「忌まわしさ」という文化的なベールの向こう側では、アーティスト顔負けの職人技をふるう蟲たちが、無垢なカーソルの訪れを待っていてくれる。
このゲホウグモには、別口の超能力もあるけれど、それはまたの機会に。

学び(マテーシス)は想起(アムネーシス)だと喝破したのは哲人ソクラテス。花伝所の式目演習にも、想起をうながす突起や鍵穴が、多数埋め込まれている。M5と呼ばれるメソッド最後のマネジメント演習には幾度かの更新を経て、丸二日間の濃密キャンプが取り込まれた。
■棗と瓢とハイパー茶会
花伝所のキャンプは格別だ。ブートキャンプさながら思考の飛躍は絶必でスーパーではなくハイパーへ、一足飛びに「ハイパーな茶会」をプロデュースするという斬新なお題を花目付の林朝恵が捻りだした。
茶器にちなんだキャンプ場の名は棗(なつめ)座と瓢(ひさご)座。
入伝生は回答を指南し合う相察実践と、全員参加のキャンプ場⌒わさび境にも出入りして、同時多発で動的なマネジメントを体感する二日間に心血を注いだ。座に境、組と異なる一字があてられた「場」には、文字の違いにも象徴される誂えがある。
古今東西あらゆる形式をハイブリッドに取り込むもよし、密談を孕む茶会の機能を誇張しながら発想し、翻案し、創意工夫を競い合う。極上サロンの亭主よろしく、数奇や持ち味を活かして茶会を企画することは、キャンピーでパフォーマティブなものだ。プランニングからプレゼンテーションまで、丁々発止の交わし合いを通して方法日本の核心に触れられただろうか。漠然としたイメージに要素や時代性を鑑みコンパイルし、実践を前提に練られた各チームの異化手法は、茶会ネーミングにもあらわれた。
◆タイトル一覧◆
い組 玄を練る茶会
ろ組 一七茶会 ~17%で感じる茶会~
は組 数寄茶会
に組 おりて留まる月の茶会
ほ組 ほ茶講~ことばの汐茶漬け~
へ組 『茶椀の宇宙・編集の起源』
◆客人リスト一覧(松岡正剛を含む。敬称略) ◆
い組:本間希樹、吉田玉男、荒川徹、光陽オリエントジャパン技師、古梅園
ろ組:福島智、浅川智恵子、白鳥健二、スティービー・ワンダー
は組:小早川 宗護、みうらじゅん
に組:奥村晴彦、中村光一、平松浩二、三浦公亮、三谷純
ほ組:41花に関わる皆様方
へ組:チャールズ・コンラッド、新田慶治、河井隼雄、松長有慶、鷲田清一、稲垣足穂
実際の茶会に参加したことのある者がどれだけいたかは不問にして、評価すべきは通底するテーマに沿ってノミネートされる人選や開催場所の選定、実現化するために必要なことをすべて含んでのマネジメント総力だ。多様なゲストに要約されたタイトル、関連づける想像力も試される。いくつかの”さしかかり”を紹介したい。
■コンセプトを生む ~玄を練る
前のめりに編集力を掴もうとする、い組の察知と推進力は目覚ましい。千夜千冊を読み尽くすMが校長松岡正剛の俳号「玄月」を持ち出せば、Hは「玄」をコンセプトの転化プロセスをこう記している。
――「いじりみよ」だけじゃ、対話は引き出せないんだ、と思いました。では何が必要か、考えた結果、「インタースコアじゃ!」と気づいたのです。
つまり、ほかのみなさんの書いた言葉に、自分の感をカサネ、応じる、ということをやろうと!と考えました。
そしてスレッドを全見直し。M師範代の「玄」を噛み締めて、「炭」も受け取って、それからC師範代の言葉も、M師範代の言葉も、どうやってカサネられるか考えて、「墨」と「練り」を出しました。――
さらに振り返りでは
――このソーラー茶畑からの訂正力が、私の良いところだと思います。ただ、ソーラー茶畑を出さなかったら「玄」に還ることもできなかった。どうしてかわからないのですが、絶対にそうだ、という確信があります。
…
これからも、ムダに見えるアイデアや、恥ずかしいコトアゲや、回り道や場の混乱をおそれずに、編集道を歩いていきたい、と考えています。まずここを言語化しておきたかったのです。――
重ねた情報は一筋の依代として表象され、い組のメンバー全員を巻き込んだ。ズレも欠けも交ぜこぜに、漆黒のビジュアルイメージ※を生んだ。誰がどの文脈で立ち止まり、感化されるのか知る由もない偶然こそ必然に取り込むのが編集だ。
■ブリコラージュ ~シダと茶会
ほ組のUは、建築家の見立てからイメージメントを働かせ、インビジブルな心のノイズの存在を取り出した。
―――“壁が無いのが日本建築の原点です。しかし、日本建築でも茶室は、壁の建築です。あれは千利休の見事な逆説的創造です。”『茶室とインテリア』より抜粋(内田繁・著)ーーー
U:物理的・固定的に分けられたことで、空間の純粋度が高まり、精神的な彼岸への旅がしやすくなった。現代人は見た目はスマートかもしれないが、自己承認や過密スケジュールに騒がしく、心持ちの純粋度はかなり低いのではないか。心の中のノイズを反転させる空間装置とは?
DXを本業とするUが持論を投げかけると、フォロワーシップと連想力で場を温め続けるKが樂美術館を想起し、十五代・樂吉左衞門の空間解釈を引用する。
――”まるで洞穴のような床。奥の隅柱も、床の天井も土で塗り廻したような室床に、黒楽茶碗「ムキ栗」を置く。闇に黒。これが利休の茶だ。”『芸術新潮』より抜粋(妙喜庵待庵について)ーー
K:唯一無二の関係を、道具と空間とキャスト(校長)も含めてしつらえたいですね。どんな服装で来てもらうのかも一つ重要そうかなと思いました。
アフォードされるように返答が続き、呼応の連鎖は止まらない。KMは関連するキーワードを拾い千夜千冊に紐づけて連打し、日ごろ教科書づくりを手掛けるHはそれを受けて表象に「シダ」を選択した。茶室にシダ、連綿とつづく文化の奥を植物モチーフを決めると世界定めのイメージが一瞬にして場に共有される。典型に類型を往来しつつ、メタフォリカルな対話は抽象度が高いからこそ自由度が上がる。コア導くプロセスごと超高速で共有知となり、編集ドライブがかかる。編集はものごとを前に進める、の実践だ。四国在住のTは、自身の手掛ける旅館に重ねて翻案し、狭小4.5畳の客室を茶室のアーキタイプに模して本楼化するというアイディアに着地させている。
■速度と密度
濃厚キャンプの醍醐味は、高速にかつランダムに意見交換をしながらつくり上げる咄嗟の感応、「いきほい」も「ライブ性」も欠かせない。速度には教えてもらう知識ではなく、すでに知っていたことや自分の中にある断片をあっという間に取り出す力があるのだろう。い組の翻案も、ほ組の対話も極小部分に着目したことに始まった。意味を交換し、独自の汎用性を取り出した途端に転換点がおとずれた。他者を介すことで、パーツとパーツが組み合わさり新たな意味が紡がれる。
変容とは過去を脱いで
常に現在であり続けること
・・・・
現在であり続ける苦患 その嗟嘆
それこそがわがポイエーシスだ
(鈴木漠「十四行詩」 詩集『変容』1998)
■ポイエーシスへ
花伝所での鍛錬は、型の習得を通じて自分自身のOSをアップデートするように設計されている。世阿弥の風姿にあやかり「離見の見」を手に入れていく道中は険しく、ときに現在地を見失い、言葉を獲得し新しい意味に出会うまでが一連の旅となる。
文脈をつくるのは他者である。私たちの身体にはすでに風姿、風土、風貌…見えないものが無意識に取り込まれていて、情報は取り出されることを待っているにすぎない。
2024年8月3日、41[花]放伝生25名は敢談儀と題される通過儀礼を経て再び来し方を振り返る。花伝所という原郷から門をくぐり、この先さらなる変容のポイエーシスへむかう入口に降り立った。師範代となり唯一無二の教室名を纏うことーそう決めた途端に内なるミューズは覚醒し、あらたな意味の市場は俄かにゆっくりと生成をしはじめる。
(文・アイキャッチ/平野しのぶ)
【第41期[ISIS花伝所]関連記事】
イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
五色の衣から二十の世界に着替え、56[守]へ走りだした。 今期の花伝所は勢いがあった。第88回感門之盟・放伝式冒頭で所長・田中晶子に「なつく」と評されたように、放伝生たちは、師範から技を盗もうと、何度も応答を繰り返し、ど […]
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その男は、うどんを配り歩いていた。その男とは、香川県在住の54[破]讃岐兄弟社教室・竹内哲也師範代である。彼は学衆の頃からイシスのイベントで会う人にうどんを渡し、P1グランプリではお遍路を題材にする、香川を愛する男である […]
沖縄では新暦の暦のずれを調整するため、約3年に1度、旧暦で同じ月が2回現れる特別な月がある。「ユンヂチ(閏月)」だ。ユンヂチの旧盆はことさら特別なのだが、今年はあろうことか第88回感門之盟と重なった。 叫びとも呻きともつ […]
教室名発表は告白だ。告げられる側なのに、なぜか告げる側のような気持ちになる。「イーディ、入れておいたよ」、松岡校長が言葉をそえる。その瞬間、告白した後の胸が掴まれるような感覚を、私はいまでも忘れない。 ” […]
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2025-09-16
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2025-09-09
空中戦で捉えた獲物(下)をメス(中)にプレゼントし、前脚二本だけで三匹分の重量を支えながら契りを交わすオドリバエのオス(上)。
豊かさをもたらす贈りものの母型は、私欲を満たすための釣り餌に少し似ている。
2025-09-04
「どろろ」や「リボンの騎士」など、ジェンダーを越境するテーマを好んで描いてきた手塚治虫が、ド直球で挑んだのが「MW(ムウ)」という作品。妖艶な美青年が悪逆の限りを尽くすピカレスクロマン。このときの手塚先生は完全にどうかしていて、リミッターの外れたどす黒い展開に、こちらの頭もクラクラしてきます。