元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた #01――かちゃかちゃ

2024/11/15(金)07:54
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 [守]の教室から聞こえてくる「」がある。家庭の中には稽古から漏れ出してくる「」がある。微かな声と音に耳を澄ませるのは、今秋開講したイシス編集学校の基本コース[守]に、10代の息子を送り込んだ「元師範代の母」だ。

 わが子は何かを見つけるだろうか。それよりついて行けるだろうか。母と同じように楽しんでくれるだろうか。不安と期待を両手いっぱいに抱えながら、わが子とわが子の背中越しに見える稽古模様を綴る新連載、題して【元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた】。毎回、元師範代の母に聞こえてくるオノマトペを添えていきます。


 

【かちゃかちゃ】

(1) 軽くてかたい物が、何度もあるいはいくつも、弱くぶつかって発する澄んだ音。

(2) コンピューターやタイプライターのキーボードなどを叩く音。

『暮らしのことば 擬音・擬態語辞典』(山口仲美/講談社)

 

 我が家では子どもにスマホを持たせていない。編集稽古は自宅にある本人のパソコンで行うことになる。10月28日、54[守]開講日の夕方、部活動を終えたままの格好で部屋にいる長男に声をかける。

 

「メール開いてみた?」

「あ、うん、まだ。開いてから風呂入る」

 

 いつもなら、家に帰ったらすぐ風呂へ!! と口うるさく言う母だが、この日は風呂のことなど忘れていた。決められたダンドリも新しい手順が入ると、何を優先させたいかで揺らぐみたいだ。長男には「家に帰ったら、エディットカフェ」という新たな手順が追加された。

 

 メールを開くと「いっぱいきてる」と、画面を高速でスクロールしている。要するにどこから入ればいいかわからない。「とりあえず、エディットカフェを開いてみな」と声をかける。後ろからそっと見ていると、この日初めて知った我が子の教室名に、思わず声がもれる。「この人があなたの師範代ね」というと「お母さんじゃないんだ」と意外な言葉が返ってきた。息子よ、母の教室で自宅にいながら、ネット上で編集稽古をしようと思っていたのか???

 

 昼過ぎに届いていた案内では、まずはエディットカフェ上の〈勧学会(かんがくえ)〉というラウンジを開き、そこでメッセージを入力して発言することで点呼に答えるようにと指示があった。〈勧学会〉ラウンジに辿り着くと、今度はどのように書いたらいいか迷っていたので、「教室のみんなは、どんなふうに書いているの?」と声をかける。「あー、ねー…」と、またもや高速に画面をスクロールしながら教室仲間の発言を覗く。「えーっと…」と書きたい言葉を口にしながら、かちゃかちゃとキーボードを叩きだす。何度か書いたり消したりを繰り返した後、送信した。送信後は、発言を確認させると、「なんか、いらんもんがある。なんで、これ消すって教えてくれなかった。えっと、確か…」と言いながら、自分の発言を削除し、新しく投稿していた。教室仲間の発言には、編集学校からの元のメールが消されていたのだ。さっぱりとした画面が印象に残っていたらしい。α世代の飲み込み速度は恐ろしい。最初のミッションをクリアすると、さっさと風呂へ行く。

 

 その後、なかなか食卓に降りてこないので様子を見にいくと、早速、【001番:コップは何に使える?】に回答をしていた。5分間で様々なコップの使い方をあげていくといったお題だ。またもや『巨人の星』の星明子ばりに後ろから見守っていると、「これでいいんだよね」と聞いてくる。「正解はないから、まずはやってみ。でもルールはあるから必ず読んで」と伝えるが、「あー…」と生半可な返事をするだけで、回答後の振り返りへ進む。

 

 最近の中学校では〈振り返り〉が重要視されている。長男はこの振り返りを苦手としていて、提出しないことがあったために学期末の成績で痛い目を見た。母からも「あんたの振り返りはスッカスカなんじゃっ!」と、とても師範代経験者とは思えぬ言葉で戒められているので、それ以来、振り返ることには意識が向いているようだった。「いや、違うな」と、ここでも声に出しながら、パソコンの画面に現れる言葉を確認しては、キーボードを叩いては消し、叩く、を繰り返した。そして、振り返る中で新たに発見したコップの使い方を、最後に2つ追加した。

 

 一連の様子を見ながら口を挟みそうになるたびに、母は自分の口に手を当てる。そんな母の姿なんてお構いなしに、長男はかちゃかちゃとキーボードを叩き、あっという間に初めての回答を送信してしまった。

 

 長男は点呼挨拶に「15週間後、世界がどう広がるのか楽しみです」と書いていた。結局は消して他のメッセージを送ったようだが、キーボードを叩くたびに聞こえる音は、早くも無限にある世界の扉へ、かちゃかちゃと手当たり次第に鍵を差し込んでいるようにも、ドアノブを次々に回しているようにも母には感じられた。落ち着きなく扉の前に立つ姿がありありと浮かび、頬が緩む。開けた扉の先に魔物がいたとしても、母は助けに行けないけどね。

(文)元師範代の母

 

◇元・師範代の母が中学生の息子の編集稽古にじっと耳を澄ませてみた◇

#01――かちゃかちゃ(現在の記事)

#02――ちくたく

#03――さくっ

#04――のんびり

#05――うんうん

#06――いらいら

#07――ガタンゴトン

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg