自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
教室というのは、不思議な場所だ。
どこか長い旅の入口のような空気がある。 まだ互いの声の高さも、沈黙の距離感も測りきれないまま、 事件を挟めば、少しずつ教室が温かく育っていく。そんな、開講間もないある日のこと。 火種のように小さな会話から、予想外の“事件”が始まった。 きっかけは、56[守]ピノキオ界隈教室:西岡師範代のひとことだった。
「夕飯は、おでんでした~。」
その瞬間、教室の空気がふっと緩んだ。 言葉が言葉を呼び、湯気のように話題が広がっていく。西岡師範代の母の話が加わる。
「ちなみに、私の母がやたら「お」をつけるんです。。 おちくわもあります。」
西岡師範代、学衆たちと、次々自分の家のおでんを語り始める。
「我が家は伝統的に年末年始はそばとおでんと決まっているのですが、、、」
「おでんが行事食だとは! そばとおでんで年を越すなんて、あったかくていいなぁ~」
「わが家のおでんには、たまねぎが丸ごと入ります!」
「まるごと玉ねぎ、早速夫にリクエストしておきました。(自分で作らんかーい汗)」
「レンコンは本日初挑戦でしたが、大当たり!」
「次、挑戦したいのはトマトです。」
「タコまるごと一匹おでん、食べてみたいなー。」
「丸ごとタマネギ」を大胆に煮込む者もいれば、 「次はトマトに挑戦したい」と冒険心を見せる者も。出身地によって、おでんの具も味付けも違う。 小さなおでんの話題は、気づけば編集の熱を生み、沸き立っていった。
ひとりの学衆が、なんと「おでん」を三種類の辞書で引き、 その場でコンパイルを始めた。 意味の差異、語源の揺らぎ、言葉の遍歴―― エディットカフェ上で、おでんという言葉が、輪郭を帯びていき、 勢いはさらに加速する。
ついには「おでんの歴史」を図解へ。
田楽から煮込み田楽へ、 そして江戸の醤油文化に出会い「おでん」へ。 言葉は時代を渡り、土地をめぐり、 最後には、ひとつの鍋の中に集まってくる。 この日、教室で起きたのは単なる雑談ではなかった。 “おでん”という誰もが知る日常の料理が、 辞書にひらかれ、歴史に引き伸ばされ、 学衆と師範代のあいだを、 ゆっくりと温めてくれた時間だった。 開講したばかりの教室は、まだ小さな火加減だ。 けれど、こうした出来事があるたびに、 学衆と師範代の間にほのかな湯気が立ちのぼる。 編集稽古は、ときに、ふとした会話から、始まっていく。 そんなことを、そっと教えてくれた“おでん事件”。
ちょうど季節は、これからおでんのおいしい時期を迎える。 外の空気が冷えていくほどに、教室の中で交わされた言葉は、 少しずつ、やさしく、深く、沁みていくのだろう。 編集稽古もまた、時間をかけて旨味が出る。
―― 編集は、おでんから始まる。
「お・で・ん」とたった3文字つぶやけば、3000字のおでん談義がはじまる。これが、編集学校の醍醐味ですね。
:ピノキオ界隈教室 西岡師範代
アイキャッチ・文/稲森久純(56[守]師範)
イシス編集学校 [守]チーム
編集学校の原風景であり稽古の原郷となる[守]。初めてイシス編集学校と出会う学衆と歩みつづける学匠、番匠、師範、ときどき師範代のチーム。鯉は竜になるか。
かなりドキッとした。「やっぱり会社にいると結構つまんない。お給料をもらうから行っておこうかなといううちに、だんだんだんだん会社に侵されるからつらい」。数年前のイシス編集学校、松岡正剛校長の言葉をいまもはっきりとはっきり […]
花伝所の指導陣が教えてくれた。「自信をもって守へ送り出せる師範代です」と。鍛え抜かれた11名の花伝生と7名の再登板、合計18教室が誕生。自由編集状態へ焦がれる師範代たちと171名の学衆の想いが相互に混じり合い、お題・ […]
これまで松岡正剛校長から服装については何も言われたことがない、と少し照れた顔の着物姿の林頭は、イシス編集学校のために日も夜もついでラウンジを駆け回る3人を本棚劇場に招いた。林頭の手には手書きの色紙が掲げられている。 &n […]
週刊キンダイvol.018 〜編集という大海に、糸を垂らして~
海に舟を出すこと。それは「週刊キンダイ」を始めたときの心持ちと重なる。釣れるかどうかはわからない。だが、竿を握り、ただ糸を落とす。その一投がすべてを変える。 全ては、この一言から始まった。 […]
55[守]で初めて師範を務めた内村放と青井隼人。2人の編集道に[守]学匠の鈴木康代と番匠・阿曽祐子が迫る連載「師範 The談」の最終回はイシスの今後へと話題は広がった。[離]への挑戦や学びを止めない姿勢。さらに話題は松 […]
コメント
1~3件/3件
2025-11-18
自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
2025-11-13
夜行列車に乗り込んだ一人のハードボイルド風の男。この男は、今しがた買い込んだ400円の幕の内弁当をどのような順序で食べるべきかで悩んでいる。失敗は許されない!これは持てる知力の全てをかけた総力戦なのだ!!
泉昌之のデビュー短篇「夜行」(初出1981年「ガロ」)は、ふだん私たちが経験している些末なこだわりを拡大して見せて笑いを取った。のちにこれが「グルメマンガ」の一変種である「食通マンガ」という巨大ジャンルを形成することになるとは誰も知らない。
(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)
2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。