クリスマスを堪能するドクターたち◢◤[遊姿綴箋] リレーコラム:小倉加奈子
2023/12/14(木)08:45
◆メス納め?ガス納め?
365日、年中無休の医療機関。クリスマスも正月もない、というイメージをお持ちの方が少なくないと思うのですが、年末の院内行事はかなり華やかです。コロナ禍ではさすがにそんな余裕はありませんでしたが、忘年会は診療科、病棟ごとにたくさん行われますし、「メス納め」「ガス納め」と呼ばれる手術室特有の行事もあります(ここでの“ガス”は「吸入麻酔薬」を意味します)。1年間、大きな医療事故なく、無事に手術室の通常業務を終えられたことをみんなでお祝いするのです。
年末が近づくとネタの仕込み期間に入ります。多忙な業務の間をぬってこっそり練習を重ねるドクターたち。バンド演奏やかくし芸を披露し、看護師さんをはじめとしたスタッフを楽しませます。私の病院では初老の男性ドクターが銀色のラメラメワンピを着てビヨンセになりきり、キレキレのダンスを踊ってくれたりしたこともあります(その先生のお部屋からは毎夜ビヨンセの曲が漏れ聞こえてきていたのだとか)。私も人気ドラマの「恋ダンス」を、術中迅速病理診断の合間にオペ室前の廊下で一生懸命練習したのが、懐かしい思い出となっています。近いうちに、「私たち、シジュウで~す!」とNiziUのダンスを踊ってみたいです。うふふ。
◆医学雑誌のクリスマス大特集
このように、病院の年末は楽しい雰囲気になるのですが、普段は熾烈な研究競争が繰り広げられる医学雑誌においても、クリスマスの到来を意識する楽しいイベントがあります。1840年から180年以上も続く由緒ある医学専門雑誌「British Medical Journal 」では、毎年クリスマス&年末特別号として、イグ・ノーベル賞を彷彿とさせるユニークな記事がたくさん掲載されます。夏くらいにその年のクリスマス特集号に載せる記事を特別に募集するのです。データに基づく本格的な原著論文以外にもこの時ばかりは、エッセイのような軽い読み物までたくさんの記事が採択されます。
過去には「外科医の誕生日に行われた手術の死亡率 」 (実は死亡率が高いというデータが…。ちなみに慶応義塾大学の研究です)や「“血も凍るような”ホラー映画で血は固まるのか」 (血が固まりやすいというデータが…)など、タイトルを見ただけで結果が気になる研究や、休憩時間の紅茶に合うビスケットの条件を検討したイギリスらしい研究 、あるいは労働時間外に論文が投稿される比率を調査した研究 (中国人研究者が週末や休日に論文を投稿する比率が高く、中国人研究者の勤勉性というか、働きすぎが実証された)もありました。
◆ルネサンス絵画を医学研究?
ここで、過去の記事の中でもひときわクリスマスらしいものをご紹介しましょう。研究タイトルは、「ルネサンス絵画にみるバビンスキー徴候」。 バビンスキー徴候は、赤ちゃんに見られる原始反射のひとつです。足の裏の外側をかかとからつま先の方に向かってスーッと刺激すると、足の裏が反り返って指も一緒に広がるなんともかわいらしい反射です。だいたい1歳くらいを目安に見られなくなり、自分の意志で身体を動かすことができるようになっていきます。赤ちゃんにこの徴候が“みられない”のは異常ですが、大人でこの徴候が“みられる”ようになるのは運動神経機能の異常を意味します。
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この研究では、ルネサンスの絵画に描かれた赤ん坊のイエス・キリストの足に注目。バビンスキー徴候がどのくらい正確に描かれているかを調査しました。すると検索した302点中90点、約30%の絵画に描かれていたのだとか。ルネサンス絵画の写実性、驚くべし!の結果だったのです。なんともクリスマスらしい研究なのでした。
クリスマス・シーズンは宗教画を目にする機会が増えるかもしれません。ぜひ、登場人物の裸足に注目してみてくださいね!
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※参考文献:
「ルネサンス絵画にみるバビンスキー徴候」
The Babinski sign in Renaissance paintings—a reappraisal of the toe phenomenon in representations of the Christ Child: observational analysis | The BMJ
※アイキャッチ画像は、同論文のFigure 2より転載
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