自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
京都祇園の黒七味といえば、元禄の頃より一子相伝で守り伝えられてきた秘伝のスパイスだ。ここのカレーライスがまた絶品で、シビレる辛さが病みつきになる。お店のウェブサイトによれば、原料の持つ油分を挽き出し、丁寧に揉みこむことで原料同士が調和し、独特の濃い茶色になるのだという。混ぜ合わせてつくる七味とは製法からして異なるらしい。秘伝は「口伝」とも呼ばれる。往々にして口頭で伝えられてきたからだ。日本では秘伝や口伝がとくに大事にされてきた。イシス編集学校の師範代養成講座である花伝所も、また口伝である。
今期花伝所の入伝式が本楼で行われた。4部構成のプログラムの最後は、花傳式部の深谷もと佳のインストラクションによる「別紙口伝」である。『風姿花伝』(花伝書)に肖った花伝所のクライマックスはやはり「別紙口伝」なのだ。
「口伝ってなんだろう?」白い衣装を纏った深谷が口火を切ると、本楼の後方からスッと手が上がった。入伝生Hが「声と文字の違いですよね」と応じる。「そう、だから口伝にはボディが必要。師と弟子が身体を使って受け渡していくものだから、リアルでライブなのだ」と深谷は続ける。
「では、師範代の”代”とは?」と問いを重ねる深谷に入伝生Tの手があがる。「自分ではないだれかをブラウザーにして、自分の代わりにしていくことでしょうか」確かにひとつの見方に拘りすぎて別の視点を持てなくなる場面はよく目にする。自分の意見を持つように、と学校で教えられてきたこともあるだろう。「確かにそこにあるはずのもの、イシツをインタースコアしたいのに、自分が顔を出す」と入伝生Iが自由になれない苦しさを吐露すると、すかさず深谷が「なにかが自分の代わりになると自由になれるの?」と踏み込む。会場は徐々に熱を帯びてくる。カツカツと深谷が板書する白墨の音が響く。
花伝所で入伝生たちが手に入れようとしているのは、編集工学で「編集的自己」と呼ぶものだ。「じゃ、編集的自己じゃない”自己”とは?」さらに深谷の問いが追いかける。「編集的じゃないときは排他的だ」と入伝生Oが発言すると、「わたし、という主語が動かせないから、述語が見えなくなる」と別の声が重なる。入伝生Aは「環境と自分とのアイダを断ち切ってしまうと編集的自己になれない」と自分の外側に意識を向ける見方を示した。
深谷は編集的自己に対する「実」を、感染症に準えて「免疫的自己」と表現した。想定外のことを言われたらどうしよう、と守りに入ってしまう構えが免疫反応的な「実」だとすれば、対する編集的自己は「虚」である、と。虚と実は二項対立ではなく、つねに移ろっている。互いに出入りし、行き来するものだ。「代」になるとは、その関係を引き受けることにほかならない。「たくさんのわたし」を持ち出して、述語的になっていくプロセスなのだ。
花伝所には「式目」と名付けられたリテラルに結晶化されたテキストがある。しかし、それだけで「代」になる方法を学ぶことはできない。深谷は講義の冒頭で「モデル交換がヒツゼツなのだ」と声を強めた。松岡正剛校長も『知の編集工学』(朝日文庫)で「コミュニケーションはエディティング・モデルの交換である」と繰り返し述べている。インタラクティブで濃密な80分間は、まさにエディティング・モデルの交換の場だった。このエディティング・モデルの交換という奥義こそ、花伝所における口伝だろう。この先の、わずか7週間で、入伝生たちは口伝の奥義を身体に通し、おもいおもいの衣装を纏った師範代へと着替えていく。編集的自由を手にいれるための旅立ちである。
【参考記事】
文 山本ユキ
アイキャッチ写真 後藤由加里
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イシス編集学校 [花伝]チーム
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