「ほにゃほにゃ」が客人とほどける51[破]汁講 with 青熊書店

2024/02/17(土)12:43
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鬼は内、福は外。イシスの活動には枠にたいして外部的な客人を積極的に取りこむのが吉とでる。

 

本の街神保町の新たな名所「PASSAGE by ALL REVIEWS」の3Fにある「PASSAGE bis !」に51[破]のメンバー24名が集った。51[破]の物語AT賞の結果発表の当日となった2024年2月3日。51[破]の全教室横断の合同汁講の位置づけではあったが、普通の汁講とはちがった趣向が凝らされていた。

 

イシス編集学校では[守]の卒門、そして[破]を突破したあとには、コースの選択肢やプロジェクトの活動の幅が広がる。この合同汁講の企画をすすめた原田学匠は、編集道の先をいくイシスの先輩3名を客人として招いていた。イシスの先達の編集道をじっくりと聞いてもらい、プランニング編集術や培った編集力をどうやって活かせるのかを案内する機会を設けたかった。

 

●青熊書店の店主の編集道と物語作品のライブ講評

 

汁講の客人となってくれたのは岡村豊彦師範と植田フサ子師範だった。岡村師範が青森県、植田師範が熊本県の出身で、編集学校に激震がはしるほどのイシス婚を決めた二人は、2022年2月から「PASSAGE by ALL REVIEWS」のルソー通りとデカルト通りに青熊書店をたちあげた。今年の1月から青熊書店「創の実 自由が丘」店もオープンした。編集学校のロールの遍歴の多様さはもちろんのこと、書籍というイシス編集学校と蜜月のツールで起業しているのだから、編集道の先達としての話は密度充分だった。書店の名前の「青熊」が青森と熊本の一種合成でそこそこすぐ決まって、そのあとにくっつく業態をあらわす言葉のほうに悩んだというエピソードがすでに編集的でたまらない。

 

▲青熊書店が入るPASSAGE by ALL REVIEWSの3FにあるカフェPASSAGE bis!にて。カウンターのなかで植田師範(カウンター手前)と岡村師範(カウンター奥)は、飲食の提供の切り盛りもしてくれた。二人と縁の深い参加メンバーが、二人との思い出にふれながら編集道のQ&Eを語る一場面。

 

他のエピソードの披露もあった。植田師範がある秋の感門之盟で、書店のたちあげを考えていると松岡校長と言葉をかわした。半年後の春の感門之盟で、植田師範が松岡校長とイシス編集学校の階段ですれ違ったとき、「ほにゃ、ほにゃ、ほにゃ」と松岡校長は謎のことばを残していったという。植田師範がそのことを岡村師範に話したところ、それ「本屋、本屋、本屋」だろうということで氷解した。松岡校長が覚えていてくれたことに驚嘆であったという。すこし脇道にそれるのだが、イシスにいると「ほにゃほにゃ」という相手からもらったそのときは謎めいたことばが、しばらくたってからほどけてハッとすることによく遭遇する。イシス編集学校に関わる人は方法を大事にしているので、松岡校長のいうエディティングモデルの贈り物が、ことばやふるまいに自然とこめられていてここぞの潮時でほどけているのではないかと思う。

 

▲店の一画には、青熊書店の出張販売所が設けられた。手前は、九天玄氣組を主宰する中野由紀昌組長が立ち上げた字像舎の新刊『「筑後川」の本棚』。奥の封筒には、たとえば「ライト係からの手紙」と表題がかかれ掌篇小説がおさめられている。じぶんの書いた物語にちなんだものがないかとみんなが手にとっていた。

▲フランスの古書が内装の店内だからこそ目立つ和菓子。しつらいにも配慮が行き届いていた。

 

岡村師範は、この日に参加した学衆の物語の作品を読み込んで、ライブで講評をおこなうという驚きの時間をつくってくれた。さすがはイシスの客人、ただ招かれるだけではない。ワールドモデルとキャラクターの造形、文体などの細部に目を行き届かせて練りこまれた充実と不足を学衆につたえる言葉に忖度はなかった。全力で書いた作品には、稽古の時間のなかで手の届かなかった点を言いあてた指南の言葉のほうが、あとの編集道で熱をずっともった「ほにゃほにゃ」になってくれる。ある学衆は、岡村師範に作品の超部分である「鱗の痛み」が弱さや負をあらわしていると作品を評価された。その学衆は、締め切りの二日前に現れたアイディアだったと内情をあかしながら、「壁だと思っていたものが扉だった」と稽古で得た手ごたえをあかしてくれた。青熊書店の先達と現役の学衆とのあいだで物語の方法を媒介に言葉が交わされていた印象に残る場面だった。

 

▲さわやかなブルーの青熊書店Tシャツを着た岡村師範から、参加した学衆の物語作品に講評が伝えられる場面。練熟の数寄と方法でふるいにかけられた不足と充実がライブで手渡された。

 

51[破]ボードをつとめる中村まさとし評匠と得原藍師範も客人に負けじと編集道についてぞんぶんに語った。

 

中村評匠は、古くから編集学校に参画しており岡村師範と植田師範のふたりをよく知る。20[破](2009年)のころ、中村評匠が師範ロールをつとめる教室で、岡村師範(当時学衆)が稽古にはげんでいた。そのころ小説家を目指していた岡村師範が物語の稽古でふるわなかったときに、「あなたが書いているのは小説です。これは物語の稽古です。小説は200年の歴史しかない。物語はおそらく人類が言葉をもってからずっとやっている。この稽古は物語をめざしている」と伝えた場面があり、そこから岡村師範の目覚ましい躍進があったという。跳躍の軌道には物語講座での冠綴賞の受賞があった。会場からは思わずの唸り声がもれた。「地」の大転換がおこったエピソードであった。

 

イシスの推しメン編集ワークショップで注目度が上昇中の得原師範は、理学療法士としての講師業のかたわら本棚とデンマーク発祥のプレイリヤカーを運営しているという多焦点な活動について明かした。こども達が冒険的に遊ぶ場所が不足していると感じたところから始まる体当たり的な試行錯誤の経緯は、聞き手の驚きと笑いを誘った。そもそもこの活動をはじめたきっかけは、50[守]で柑橘カイヨワ教室の師範代をつとめるときに、松岡校長から「楕円的だから。楕円だということを忘れずにやりなさい」とほにゃほにゃを託されたのがはじまりだった。楕円の特性は円と異なり多焦点、そのイメージが複数のマルチロールを担うという多焦点の発想に踏み出させた。

 

▲多焦点的でエネルギッシュな活動を語る得原師範。プレイリヤカーを運営する経験からリヤカーを購入するノウハウまで身につけてしまった。

 

九州支所の九天玄氣組の活動にあこがれる得原師範が、中村評匠に湘南支所のたちあげのコツについて訊く場面もあった。中村評匠は「[破]を終えたらイシスは何をやってもいい。勝手にやってくれたことのほうをより喜んでくれる」とこたえた。[破]を潜り抜けることで得た不足と充実と編集力は、自分自身の「P:プロフィール」を大きく揺さぶり「T:ターゲット」に変更を大きくかける。臆することなく次の一歩を踏みだしてよいのだ。

 

 

●春めくインターブッキング

 

今回の汁講はこれにて閉会とならずに、ここからもう一山の盛りあがりをみせた。

 

三人目の客人であるバニーこと新井陽大師範が参加して、「インターブッキング」のコーナーを取り持ってくれた。今回の参加者は、中にメッセージを書きこんだ文庫本1冊を持参して受付のときに新井師範に手渡していた。選定する文庫のお題は、松岡校長がすきな「~めく」という言葉に季節の立春が合成されて「春めく」が指定されていた。

 

▲「インターブッキング」の進行を軽やかにはこぶ客人・新井師範。学生時代からイシス編集学校の門をたたき10年近くさまざまな場面を盛り上げてきた。花伝所は何でもぶつけられる格別な場なので飛びこんでみてほしいと、[破]の次を考える学衆の背中をおした。

 

新井師範に名前をよみあげられると、イシス編集学校オリジナルのカバーのかかった本が詰まった紙袋から手触りをたよりに一冊をひく。タイトルは隠されているので中表紙でまずはタイトルを確認し、次に紙面に書きこまれたメッセージと書面を探りあて誰からの贈り物なのかわかるとその場で読み上げた。

 

▲参加者から集めた本は、編集工学研究所デザイナー穂積晴明方源がデザインした「Edit Root Map」から[破]の型のパートを借用してブックカバーに身を包む。書籍のどこかに書かれた自筆のメッセージを見つけるまで誰からの「ほにゃほにゃ」なのかはわからない。

▲贈り主によるオリジナルのブックカバーがついたレアモノもあった。ブックカバーに思わず喜ぶ表情のくればミネルバ教室の黒田師範代。

 

あつまった本の分野の幅広さや、送り主とのギャップなど関心事はつきない。「インターブック」で交換された「春めく」本のリストをご覧にいれたい。千夜千冊に収録されていたものについては春を待つ草花の根のごとくリンクをはっておいた。

 

・『花物語 ―続植物記 』牧野 富太郎

・『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニイ 

・『太陽のパスタ、豆のスープ』宮下奈都
・『珍品堂主人 – 増補新版』井伏 鱒二
・『野生の棕櫚』ウィリアム・フォークナー
『合本俳句歳時記 第五版』角川書店
・『両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム』寺山修司

・『春の数えかた』日高 敏隆 

『センス・オブ・ワンダー 』レイチェル・カーソン
・『語りかける花』志村ふくみ
・『クマにあったらどうするか―アイヌ民族最後の狩人 姉崎 等』姉崎 等、 片山龍峯
・『建築家、走る 』隈研吾
・『色を奏でる』志村ふくみ
・『混乱の思想』上野千鶴子
・『悪人』吉田修一
・『白河夜船 』吉本ばなな
『たけくらべ』樋口一葉
・『どくとるマンボウ青春期』北杜夫
・『蜜蜂と遠雷』恩田陸 
・『潮騒』三島由紀夫
・『春の窓』安房直子
・『戸村飯店 青春100連発』瀬尾まいこ
・『草野心平詩集』草野心平
・『ここにないもの – 新哲学対話』野矢茂樹
・『無伴奏』小池真理子

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こうしてみると八割くらいは千夜千冊にあやかっていた。受取り手が編集学校のメンバーとなれば、送り手も外し具合と寄せ具合にかなり頭を悩ませたに違いなかったのだった。

 

贈り本が全員にいきわたったあとは歓談タイムだったのだが、本の送り主のもとにすぐさま集い立ち話でそうとうに盛りあがった。お題とメッセージがパッケージとなった「ほにゃほにゃ」な贈り物がすぐさま炸裂して、意外な関係線をつないだ効果だったのだろう。

 

▲本の交換をおえると全員が席を立ち、送り主と本とメッセージをネタにして語りに熱中する。開始時点とは熱気が段違いとなった。

 

客人の三名には参加者の誰もが感激いっぱいとなり、春一番のように4時間が吹きわたる汁講となった。

ちなみにアイキャッチ画像は、筆者が入手した植田師範の青熊書店ゴム印がおされた特製カバーの一冊と、出張青熊書店で入手したグッズだ。オレンジのカバーをめくると、ゲンジボタルが互いに光を示し合わせるという相互性が鍵のメッセージが記されており、日本の山野の夜景にあわく浮かぶ華厳な世界が想起された。きっとこの汁講の参加者の胸にもたくさんの「ほにゃほにゃ」がほんのり灯ったに違いない。

 

▲店の出口から振り向きざまに、原田学匠の背中で一枚。


  • 中尾行宏

    編集的先達:レフ・ヴィゴツキー。ドメスティックな日本企業から外資ITに飛び込んでして10年目。カスタマーサクセスやチェンジマネジメントと松岡正剛を同じ熱量で語れる千駆千嘨隊(略称センセン隊)の一人。編集学校に入ってから編集書・雑誌・レコード・DVD・ビデオなど250冊以上蔵書が爆増中。