宮谷一彦といえば、超絶技巧の旗手として名を馳せた人だが、物語作家としては今ひとつ見くびられていたのではないか。
『とうきょう屠民エレジー』は、都会の片隅でひっそり生きている中年の悲哀を描き切り、とにかくシブイ。劇画の一つの到達点と言えるだろう。一読をおススメしたい(…ところだが、入手困難なのがちょっと残念)。

編集稽古をしていると「師範代はどうしてあんなことができるんですか?」と驚く学衆がよくいる。イシス編集学校の師範代は、学衆ひとりひとりの思考を徹底的に「方法」として捉えることで、そこにどんな見方や可能性が潜んでいるのかを見抜けるからだ。松岡正剛の編集工学のエッセンスが凝縮した高度なコーチングスキル。それを集中トレーニングするのが「ISIS花伝所」である。5月11日、第41期[花]入伝式で、花伝所の講座ディレクションをつとめる花傳式部・深谷もと佳はいくつかの問いを入伝生に投げかけた。
ひとつ目の問いは「学ぶとはどういうことか」。基本コース[守]、応用コース[破]を了え、花伝所の門をくぐった入伝生は28名。それぞれなにかを学ぶために花伝所にやってきたはずだ。学んで知識や技能を身につけるということは、時間的・金銭的コストの節約につながるという一面もある。学びを積み重ねていけば、考えずに済むようになるのか。
「どんなに学びを積み重ねても、いや、積み重ねるからこそあたらしい場面や情報と出会っていくもの。学ぶものの姿は、ある漢字にあらわれています。」深谷はチョークを持って黒板に向かった。
黒板に書かれたのは「傳」の文字。花伝所の「伝」の旧字体だ。人偏の右側の「專」は袋の中にものをつめこんだ形で、人が大きな袋を背負って歩く姿を「傳」という。サンタクロースの姿を思い浮かべる人もいるかもしれないがそうではない、といって深谷は1冊の本を取り出した。
スコットランドのアバディーン大学で教鞭を執る人類学者ティム・インゴルドの『人類学とは何か』(亜紀書房)。何年か前の感門之盟で、松岡校長から第33期花伝所の指導陣に贈られた本である。フィールドワークをしていたインゴルドは、「歩く」と「運ぶ」の違いを入口に思考を重ねていった。「歩くことと運ぶことはどう違うのか」これがふたつ目の問いだ。
運ぶことの特徴のひとつは「行き先が決まっている」ことだ。予め定められた目的地に物事を移動する行為といえる。往々にして最短最速の直線的な移動であり、移動する物事の基本的な性質がなるべく変化しないことが求められる。一方、歩くとは「もっと生々しい出来事」だと深谷はいう。歩く者は身をもってあらたな空間に移動しなければならない。行く先々で視界が変わり、不意になにかと遭遇し、即興で対応しながら最終目的地を持たずに絶えず動いている状態である。
「つまり、歩くということは世界の問いかけに応答し続けること。生きるというプロセスそのものだとインゴルドは述べています。編集学校の言葉でいえば、問感応答返の〈問感応答〉にあたること。これからはじまる花伝所の式目演習を通じて〈問感応答〉し続けてください。そしてその先の〈返〉に向かってください。」
〈問感応答〉し続けるとはどういうことか。〈返〉とはなにか。最後に大きな問いを受け取った入伝生たちは、問いを携え、迷いと気づきのもつれあう花伝式目8週間の学びの道を歩きはじめた。歩きながら行き先も変われば歩く者自身も変容する、千”編”万化の編集道を。
松岡校長による〈問感応答返〉のハンドライティング
Photo:宮坂由香
福井千裕
編集的先達:石牟礼道子。遠投クラス一で女子にも告白されたボーイッシュな少女は、ハーレーに跨り野鍛冶に熱中する一途で涙もろくアツい師範代に成長した。日夜、泥にまみれながら未就学児の発達支援とオーガニックカフェ調理のダブルワークと子育てに奔走中。モットーは、仕事ではなくて志事をする。
【参加者募集】とっておきのお茶×読書×編集体験!9/13「本楼共茶会」コールドブリューベリーモヒート茶篇
9月13日(土)、松岡正剛プロデュースのブックサロンスペース「本楼」にて、お茶×読書×編集で参加者のみなさまを意外な世界へお連れする「本楼共茶会」(ほんろうともちゃかい)を開催します。7度目となる今回は「コールドブリュー […]
本楼の躙り口近くに松岡正剛校長の提灯が下がっている。チェ・ゲバラを擬いたものだ。ゲリラは毎日が未知の連続。何が起こるか分からない。だからこそ「常に編集を起こしている」存在とも言える。松岡校長が20世紀最後に記した千夜千冊 […]
さあ、お待たせしました!感門之盟のクライマックス「冠界式」のお時間です。新師範代たちの教室名がついに明かされます。発表の瞬間、どんなリアクションをするのか。どうぞお楽しみください!! 家村吏慧子 師範代 ハ […]
読書のキッカケは突然だ。ネットや書店で見て、誰かに薦められて、あるいは「師範選書」を知って。 イシス花伝所で2期以上指導を担った者へ贈られる師範選書。今季はこの一冊が贈られた。 『アナーキスト […]
松岡校長が残した「花伝」の書は126通り。生前、花伝所の師範に贈る「花伝扇」に書かれた数だ。相手を思いながらとった筆は、ひとつひとつ違う書を生んだ。「今後はたくさんの【花】と【伝】の文字を組み合せて、扇を渡していきなさい […]
コメント
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2025-09-18
宮谷一彦といえば、超絶技巧の旗手として名を馳せた人だが、物語作家としては今ひとつ見くびられていたのではないか。
『とうきょう屠民エレジー』は、都会の片隅でひっそり生きている中年の悲哀を描き切り、とにかくシブイ。劇画の一つの到達点と言えるだろう。一読をおススメしたい(…ところだが、入手困難なのがちょっと残念)。
2025-09-16
「忌まわしさ」という文化的なベールの向こう側では、アーティスト顔負けの職人技をふるう蟲たちが、無垢なカーソルの訪れを待っていてくれる。
このゲホウグモには、別口の超能力もあるけれど、それはまたの機会に。
2025-09-09
空中戦で捉えた獲物(下)をメス(中)にプレゼントし、前脚二本だけで三匹分の重量を支えながら契りを交わすオドリバエのオス(上)。
豊かさをもたらす贈りものの母型は、私欲を満たすための釣り餌に少し似ている。