「教室モデル」で社会編集を 鈴木康代[守]学匠メッセージ【79感門】

2022/09/11(日)18:10
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2022年9月11日、第79回感門之盟2日目。その最初のプログラムである卒門式に、鈴木康代[守]学匠は鮮やかな赤紫色の衣装で登場した。コンサバティブとは対照的な、ビビットなマゼンタカラーだ。第79回感門之盟のテーマ「題バシティ」を鈴木学匠も装いで楽しんだ。

 

鈴木学匠は、「49守は、それぞれの教室名に向かおうとする意気込みが強く見られた期でした」と振り返る。松岡校長から師範代へ直々に送られる「教室名」はどれひとつとして同じものはなく、実に多種多様でふんだんに未知を含んでいる。例えば「切実ゲノム教室」や「脱皮ザリガニ教室」、「忖度しないわ教室」などである。このようなドギマギするようなネーミングは、いわば教室全体へと出された一つのお題である。

 

各師範代はこうしたお題に対して、独自のフライヤーを作ったり、教室の設えを教室名にあやかったりすることで、さまざまな回答をする。このように教室の趣向や意匠の編集を重ねていくうちに、師範代が教室や学衆に寄せる想いも強くなっていく。鈴木学匠は、このような様子を、「教室自体が大好きなのにうまく説明がつかないものなのである」と語った。

 

以前の伝習座で、松岡校長は世界モデルが摩耗していることへの懸念を吐露していた。社会で使われているルール(制度)、ロール(役割)、ツール(道具)のルル三条が、画一的なものばかりでつまらないものになっているというのだ。加えて、わかりやすいこと一辺倒になっていて、簡単に答えが出ない状況へと向かっていくことができない。

 

こうした摩耗した社会に対して、鈴木学匠は「多様で説明のつかないことがたっぷりで、お題に富んだイシス編集学校こそが、世界観の劣化しつつある社会に対抗できるのだ」と強く語った。イシスでの編集稽古をつうじて培われた「うまく説明がつかないほど大好きなもの・こと」こそ、社会を再編集するなによりのエンジンなのである。

 

感門之盟を経て、学衆や師範代がどのようにそれぞれの教室モデルを擬いて、社会や世界観の再編集へと向かうのか。康代学匠は「今日の感門之盟でも、これまでの編集稽古でうまれた、恋焦がれる『恋闕(れんけつ)』のような思いを言葉にあらわしていってほしい」と結んだ。

(写真:上杉公志)

  • 山内貴暉

    編集的先達:佐藤信夫。2000年生まれ、立教大学在学中のヤドカリ軍団の末っ子。破では『フラジャイル』を知文し、物語ではアリストテレス大賞を受賞。校長・松岡正剛に憧れるあまり、最近は慣れない喫煙を始めた。感門団、輪読小僧でも活躍中。次代のイシスを背負って立つべく、編集道をまっしぐらに歩み続ける。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。