくれる。

「高知で文旦を広めている人から、文旦の綺麗な剥き方を教わったんだけど、見せ方によっても美味しさが全然違うの。家族が寝静まったあとにひとり剥いている時間が楽しくて」。作り方を伝えながらとびっきりの笑顔で語る上原先輩の姿にいつしかわたしも文旦に引き込まれていく。

 

 文旦は指でそう簡単には剥けない。まず、これを地球に見立て、ナイフや「ムッキーちゃん」をつかって赤道の位置をめがけ外果皮に360度キズをつける。次にその切り込みに親指をぐっと差し込み徐々に隙間を開けていく。北半球と南半球の部分を両手でもってぐるりと回転させれば、パカッと見事に開放する。さらにじょうのう(房)を一房ずつ外し、切り込みを入れて開けば、ようやくプリッと艶やかなさじょう(つぶつぶ)がひしめき合う果肉にありつける。

 

▲柑橘を剥きたい人を虜にするアイテム「ムッキーちゃん」。専用バサミとセットで持つと最強だ

 

 何かと気忙しい現代、効率化だの時短だのがもてはやされているから、文旦を剥く時間は時代にそぐわないとも言える。しかし、この面倒な過程こそ愛おしい。文旦の構造を観察したり、産地のことや作り手のこだわりに思いを馳せる時間だからだ。ヌートカトンは鼻腔をくすぐり続け、わたしのオキシトシンが騒ぐ。口に頬張ったとたん、甘味と僅差で追いかける爽やかな酸味と広がる果汁に手が止まらなくなる。土佐文旦ファンになった人は数知れない。文旦バスケットを作れば、ヌートカトンの香りに刺激されて想像力が乱舞するのだ。

 

 旬というのは、走り・盛り・名残の三間連結に分かれる。一つの食材でも時期によって味や食感が変化するため、調理方法を変える契機にもなる。走りとは、出始めの時期で「初物」とも呼ばれ、水分が多くてやわらかい。盛りは、出荷量が増えて味わいの最高潮だ。名残は、水分が減って繊維が主張し、味が濃くなってくる。

 文旦も旬のうつろいが味わい深い。走りは酸味がしっかりあって爽やか、盛りは酸味と甘みのハーモニーが絶妙、名残はまろやかな味わいに変化して、旬の終わりを告げる。ひとしきり一日を終えた後、ヌートカトンに癒やされながら、深夜に作った冒頭の文旦バスケットは昨年、「上原恭子賞」を受賞する栄誉に預かった。文旦バスケットを考案かつ当コンテストを立ち上げた上原さんの名を冠した賞だ。私に農作物や作り手に対する向き合い方を深く教えてくれた上原先輩の姿勢に肖って作った作品でもある。

 

▲タイトル:大切なものは、目に見えないんだよ/第5回文旦バスケットコンテスト「上原恭子賞」

 

 あの作品をつくってから季節を一巡りした今、あらためて『星の王子さま』をしみじみ読み返す。「大切なものは、目にみえないんだよ」。上原さんがわたしに示唆するものが本書にあると思えてならない。

 上原さんが星になってこの七月で三回忌を迎える。不在の在を感じながら、農作物と向き合い、今日も台所に立つ。文旦はふたたび、来年初春に向け、燦々と降り注ぐ土佐高知の太陽の下、新たな命を宿す。

 

(アイキャッチ:53[守]師範・阿久津健)

  • 若林牧子

    編集的先達:白洲正子。長身たまご顔にキュートな声、すきをつくる編集力と天然発言で、アシスタントにしたいNo.1師範。四国と東京をつないで活躍する食と農のコーディネーターでもある。通称は若まっこ。