江戸はオートポイエーシスで、とっくの昔にマルチバースだった。2022年1月15日、河本英夫氏をゲストに招いた【AIDA】Season2 第4講では、生命システムと江戸社会のあいだに思わぬ対角線が引かれた。生命と江戸を結びつけたのは、AIDAボードメンバーで江戸文化研究者の田中優子氏である。座長松岡正剛とともに『江戸問答』『日本問答』などの対談本を世に送りだした盟友田中氏に、講座終了後、「会社」や「仕事」を別の視点で見るためのヒントを聞いた。
▽【AIDA Season2 第4講!】ニクラス・ルーマンと河本英夫のAIDAで「オートポイエーシスの社会システム」を学ぶ
(聞き手:梅澤奈央)
■会社には「連」と「アバター」を
アイデア生み出す小さな組織とは
――第4講の締めくくりに、松岡正剛座長は「個々人が、時空間をともなったメディアになってもらいたい」と座衆にリクエストをしていましたね。日本の企業を担う座衆たちに対して、今回の議論を会社のなかで実践していくヒントをいただけないでしょうか。
田中:会社のなかで「連」を作ってみるといいのでは、と思います。会社組織というと「収益を出さなければ」という目的に縛られてしまいますが、そのなかに収益化とは別の目的をもった小さな組織を作ってみると変わるのではないかなと思います。
――「連」というのはたんなる趣味のサークルではなく、社会システムの外にある「別世」と位置付けられるものですよね。『江戸とアバター』という著作のなかでも、連のようすが書かれていて興味深かったです。徳川家の御徒である大田直次郎という下級武士が、もの書きとしては大田南畝に名を変え、狂歌師としては四方赤良、文化人としては蜀山人……というように、江戸時代は一人の人間が場によって名を複数持っていたと聞きました。そのたくさんの私こそが、創造性を生んでいたのですよね。
田中:そうですね、「連」でも遊郭でも別世のなかでは生身の人間であっても「アバター」なんです。この連の活動で大事なのは、「自由」です。連のなかでコミュニケーションをするときは、「会社のために」ではなく、あくまで自分の言葉で話すこと。そうやって自由に語られた言葉のなかに、大事なヒントが含まれている可能性があります。
――たしかにその自由さがあれば、目的から解放された新しいアイデアがでてきそうですね。
田中:ただ、「なにかを発明するためにブレインストーミングをしよう」と目的を設定してしまうと効果的ではありません。半分遊び心をもって、ゆるやかなつながりのなかでアイデアを持ち寄ることが大事でしょう。
――連の特質については、千夜千冊721夜にも登場した『江戸の想像力』でもまとめておられましたね。「宗匠(世話役)はいるが強力なリーダーはいない」「さまざまな年齢、性、階層、職業が混じっている」など、具体的な条件は実践するときの参考にもなりそうです。
■江戸時代にブルシットジョブはあるか
――議論のなかで、「オートポイエーシスは江戸時代的」というご発言がありましたね。江戸時代は、社会があらかじめ設計されているのではなく、個々の人間の動きによって社会が形成されていったのですよね。
田中:そうですね、江戸時代には理念ではなく実践が先です。たとえば、江戸時代の武士の子どもたちは四書五経のなかの『大学』をまず学びます。
――『大学』の教えといえば、中心にあるのは「修身斉家治国平天下」ですよね。
田中:そうです。武士がまず学ぶのは、政治の仕組みではなく、自分を治めること、つまり感情コントロールなんです。自分の感情をコントロールできれば、家も治まり、国家も治められる、と。
――まず「個」ありきで、それが「家」を支えるという構図なのですね。だとすると気になるのが「家」です。自律的に続いていくものの代表例として、江戸時代の「家」が挙げられていましたが、なぜそこまで「家」の存続が大事だったのでしょうか。
田中:武家は、家に給料が支払われたからです。家が藩を支え、藩が国を支えていました。つまり、江戸時代の人たちは家を通じて、社会を担っていたわけです。だから、当主が亡くなれば長男に、あるいは婿をとったり、あるいは養子を迎えたりして、家を存続させたのです。
――なるほど、現代では自分の仕事が「世界に影響を与えていると感じられない」というブルシットジョブが蔓延しているわけですが、江戸時代には家での仕事と藩という世界とが接続されていたわけですね。だから素直に「家が大切」と思えるんですね。
田中:物を考える人たちのなかには、「自分の給料がどこから出ているのか」と考える人たちもいました。武士階級であれば、給料は百姓たちの年貢米ですね。武士たちは事務仕事だけでなく、火消しにまつわる仕事などたくさんの役割があったのですが、その現場で必死に仕事をしながら、その都度これが何のための仕事なのか考えていたと思いますよ。
■「家」と「個人」は対立しない
江戸社会のオートポイエーシス
――武士たちも、自分の存在理由を考えながら生きていたということですね。では、町人たちはどうでしょう?
田中:町人も家をもっている商人たちは、武士と同じく「家」を支えることが大事と考えていたでしょうね。商売を支える家族というのは、いまでいう企業と同じ組織です。つまり家を支えることが、企業を支えること。だからできるだけ長く継続させることが使命なんです。
――現代的な発想だと、家というシステムのなかで個人が抑圧されるというストーリーばかり想像されるのですが、そんなことはなかったんでしょうか。
田中:そもそも、家を継ぎたくない人は、継がないです。家というのは血縁にこだわらないので、そのあたりフレキシブルなんです。
――えっ、どういうことでしょう?
田中:「自分は継がない」と言えば、継がなくてもいい。長男が拒否すれば次男に、それがなければ妹に婿をとったり、誰もいなければ養子を迎えます。逆にいうと、長男でも才覚がなければ継がせてもらえないこともあります。血縁でなく、才能を大事にするんです。
――いまの会社組織だと、個人は「ただの歯車」になっている感覚もあると思うのですが、もしそのように感じる人であれば、一人で生きていくという選択ができるんですね。
田中:まさにそうです。ふつうの場合であれば、次男三男も家から出なければいけませんしね。そういう人たちは、一人で生きるか、婿入りするか。さまざまな方法があります。
――制度と個人が対立せずに、個々が自律的に生きていける社会ですね。
田中:今日のオートポイエーシスのお話であったように、江戸時代も、社会というものがまずあって、そのなかに個人があるという対立構造ではなかったんですね。それぞれが毎日を生きていきながら、コミュニケーションを通じて社会が形成されていった。現代にもこの見方をあてはめれば、「社会を変えていくのは自分たちだ」という考え方ができます。こう考えていくのは非常におもしろいし、有益だと思いますね。
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写真:後藤由加里
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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