先人の見立て力にひれ伏すしかないと思って来た「墨流し」。戯れに、Chatさんに「蝶のスミナガシを別の見立てで改名するにはどんな名前がいいですか?」と尋ねてみて、瞬時に現れた名答に打ち拉がれております。
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
神戸七郎さんは元商社マンとして、現海運マンとして、グローバリズムの中で欧米企業と競ってきた。彼らに対抗すべき方法を、神戸さんはイシス編集学校で見つけた。
イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ。第10回は、松岡正剛直伝講座[離]を経ての神戸さんの気づきをお届けします。
■■「学習棄却」という武器に相対して
仏の石油大手トタルエナジーズの担当者と、ブラジル沖深海油田開発案件を話し合っていた最中のこと。「本件は少額だけれど従来の方針変更に関わることなので、弊社社長に相談します」という回答が返ってきた。これを聞いて「トタルエナジーズの社長は細かい案件まで知りたいタイプなのか?」という思考で終わってしまうことと、欧米型のエリート育成システムにまで思いが及ぶことの差は大きい。
離学衆として明治期から第二次世界大戦における日本の敗因分析を討論したことがある。その際のキーワードの一つが「学習棄却」であった。学習棄却(アンラーニング)とは、それまでの知識やスキルに拘泥せず、有効でなくなったものを捨て、代わりに新しい知識・スキルを取り込むことだ。
末端まで含めた情報の収集分析とその判断をいかに効率的に行うか、米軍のこの課題に対する回答がエリート育成システムにあった。彼らは徹底したエリートの育成と判断の集中によって、演繹的につみ上げた学習の棄却と、更新ができる組織を作り上げていた。一方の日本軍は参謀本部の独断専行に陥り、前例を棄却して日々刻刻と変わる戦況に対するという判断の質を維持できなかった(『失敗の本質』野中郁次郎他)。権限を集中させる点では同じだが、米軍は「学習棄却」を大前提にしていた。つまり常に編集状態にあった。日本軍は情報が固定化され、「偶然」を生かす余地も余裕もなかったといえる。セレンディピティに欠けていた。
では、これは日本の特徴なのか。そうではない。
神の到来を日本では「おとづれ」と呼んだ。「おとづれ」とは「音連れ」であり、「訪れ」だ。神の到来という偶然を機とするような、おとづれ(音連れ)を生かす方法が、日本にはあったはずなのだ。偶然という「外部の異質性」を取り込み、再編集するという方法だ。日本の伝統文化は本来的にそうした微かな音連れの声を取り込むモデルであったのにも関わらず、それを忘れてしまった点に戦前日本の弱点があった。
欧米のエリート教育を受けた人には、文学や音楽の素養の高い方が多い。例えば彼らとの会話で登場するのは、『源氏物語』やモーツァルトだ。ロジックから、メタファーへ、身体性へと教養の枠を広げていくことに意味を見出しているからだ。こうした人材は、思考が柔軟で、「学習棄却」を習慣としている。結果、更新しやすい組織=社長への権限の効率的な集中、というシステムができあがった。トタルエナジーズの担当者との何気ない会話に、欧米のモデルを見いだすことができるようになったのは、学衆としての学びの成果と思う。
では、こうした欧米のエリートに対抗するにはどうしたらいいか。
私たちは、構築されたシステムの曖昧な周辺に身を置き、小さな声に耳を傾ける必要がある。周辺の偶然=音連れに信を置き、それをもって自分たちのシステムを刷新していく。かすかな音連れの声を聴く「弱さ」こそ、欧米に対抗しうる、日本という方法なのだ。これは編集学校の学びの(本質的な)一端であると思う。
ぼくは資本主義と市場と貨幣とにファウストの末裔としてまたファウストすら超えて取り組むと宣言して離を終えた。勝負はこれからである。耳をすませて進む。
▲ブラジル・リオデジャネイロ沖のFPSO(海洋油田生産設備)。神戸さんの職場だ。
文・写真提供/神戸七郎(43[守]どろんこコクーン教室、43[破]羅甸お侠教室)
編集/角山祥道、羽根田月香
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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2025-10-15
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2025-10-14
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