編工研社長コラム「連編記」 vol.6 「代」:「代わり」に潜むリスクとチャンス

2024/04/10(水)12:00
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編集工学研究所の社長・安藤昭子のコラム連載「連編記」の第6回をお届けします。

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「連編記」では毎回、一文字の漢字を設定します。この一文字から連想される風景を、編集工学研究所と時々刻々の話題を重ねて編んでいきます。

今回の漢字は、「代」。代理、代行、代替、代謝、依代、苗代、そして師範代の「代」。

白川静さんは『常用字解』の中で、「代」の「弋」はマサカリの刃が白い光を放つ形が原型だと言います。祓い清める力を持つ呪器です。これを人に加えることで、禍を祓い清めて他に移すことができる。こう考えられていたので、「代」は改めるの意味となったそう。祓い、清め、改め、入れ替わる。本来の「代」はそんな力を秘めていたのですね。

 

今回の連編記で安藤社長は、大谷選手の通訳者問題を入り口に「代」が複雑に絡み合う現代を読み解きます。では、どうぞ。

 

(「連編記」配達人 山本春奈)

INDEX
「連編記」vol.6「代」:「代わり」に潜むリスクとチャンス
 └ スーパースターをめぐる「代」問題
 └ 「代」が絡まり合う現代
 └ 人類は「代」によって繁栄した
 └ 「代理経験」というインテリジェンス
 └ 佐藤優氏と考えるビジネスリーダーの学び方(4/23「AIDA OP」)
 編集工学研究所からのお知らせ:
 └ [AIDA]特別公開イベント「AIDA OP」4/23開催 
 └イシス編集学校 第53期[守]基本コース 4/28開講
 └『情報の歴史21』を読む 第十二弾「安田登編」4/12開催
 └『情報の歴史21』ご購入のご案内
 └近江ARS TOKYO 4/29開催
 └「スマートニュース+」で「ほんのれん」記事連載中
 └Business Insider Japanの連載「ほんのれん旬感本考」全編無料に!
 └ポッドキャスト「ほんのれんラジオ」大好評配信中

 

 

「連編記」 vol.6

「代」

「代わり」に潜むリスクとチャンス

2024/4/8​

 

スーパースターをめぐる「代」問題

 大谷翔平選手のロサンゼルス・ドジャースへの移籍のニュースは、10年総額7億ドル(1000億強)という前代未聞の契約金の話題も乗せながら、世界を大いに沸かせました。唯一無二のスター、野球界の至宝、余人をもって代えがたいなどの賛辞とともに注目の中でシーズンが始まろうとしていたこの春、突如浮上したのが水原一平元通訳の違法賭博スキャンダル。なかなか真相が見えてこない不可解な事態が、メディアのお祭りムードを一夜にして暗雲の疑惑報道に塗り替えました。

 大谷選手が借金を「肩代わり」したという水原元通訳の発言に、さまざまな憶測や見解が飛び交いました。日本では、「肩代わり」となるとどこか「情」を想起させる美談のイメージが先行しますが、アメリカでは「共犯・幇助」として「同罪」の烙印が押されます。また本来であれば危機対応も担う代理人と大谷選手の間も、水原元通訳がコミュニケーションを代行していたことから、一時的なすれ違いが生じました。こうした構造が、憶測や疑惑を大きくした要因にもなったようです。

 その後、大谷選手自らの言葉で会見が開かれ、疑惑に対するひとまずの落着は見ましたが、光り輝く花道に重たい陰を落としたことは否めません。ショウヘイ・オオタニは大丈夫なのか? 世界中が固唾をのんで見守る中、開幕から9試合目となった3日(日本時間4日)、新天地のファンが待ち望んだ第1号ソロアーチを放ち、スーパースターはきっちりと自分の仕事を果たしました。


「代」が絡まり合う現代

 さてこの話を俯瞰してみると、幾層もの「代」が絡み合っていることに気が付きます。スターであるほどに、あるいは責任ある立場であるほどに、多くの「代」を介さずには仕事が成り立ちません。いや立場に関わらず、わたしたちは、自分だけではまかない切れないことを、誰かや何かに代理してもらいながら生きています。代理・代行を成立させているのは、信用・信頼であることに変わりありませんが、果たしてどの程度そのことを自覚できているか。

 見渡してみれば、世界はこの「代」と「信」の問題に覆われています。政治を預かるのは代議士、会社では代表取締役が経営の責任を担います。食材はスーパーが調達を代行し、惣菜売り場では代わりに調理を、レストランでは代わりに食卓の用意を、お金さえ払えば誰かが完璧に代わりをしてくれます。果たして安全なものを食べているのかは、代行のバトンが進むほどにわからなくなる。栄養の摂取もサプリに代行させるとなれば、異物や毒物への最後の砦となる味覚や臭覚も、もはや防御の助けにはなりません。その製造環境や素材の安全性に全幅の信頼を置く以外にない。サプリにしろワクチンにしろ、昨今の世間を騒がせている一連の報道は、自身のコンディションをどこまで人にあずけるか、ということを考える機会にもなりました。


人類は「代」によって繁栄した

 かつて二足歩行を始めた人間は、旅をしながら道具とコミュニティをつくり、代理と分業の仕組みを発明することで、複雑な社会を形作ってきました。住居を構えるのも、子どもを育てるのも、分業することで助け合いました。農耕や牧畜の発明によって食料を貯蓄し定住するようになると、仕事の分業化は一気に進み、ある技能に特化した専業が生まれていきます。そこから物やサービスの交換が生じ、貨幣がすべての価値を代行するようになっていきました。こうして経済が生まれ、代理と分業によってさまざまな技術や技能が極められていくと、職能の価値は宮廷や教会といった巨大な権力に吸収されていきます。

 やがて産業革命によってそうした中央権力が崩壊するや、「技能の代行性」は一斉に街の中に散らばっていきました。レストランができ、仕立て屋が店を構え、靴屋や帽子屋が街に溢れると、インテリアやファッションの好みを追求することも、貴族の特権ではなくなります。着るもの・食べるもの・住むところを選ぶ自由を市民が獲得すると、それを代行するプロフェッショナルが量産され、市場ができていきました。これが、現代社会の経済システムへと続いています。

 社会的な役割のみならず、生命の仕組みそれ自体も分業と代行でなりたっています。細胞から臓器まで、すべてが分業化されお互いに繋がりあいながら相互の不足を補い合う。代行は、生命においても社会システムにおいても本来不可欠な機能です。代行者の欲望がある閾値を越えた時に、あるいは代行されているものへの関心を受益者が放棄した時に、代行システムがバランスを崩していくのでしょう。
 この3月に閉幕したHyper-Editing Platform[AIDA]シーズン4の最終講では、松岡正剛座長から、「代理・代行」を起源まで戻って総点検すべきだとの問題提起がなされました。わたしたちの日常は今や、さまざまな「代」によって覆い尽くされています。その多くがAIを含むテクノロジーによって自動化されるにいたった現在、いったい何が何の代わりを担っているのか、一度立ち止まって考えるべき時なのかもしれません。


インテリジェンスの「代理経験」

 作家で元外務省・主任分析官の佐藤優さんは、リスク回避の方法、あるいはリスクテイクするための恐怖心の克服方法として、「代理経験」を強く勧めます。情報活動であるインテリジェンスの世界においては、常に相手の「内在的論理」を見抜くことが何より重要になるといいます。
 世の中のあらゆる危機や悪や人間の感情の機微を、すべてひとりで体験することは、当然ながらできません。他者の経験を通して自分の経験を積む「代理による経験値」が知力も胆力も育てます。そのために、人に話を聞くのもいいし、映画やネットで他者の人生に出会うのもいい。佐藤さんは、ものごとを体系立てて理解するツールとして書物の有効性を強調します。書物で得た視点からアナロジーを働かせて、自分の眼の前の出来事の分析を進める。こうした代理体験とアナロジーのセットで、大方の漠然とした恐怖心は拭えると言います。
 自分の内部にこの手の「代」を増やしていくことが、外部を覆い尽くす「代」によるリスクに対抗する近道でもあるかもしれません。


佐藤優氏と考えるビジネスリーダーの学び方(4/23「AIDA OP」開催)

 佐藤優さんもボードメンバーを務めるHyper-Editing Platform[AIDA]は、ビジネスリーダーたちにとっての強烈な「代理経験」の場になっているようです。Kaizen Platform代表取締役の須藤憲司さんは「プロセスにこそ人間の”成長”と”成熟”が現れる」として、そこに向かう構えをAIDAでの体験を通して学んだと言います。リクルートワークス研究所所長の奥本英弘さんは、「深く深く思考して、問い自体を変え、自分が依って立つ”世界像”を刷新していく」仕組みとして、AIDAという場の特異性を語ってくれました。
 正解なき問いに向かい続けるビジネスリーダーには、関わる人や組織や国・地域の「内在的論理」に対しての鋭利な洞察が問われます。とてもひとりでは経験しきれないケースやプロセスや世界像を、いかに代理経験によって獲得していくか。

 Hyper-Editing Platform[AIDA]は、今年も10月からシーズン5が始まります。それに先立って、毎年恒例の特別公開イベント「AIDA OP(アイダ・オープン)」を、佐藤優さんをゲストに迎え、一夜限りの装いで本楼にて開催します。テーマは、「佐藤優氏と考えるビジネスリーダーの学び方」。AIDAの過去期の映像も佐藤優さんと一緒に鑑賞しながら、世の中の見方、内側の「代」を育む方法をなど考えていきます。ぜひ本楼に、あるいはオンラインで、お気軽に遊びにいらしてください。

 一見ややこしく絡まり合う国内外の情勢も、「代」をめぐるリスクとチャンスというフィルター越しに向き合うことで、すっと視界が開けるかもしれません。そんなことも、佐藤優さんをのインテリジェンスを代理経験させていただきながら、ご一緒に考えてみたいと思います。


安藤昭子(編集工学研究所 代表取締役社長)

 

◆編集工学研究所 Newsletter「連編記」
 → アーカイブはこちらからご覧いただけます。

 

◆編集工学研究所からのお知らせ

■Hyper-Editing Platform [AIDA]特別公開イベント「AIDA OP 〜佐藤優氏と考えるビジネスリーダーの学び方〜」4/23開催
次世代リーダー育成プラットフォーム「Hyper-Editing Platform [AIDA]」について特別公開する恒例イベント「AIDA OP」を4/23に開催します。

・日時:2024年4月23日(火)19:00-21:30(18:30受付開始)
・参加方法:会場参加(40人限定)+ オンライン参加(無制限)
・内容(予定):
 1)AIDAボードメンバー 佐藤優氏のトークセッション
 2)AIDAアーカイブ映像を活用したセッション など
・参加費用:会場参加 6,000円(税別)/オンライン参加 3,000円(税別)
 *会場参加の皆様には、ウェルカムドリンク、軽食をご用意しております。
・会場:編集工学研究所 ブックサロンスペース[本楼]

▶︎申し込み:こちらよりお申し込みください。お申し込み時に、参加方法(会場リアル/オンライン)をお選びください。
[AIDA]ご案内資料
[AIDA]公式サイト



■イシス編集学校 第53期[守]基本コース お申し込み受付中です。
編集を学ぶオンラインの学校、「イシス編集学校」の第53期[守]基本コースは2024年4月28日(日)開講です。
 ▶︎講座詳細は こちらからご覧ください。
 ▶︎学校説明会も開催中です。

 

■ 『情報の歴史21』を読む 第十二弾「安田登編」 4/12開催 
4月12日(金)19:30~22:00 に、能楽師の安田登さんをお招きして「『情報の歴史21』を読む 第十二弾 安田登編」を開催します。テーマは、「コトバ」。文字や言葉や表現様式の歴史を振り返りながら、新しいコトバの可能性を考えます。

▶︎詳細はこちらからご覧ください。

『情報の歴史21』ご購入のご案内
『情報の歴史21』は、書籍版/PDF版ともに、弊社ウェブショップにてお求めいただけます。
 ▶︎『情報の歴史21』書籍版 ご購入ページ 
 ▶︎『情報の歴史21』PDF版 ご購入ページ 
また、これまでの「『情報の歴史21』を読む」イベントシリーズのアーカイブデータも販売中です。 こちらよりご確認ください。


■近江ARS TOKYO 開催
4月29日、東京・草月ホールにて1日限りの「近江ARS TOKYO」を開催します。
 近江ARS(Another Real Style)とは、縄文期から続く近江の万事万端から、 ひとつひとつ丁寧に「別様の可能性」をたぐりよせ、 もう一つの日本の様式【 別日本 】を臨むプロジェクトです。総合監修は、近江・長浜にルーツをもつ編集工学者・松岡正剛氏がつとめ、天台寺門宗総本山三井寺長吏・福家俊彦氏が併走します。
「近江ARS TOKYO」では、各界のスペシャリストをお迎えして、トーク、パフォーマンス、そして近江の音色をお届けします。



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最新シリーズのテーマは、「時は金なり?」。 タイパに追われる時代に、時間とどう付き合うべきか?歴史や科学も紐解きながら考えます。

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 ・タイパが何より大事です? 効率志向の時代が冒される「待てない」病 
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 ・寝坊はあなたのせいじゃない!人間のカラダを裏で操る「体内時計」の神秘 
 ・時間とお金に縛られない!「タイム・イズ・マネー」を捉えなおすための30冊
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編集工学研究所・広報チーム一同


  • 山本春奈

    編集的先達:レオ・レオーニ。舌足らずな清潔派にして、万能の編集ガール。定評ある卓抜な要約力と観察力、語学力だけではなく、好奇心溢れる眼で小動物のごとくフロアで機敏な動きも見せる。趣味は温泉採掘とパクチーベランダ菜園。愛称は「はるにゃん」。