平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。
松岡正剛いわく「母なる空海・父なる宗教」。56[守]のミメロギアのお題にも採用された空海を語り尽くした『空海の夢 新版』(春秋社)。空海の見た夢、松岡校長の見た夢とは何だったのでしょうか。
第90回感門之盟「読奏エディストリート」の特別企画としてお届けしてきた、師範の「マーキング」と「ヨミトキ」連載の13回目。4人の師範の声の響きをお届けします。
空海には「意識の進化」と「言語の進化」というふたつの大きな視座があって、このふたつの視座がつねに交錯しながら仏教史をめぐり、密教に向かってビシビシと龍尾を叩いているというふうになっていた。(26ページ)
フロイトに先立つこと約1000年前、無意識の理論とそのハッキング方法を精緻に体系化した空海。「筆を選ばず」の弘法大師は、非文字文化の古代日本に外来の漢字をどのように融合するか、音/訓システムのグランドデザインにも関わった。生成AIがもてはやされる現在、「意識の進化」はフィルターバブルの中に置き去りに、グランドデザインなき「言語の進化」だけがバブルを謳歌している。テクノロジーが未来を連れてくるのではない。ルネサンスが神学的合理を科学的合理へと更新し近代への橋掛りになったように、未来を導くための新たな次元の合理はおそらく空海を継承したものになるだろう。(名部惇)
空海がついに最澄の借覧行為にたいする拒絶の意思を表明するにいたったのは弘仁四年十一月のことだった。『新撰文殊讃法身礼円図』と『理趣経』の借用をめぐっていた。(174ページ)
空海は天下の国際都市長安へ渡った。儒教、道教を批判して既存の仏教とも異なる新しい仏教の道へ入る覚悟を示す『三教指帰』の執筆後、7年の助走を経てのことだ。博覧の般若三蔵から華厳をはじめとする世界思想のエッセンスと自在な世界言語観念を学び、青龍寺の恵果から中国密教最大最上の伝法を授けられ思索の助走を重ねた。20年の留学をたった2年で切り上げて帰国後、経典の貸し借りで交流をした最澄に突如、借覧拒絶を告げると、密教に留まらない独自の体系を一気に組み上げていく。弘仁4年の拒絶は、加速のまえ余分から深化のあと余地への跳躍。空海にとって最澄は、構想から表象へ前人未踏のバーを越えるために不可欠な踏切板であった。(福井千裕)
「帝網のイメージ」が身体のコズミック・リズムと同調していることに気づく。(中略)空海は「帝網のイメージ」に「身体のイメージ」をぴったりと重ねあわせた。(238ページ)
帝釈天の仕掛けた網状宇宙が、ひとりひとりの身体感覚に重なる。そんなことがありえるのか。私たちは、すでに「即身」という存在様式だったのだ。身体と宇宙のあいだに交わされた密約を、空海は「重重帝網を即身と名づく」というたった一文で解いてみせた。彼こそは編集的世界観の先達だった。(桂大介)
そこに見えてきたことは、一口に、そこでは「想像力と因果律の宥和」こそが懸命に追及されてきたということだった。(中略)これで私の〈空海の夢〉はひとまず終わりである。(367~368ページ)
松岡校長が夢を通して呼び起こした空海の現在性は密教の新たな姿をみせ、編集道で三昧するわたしにアブダクションの芽を与えた。重重帝網に遍照する即身の光景がホワイトヘッドのアクチュアル・エンティティというのならば、こんな相似形も喚起される。十住心論がどこからでも密教に繋がるように、編集術のお題各々が編集的自由へ向き、深まることで原郷と工学の地を顕現している。編集学校はマンダラホロニクスで、鳥の目では教室が相互に、虫の目では内部で学衆と師範代が鏡像的に共振しインタースコアを起こす。想像力と因果律は編集学校のなかにも溶け込んでいる。校長の夢は引き継がれ続いている。(岩野範昭)
春秋社/2005年12月刊/2200円(税込)
■目次
1 空海の夢
2 東洋は動いている
3 生命の海
4 意識の進化
5 言語の一族
6 遊山慕仙
7 密教の独立
8 陰と陽
9 仮名乞児の反逆
10 方法叙説
11 内は外
12 長安の人
13 初転法輪へ
14 アルス・マグナ
15 対応と決断
16 カリグラファー空海
17 イメージの図像学
18 和光同塵
19 即身成仏義体験
20 六塵はよく溺るる海
21 いろは幻想
22 呼吸の生物学
23 マントラ・アート
24 憂国公子と玄関法師
25 ビルシャナの秘密
26 華厳から密教に出る
27 マンダラ・ホロニクス
28 想像力と因果律
結 母なる空海・父なる宗教
初版あとがき
新装増補版あとがき
新版あとがき
アイキャッチ、レイアウト/阿久津健(56[守]師範)
編集/新井陽大(55[破]評匠)、角山祥道(44[花]錬成師範)
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む [バックナンバー]
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#03『ことばと身体』(古谷奈々、大濱朋子、得原藍)
#04『ゲーテはすべてを言った』(阿久津健、一倉広美、相部礼子)
#05『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』(奥本英宏、石井梨香、北原ひでお、山崎智章)
ISIS core project
イシス編集学校[当期師範&学林]チーム
「Pauca sed Matura」の言葉を背負い、守破離花遊の全指導陣が一挙集結する[ISIScore]。感門プランニング、エディットツアー運営、編集知のリバース・エンジニアリング、全てがここで交差する。知を組み立て、知を裏返し、知を書きなおしていく編集分子たちの風姿を垣間見よ。
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コメント
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2026-03-10
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2026-03-05
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2026-03-03
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