【青林工藝舎×多読ジム】副賞・片々賞「黄昏ニッポンのガールズトーク」(松井路代)

2023/08/06(日)08:00
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多読ジム出版社コラボ企画第五弾は青林工藝舎! お題本は、メディア芸術祭優秀賞受賞の傑作漫画『夕暮れへ』。アワードの評者は『夕暮れへ』の著者・齋藤なずなさんだ。エントリー作品すべてに講評がつき、多読ジムSeason14・春の受講期間中に講座内で発表された。

遊刊エディストでは、そのうち、大賞の「夕暮れ賞」、副賞の「片々賞」「ぼっち賞」の三冊筋エッセイ全文と、齋藤なずな先生の講評文を掲載する。大賞受賞者には、齋藤なずな先生サイン色紙&青林工藝舎オリジナル湯飲みが贈呈される。


 2冊の選定がよかったです。

 ガールズトーク、年寄りたちの勝手気ままなおしゃべり、おひとりさまの老後

の幸せのカギになる近所の友人。その3つを繋げて「死ぬことすら、こわくはな

いかもしれない」と、注釈付きではあるけれど、そんな結論にもっていってくれ

たことは、「夕暮れへ」著者としては大変喜ばしい。

 クルマを徐行させながらちらりと見た情景のエピソードも効いている。

––––––––––講評◎齋藤なずな

 

夕暮れの街の解像度

 齋藤なずなの漫画『夕暮れへ』を読んだ後、子どもたちと車でショッピングモールに行った。

 見知らぬおばさまたちが小学校の角で立ち話をしている。徐行しながら通り過ぎる時、ちらりと見た三人の顔が、これまでにない解像度で目に飛び込んできた。

 ぼうし。肩までの白髪。しわ。似ているけど、顔立ちも、背の高さも、腰の曲げ方も微妙に違う。

 みんな小さなころは少女だった。若い母親だった時代もあったかもしれない。今日、ここで立ち話をするまでの間に、「いろいろ いろいろ あった」はずだ。

 街かどですれ違う人の見方が変わったのは、きっと齋藤なずなの描写力の影響だ。

 特に、人物造形に打たれたのは「ぼっち死の館」である。主人公は70を過ぎていると思しき一人暮らしの漫画家で、最近、郊外のニュータウンに引っ越してきた。自転車置き場に住む猫のゴンちゃんをきっかけに、同世代の住人と知り合いになっていく。

 作中では登場人物の本名は明かされない。満州鉄道の偉い人の娘だったという人は「満鉄お嬢」、いつも紫の服を着ている男性は「パープル星人」、筋張ってケンのある老婦人は「マダム・シャモー」というぐあいに、人となりを小気味いいほど一言で表したあだ名で呼ばれる。

 

3人の気ままなおしゃべり

 主人公と特に親しい2人とのおしゃべりは勝手気ままだ。

「マダム・シャモーは、きっとお嫁さんに敗れたんだね」

「あそこの息子さん、あの様子じゃ中年ニートだったと思うのよ」

「結婚ってしなくても大変だけど、しても大変ね」

 ゴミ出しのついでに、時には部屋でお茶を飲みながら、噂話、ファッション批評、結婚のこと、なんでも話す。

 主人公が、部屋の中で孤独死していたパープル星人の遺体の確認をした時も「パープル星人が、バイオレット星人になってた! あれはミイラ化の方向にいったのネ」というおしゃべりで、昇華される。

 この雰囲気、覚えがある。1980年代の終わりに描かれた岡崎京子の漫画『くちびるから散弾銃』だ。

 主人公はファッションバカのサカエ、23歳、独身。雑貨屋の売り子をしている。高校の同級生だった、デパート勤務のなっちゃん、雑誌編集者のミヤちゃんと、休みが合えば、お茶を飲んだり、ナベを囲んだりする。ヒドいことも、世の中に思うことも、なんでもネタだ。

 女のコは、将来のこと、特に結婚に対して、フワフワした、スィートな夢を持っている。けれど大人の世界は甘くない。現実にクラッしながらも、15で死ねなかった女のコたちは死ぬまで生きるしかない。「ケーキとお茶でぺちゃくちゃ」する時間こそが、サバイブするために必須だった。

 

ぼっちのアドバンテージ

 前作の「トラワレノヒト」は病で倒れてからの長い老後がテーマで、ここでは死に向かう老母の心のうちに平安はない。

 「在宅ひとり死」を提唱する社会学者の上野千鶴子の『おひとりさまの老後』を開いてみる。

 自宅でひとりで暮らし、死ぬことで、幸福度が上がるということを、あらゆる方向からロジカルに説いている。カギになるのは近所の友人である。そのためには知恵と工夫と努力が必要と上野は容赦ない。

 結婚していると、友人関係を維持するための時間と手間をつい惜しんでしまう。本来は家族にもメンテナンスが必要なのだが、法律の元にあるという安心感からか、こちらもケアを怠ることが多々ある。

 配偶者や子どもの死といった有事に際したとき、はじめて、実は「ひとり」であるということが露呈する。

 漫画の中でも結婚せずにきたたちのほうが、気負いなく新しい人と友人関係を結べている。用心も覚悟もある。「生きる術」という点ではアドバンテージを持っている。

 40代半ばのいま、齋藤なずな作品のキャラクターたちの会話を横で聞いたことで、老いることが楽しみになった。まだ見ぬ新しい友人は、どんな人生を送ってきた人なのだろう。いつ、どんなきっかけで知り合うかわからない。おしゃれもユーモアも忘れないことにしよう。

 死ぬことすら、怖くはないかもしれない。私を喪失することは、家族にとっては自立や解放でもあるとわかったからだ。といっても、きっとこんなにきれいにはわりきれないだろう。いつか、街を見下ろして、この漫画を思い出す時が来るだろう。

 

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕

∈『夕暮れへ』齋藤なずな/青林工藝舎

∈『くちびるから散弾銃』岡崎京子/講談社

∈『おひとりさまの老後』上野千鶴子/文春文庫

 

⊕多読ジムSeason14・春⊕

∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ

∈スタジオりっそう(福澤美穂子冊師)


  • 松井 路代

    編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。

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