年末刊行予定の「千夜千冊エディション」の編集制作が着々と進んでいる。タイトルはズバリ『編集力』。イシス編集学校の必携にすべく、松岡正剛が尋常ならざる気合を込めていることもあって、これまでおおよそ400~420ページを堅持してきた「エディション」のなかで、460ページ超という突出して大部な1冊になりつつある。
「千夜千冊エディション」の編集は、松岡がWeb千夜からテーマに合わせて収録すべきものを収集・選択をするところから始まる。真夜中近く、事務所のプリンターが休みなくギュンギュンと千夜を出力はじめると、それが「編集開始」の合図だ。たちまち数十本、多い時には100本以上もの千夜の山が積みあがる。それらを松岡が1週間ほどをかけて分類・系統化し、何度も組み替えたり入れ換えたり、また別な千夜を出力しなおしたりして、1冊分の「エディション」の章立てと配列を決定していく。
構成がある程度できあがると、松岡事務所スタッフが手分けして、それらをテキストデータ化する。千夜千冊にはWeb版以外に、求龍堂の全集版のデータ(ただし1144夜まで)もあるため、これらを組み合わせて必要な文字変換(英数字を漢数字にするなど)をすばやく施していく。テキスト化が終わると総文字量を計算し、文庫になった場合のページ数を予測する。この段階で、たいてい目標とするページ数を大幅にオーバーしているのだが、ここからは松岡がテキストデータに綿々と赤入れをしながら、絞り込みとともに組み換え・入れ替えもしつづけて、構成をさらに精緻化していく。
松岡はしばしば編集構成のことを「エディトリアル・オーケストレーション」と表現するが、そうやって千夜千冊の“束”を相手に奮闘している姿を見ていると、まさにこの言葉がぴったりだと思えてくる。文庫のテーマに合わせてコンテンツを並べ直すなどという単純なコンパイル(編纂)作業ではない。多様な本、多様な著者、多様な個性をあたかも楽器のように入念に組み合わせて、モードやリズムや響きをコントロールしつつ、新しい「知の交響曲」を編成しようと試行錯誤しているようなものなのだ。
交響曲がアップテンポなソナタ形式の曲やスローテンポな緩徐楽章、さらにメヌエットやスケルツォといった舞曲様式など、変化に富んだ4つの楽章から成り立っていることに似て、「千夜千冊エディション」もテーマに対するアプローチやモードを変えながら、おおむね4つの章立てに落ち着くことが多い(もちろん交響曲同様、例外もある)。
たとえば『編集力』では、第1章がマラルメに始まり、ヴィトゲンシュタイン、バルト、ベンヤミン、フーコーといった意味とイメージの探索者たちを次々とテンポよく取り上げる。第2章では「類似と相似」をキーワードに編集の奥にある認知や感覚のしくみをじっくり見つめ、つづく第3章ではチャールズ・パースの「アブダクション」を複数の千夜を反復させながら徹底解説する。第4章は打って変わって21世紀における編集工学と「新・人文学」の可能性を示唆し、ちょっと意外なキエラン・イーガンの教育論をコーダにして終結していく。うーん、これぞ「エディスト交響曲」と名付けたいような、編集工学の伝統も前衛も、アルスもロマンも含んだ唯一無二のオーケストレーション!
私がこのところ傾倒しているバーンスタインは、交響曲の秘密は「development=展開」にあると言い切ったうえで、こんなふうに語っている。「《展開》とはすなわち《発達》のこと、ささやかなモチーフ(動機)がどんどん変化して、複雑さを増しながら成長し、次第に何事かに到達していくように高まりを見せていく。交響曲は、人間の一生とまさに同じプロセスをたどってつくられていくのです」(ヤング・ピープルズ・コンサートより)。
「千夜千冊エディション」も、1冊ごとが編集シンフォニー、編集オーケストレーションであって、既知なるテーマから未知なる表象に向かって、いかにして「展開」をおもしろく複雑化させるかということに、全編集神経をそそぎ、全編集屋人生を懸けてつくられていくのです。
太田香保
編集的先達:レナード・バーンスタイン。慶応大学司書からいまや松岡正剛のビブリオテカールに。事務所にピアノを持ちこみ、楽譜を通してのインタースコア実践にいとまがない。離学衆全てが直立不動になる絶対的な総匠。
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