自らの体内から這い出したコマユバチの幼虫たちが作った繭の塊を抱きしめるシャクトリムシ。科学者は「ゾンビ化されて繭を守るよう操作されている」と解釈するけれど、これこそ「稜威」の極北の姿ではないだろうか。
[守]の教室から聞こえてくる「声」がある。家庭の中には稽古から漏れ出してくる「音」がある。微かな声と音に耳を澄ませるのは、今秋開講したイシス編集学校の基本コース[守]に、10代の息子を送り込んだ「元師範代の母」だ。
わが子は何かを見つけるだろうか。それよりついて行けるだろうか。母と同じように楽しんでくれるだろうか。不安と期待を両手いっぱいに抱えながら、わが子とわが子の背中越しに見える稽古模様を綴る新連載、題して【元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた】。第3回の「音」は「さくっ」。どんな稽古模様があったのでしょう。
【さくっ】
手際よく簡素な様子。
『「言いたいこと」から引けるオノマトペ辞典』(西谷裕子/東京堂出版)
週末、子どもは、もうそろそろ寝る時間。元・師範代の母の家では、やたら「かちゃかちゃ」とパソコンの音がする。その音の発信源は他でもない、54[守]に入門し順調に回答をしている中学生の息子である。しかし、この「かちゃかちゃ」は回答をしている音ではない。
「お題はやった?」
「やったよ。011番は、興味あった。それよりお母さん、こっち来て、見て。はやく」
母は編集稽古の会話を続けさせてくれないことに、多少不満を抱きつつ、長男のパソコン画面を覗く。そこには、長男自作のコンピューターゲームがあった。冒頭のかちゃかちゃという音は、彼が自分の作ったゲームを試している音だった。
「学校でも友達にやってもらったんだ」
「タブレットで?」
「うん」
「なんて、感想もらったの?」
「めっちゃ面白いって」
「ふーん」
「やってやって」
長男は、最近Unityというゲーム制作プラットフォームで、ゲームを作ることにはまっている。数日前、彼が作ったゲームをやらされた母は、あまりの操作の難しさに「つまんない」と、元・師範代とは思えぬ言葉でバッサリと切り捨ててしまっていた。しかし、彼はめげずに編集を続けていた。
長男が作っているゲームは対戦ゲームである。画面上に設置されたフィールドに上空から2つの駒が降りてきて、互いにぶつかりながら相手の駒を破壊したりフィールドの外へ落とすゲームだ。実世界では、ケンカゴマ → ベイゴマ → ベイブレード というように、呼び名を変遷している。
ちなみに、今回長男が興味があったという【011番:ジャンケン三段跳び】は、旅や遊びといった言葉から【三間連結】と【三位一体】を取り出すお題だ。
【三間連結】とは、先ほどの ケンカゴマ → ベイゴマ → ベイブレード のように、同じ【地(切り口)】を持つ情報が三段階に変化していくことである。お題文の中では、ホップ → ステップ → ジャンプ で説明している。
【三位一体】とは、松・竹・梅のような、同じ【地(切り口)】のもと、「同じ力で対等に引き合っている」感覚で3つの情報を揃えることである。
ケンカゴマでいえば、木・金属・プラスチックという代表的な3つの素材が挙げられるだろう。いずれも、情報と情報とを関係づけるときの基本の「型」だ。
「ところで、011番はなんで興味があったの?」
「何も考えないでできたから」
「(んな、ばかな)……ちなみにどんな回答したん?」
「忘れた」
「(なんだとぉおおおお)」
はぁ〜。
パソコンに向かっている長男に、はぐらかされることはよくあるので、時間をおいて話を聞くことにする。しかし母としては、もっと編集稽古の会話がしたい。彼から出てくる言葉は母の知らないゲームやパソコン用語がほとんどだ。知らない言葉は宇宙語のように聞こえる。なんか悔しいので同じ【地】を共有できる話題をふってみた。
「ゲーム作りの三位一体は?」
「えー、めんどくさがらない・モチベーションを上げる・積極的にしらべる。かな」
さくっと即答ですか。むむむ。おぬしが現在、気をつけていることだな。「モチベーションを上げる」は具体的にどんなことか、母も参考にしたいぞ。
「じゃあ、【三間連結】は?」
「構造 → プログラミング → テスト」
これまたさくっと。ふむふむ。ゲーム作りスタートから、完成前(長男にとっての現状)までの三間連結だな。それにしてもα世代は、日本語とカタカナ英語が入り混ざっているようだ。回答の揃いの悪さではなく、いかに、日常でこれらの言葉が頻繁に飛び交っているのかがわかる。と、心の中で指南をする元・師範代の母であった。どうやら、お題の意味はわかっているらしい。
長男は、耳と口は母との会話を続け、手と目はゲーム制作を続けていた。微調整を終えると、今度はゲームスタート画面のデザインをいじり始めた。数分前に「そのスタート画面、どうにかならないの」と、これまた元・師範代とは思えぬ母の言葉を気にしていたらしい。
「えっと、色は赤がいいから……、それからお母さんが言っていたように、フォントも大事だね。めっちゃイメージ変わるー。これかっこいい」
「うんうん。いいじゃん」
「でしょ〜。じゃあ、ここも」
「……(あれ?)」
さくっ、さくっ。
――物事が前に進む音がする――
お題の回答に対して、何も考えないでできたとか、忘れたとか、回答目安時間を使い切らないとか、母として気になることはたくさんある。だけど、何だろう。この軽やかな感じは。まずは、置いてみる。まずは、答えてみる。まずは、やってみる。彼は常に動いているではないか。大きなジャンプや逸脱はなくても、そうやって、動かし続けることは、情報が生きている証だ。編集稽古において一番大事なことではないか。
何だか今日は、我が子にカマエを、教えてもらっているような気がするな。
(文)元・師範代の母
◇元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた◇
#03――さくっ(現在の記事)
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
編集稽古×合気道×唄&三味線――佐藤賢のISIS wave #70
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 新年初めての武術、音曲などの稽古を始めることを「稽古始(けいこはじめ)」「初稽古」といい、新年の季語にもなっています。 […]
ミメロギア思考で立ち上がる世界たち――外山雄太のISIS wave #69
イシス編集学校の[守][破][離]の講座で学び、編集道の奥へ奥へと進む外山雄太さんは、松岡正剛校長の語る「世界たち」の魅力に取り憑かれたと言います。その実践が、日本各地の祭りを巡る旅でした。 イシスの学びは […]
【書評】『熊になったわたし』×3×REVIEWS:熊はなぜ襲うのか
熊出没のニュースに揺れた2025年、年末恒例の“今年の漢字”もなんと、熊。そこで年内最後に取り上げるのは、仏のベストセラー・ノンフィクション『熊になったわたし――人類学者、シベリアで世界の狭間に生きる』です。推薦者はチー […]
ロジカルシンキングの外へ――竹廣克のISIS wave #68
曖昧さ、矛盾、くねくね、非効率……。どれもこれも、ビジネスシーンでは否定されがちです。それよりもロジカルに一直線。社会の最前線で闘ってきた竹廣克さんならなおさらのことです。 ところが、イシス編集学校の[守][破]で学んで […]
地域も祭りも「地と図」で編集――大倉秀千代のISIS wave #67
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 地域の中でリーダーとして長らく活躍してきた大倉秀千代さんは、一方で「このままのやり方を続けていていいのか」とモヤモヤし […]
コメント
1~3件/3件
2026-01-13
自らの体内から這い出したコマユバチの幼虫たちが作った繭の塊を抱きしめるシャクトリムシ。科学者は「ゾンビ化されて繭を守るよう操作されている」と解釈するけれど、これこそ「稜威」の極北の姿ではないだろうか。
2026-01-12
午年には馬の写真集を。根室半島の沖合に浮かぶ上陸禁止の無人島には馬だけが生息している。島での役割を終え、段階的に頭数を減らし、やがて絶えることが決定づけられている島の馬を15年にわたり撮り続けてきた美しく静かな一冊。
岡田敦『ユルリ島の馬』(青幻舎)
2026-01-12
比べてみれば堂々たる勇姿。愛媛県八幡浜産「富士柿」は、サイズも日本一だ。手のひらにたっぷり乗る重量級の富士柿は、さっぱりした甘味にとろっとした食感。白身魚と合わせてカルパッチョにすると格別に美味。見方を変えれば世界は無限だ。