かつて「大人マンガ」というジャンルがあった(詳しくは「マンガのスコア 園山俊二」参照)。この周辺には、ファインアートと踵を接する作家たちが数多く存在する。タイガー立石もその一人。1982年、工作舎から刊行された『虎の巻』は、まさしくオトナのためのマンガの最極北。いいお酒といっしょにちびちび味わいたい。
品行方正を言いはる「世界」は普遍性を抱え、一方の、好き勝手に走りがちな「世界たち」は個別性を放つ。二つのセカイの出来ばえは、同じようにセカイを相手に何かをあらわしているようでも、別々の特徴を発揮する。別々のロジックや別々の感情で出来ている。
われわれはついついセカイはグローバルな「世界」だけだと想定してしまうけれど、「世界」に屈しない「世界たち」はいくらでもありうるのだ。
『別日本で、いい。』(松岡正剛編著/春秋社)
人の世はいささか住みにくい。ルールが固定化され、拘束された「世界」はとても窮屈だ。イシス編集学校は違う。既存のルールにとらわれず、自由自在に連想し、発想力を高め合うのが「世界たち」だ。子どもだけがもっていた秘密基地のような別世界だ。そのための編集装置が、見たこともない教室名である。
さて、5月に開講した53[守]の「世界たち」はどうだろう。松岡校長がつけてくれた「世界」ではありえない教室名を活かし、別世界をつくれているだろうか。「世界」のありものの言葉だけを飾り、社会化された「わたし」に引き戻されてはいないだろうか。
新しい「わたし」に着替え、教室という新たな「世界たち」をつくる方法は、6月15日の本楼で開催された53[守]第二回伝習座に潜んでいた。伝習座とは指南の方法を伝え習い、編集的世界観に踏み込むためのリアルな場である。校長の「きめる/つたえる」の中にヒントが散りばめられている。
番匠の阿曽祐子が語る。「松岡校長が手掛ける近江ARSでは、「世界たち」の一つである近江からセカイを語りなおしている。そのためには既存の滋賀ではなく、古代近江から連想シソーラスを幾重にも膨らましている」。守の用法4は、「連想シソーラス」という型から入る。シソーラスを広げ、情報を多彩にすることは、既存の見方や言葉からいったん出ていくことである。そこから編集をかけていかなければ「世界たち」へ向かうことはできないのだ。
守稽古のトリを飾る型は「編集八段錦」だ。編集八段錦とは情報がステージングされ、アウトプットに向かうためのプロセスのことをいう。「近江ARSでは編集八段錦のプロセスまるごとを見せている」と阿曽が語る。「世界」のアウトプットの方法は観衆に完成されたものを見せる一方通行のものが多い。しかし松岡校長の方法は近江の「世界たち」が変容していく様相ごと観衆に見せるというのだ。観衆の思考をドギマギさせながら、知らぬ間に観衆も演出に巻き込んでいく。

番匠の景山和浩は言う。「同じように師範代もプロセスごと見せながら学衆と高め合う教室でよいのです」と。言葉を噛み締め、師範代たちが頷く。そして景山は「教室のターゲットはその教室ならのものであり、だれも達したことのないものです。用法4の型を使って世界たちを創り出す深い稽古を目指そう」と力強いメッセージをこめた。
伝習座が終了し、黒膜衆・衣笠純子が呟いた。「わたしは映像を通して松岡正剛の方法を語っていく」。黒膜衆はカメラのフィルターを通し、参加者の表情や声、ノートに文字を走らせる指先、場が変容する様相を逃さない。壇上にあがる登壇者のこわばった顔だって和らげ編集してくれる。人と場が変容していくプロセスまるごとを映す衣笠も、松岡に肖って「世界たち」の演出に一役買っているのだ。
53[守]は「きめる/つたえる」ための用法4に入った。用法4はありものの言葉から脱するためのお題だ。師範代が学衆とともに型を実践していけば、言葉が変容していくダイナミックな稽古体験となるだろう。教室には「世界」とは異なるルールが存在するからだ。他者の回答は覗いてよい、相互に発想力を高めあうというルールだ。ありものの言葉から脱出し、53[守]の言葉の潮流を発生させよう。そして新たな「世界たち」をつくろう。
(文/53[守]師範 紀平尚子、写真/福井千裕)
イシス編集学校 [守]チーム
編集学校の原風景であり稽古の原郷となる[守]。初めてイシス編集学校と出会う学衆と歩みつづける学匠、番匠、師範、ときどき師範代のチーム。鯉は竜になるか。
『関西汁講~型を身体に通す・京都まち歩き~』再演【56[守]】
参加者の脳内がカオス状態にさしかかりつつあった56[守]向け特別講義の最終局面で、登壇者の津田一郎さんから最後のメッセージが放たれた。 「Needs」ではなく「Wants」に向かえ 「Needs」は既に誰もが必要と […]
イシスが「評価」の最前線だ(後編)--対話から生みだす(56[守])
イシス編集学校[守]コースには、既存の価値観におもねることなくユニークな「評価」を繰り出す目利きの集団、同朋衆がいる。前編に続いて、同朋衆の「評価」の秘訣を解き明かしていく。 ◆評価者は対話する 「番ボ […]
イシスが「評価」の最前線だ(前編)--才能をひらくために(56[守])
いま「評価」がますます貧しくなっている。衰えて細っている。 「いいね!」の数や再生数の多さばかりがもてはやされ、「あなたにぴったりですよ」とニュースもエンタメも今日の献立も転職先も、次から次へとAIが選んでくれる。 […]
世間では事業継承の問題が深刻化しているが、イシス編集学校では松岡校長の意伝子(ミーム)を受け継ぐ師範代になるものが後を絶たない。56[守]では、初の”親子”師範代、スクっと芍薬教室の原田遥夏師範代が誕生した。まもなく卒門 […]
春のプール夏のプール秋のプール冬のプールに星が降るなり(穂村弘) 季節が進むと見える景色も変わる。11月下旬、56[守]の一座建立の場、別院が開いた。18教室で136名の学衆が稽古していることが明らかに […]
コメント
1~3件/3件
2026-03-05
かつて「大人マンガ」というジャンルがあった(詳しくは「マンガのスコア 園山俊二」参照)。この周辺には、ファインアートと踵を接する作家たちが数多く存在する。タイガー立石もその一人。1982年、工作舎から刊行された『虎の巻』は、まさしくオトナのためのマンガの最極北。いいお酒といっしょにちびちび味わいたい。
2026-03-03
桃の節句に、桜の葉が好きなモモスズメ。飼育していると、毎日、たくさんの糞をするが、それを捨てるのはもったいない。こまめに集めて珈琲フィルターでドリップすれば、桜餅のかほりを放つ芳しき糞茶のできあがり。
2026-02-24
昆虫観察には、空間の切り取りに加えて、時間軸を切り裂くハサミをタテヨコ自在に走らせるのもおすすめ。この天使のようなミルク色の生き物は、数十分間の期間限定。古い表皮を脱ぎ捨てたばかりのクロゴキブリです。