『古事記』で読む“古代史最大の夫婦喧嘩”【輪読座「『古事記』『日本書紀』両読み」第三輪】

2025/01/28(火)12:00 img
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大阪・堺市には、大小さまざまな古墳が点々としている。駅を降り、目的の古墳に向かっていくと次第にこんもりとした巨大な森のようなものを傍らに感じる時間が続く。仁徳天皇の陵墓である大仙古墳は、エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つとされている。

 

アイキャッチ画像は(公社)堺観光コンベンション協会公式サイトより。”全貌を肉眼で見るのは難しいですが、よく見えるポイントが次の3ヶ所です”という堺市観光サイトのナビゲートに導かれ、「堺市役所高層館21階展望ロビー」より。距離があるためその形を捉えることは難しかったが、大きさを感じることができた。

 

 

高い山から四方を見渡した時に炊煙が全くたっていなかったことから民の貧窮を汲み取り、三年の間、租税と夫役を免除した仁徳天皇。数年後に炊煙が充ちるようになった様子をみて租税と夫役を再開し、人民が繁栄したことから「聖帝の世」といわれた時代である。そんな仁徳天皇には女性関連で多数の逸話があるようだ。『古事記』では皇后イワノヒメが登場してくるや、物語はややこしさに向かっていく。輪読師バジラ高橋が「古代史最大の夫婦喧嘩」と語るエピソードを『古事記』『日本書紀』で輪読した輪読座第三輪。『古事記 下つ巻』より「仁徳天皇」の章をかみ砕いてご紹介したい。

 

『古事記』下巻 仁徳天皇 の章

 

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▼〔三〕吉備の黒日売(クロヒメ)と皇后の嫉妬 〔四〕天皇と黒日売 より

仁徳天皇(オオサザキノミコト)の皇后イワノヒメの嫉妬深さには天皇に使えていた側女たちですら宮中に近づきづらいと感じていた。側女が何か特別なことを言ったりすると皇后は足をバタバタさせるほどに嫉妬した。そんな時、天皇は吉備のクロヒメの美しさを聞きつけて召し上げる。しかしクロヒメは皇后があまりにも嫉妬深いことをおそれて故郷に逃げ帰ってしまう。天皇は高殿からクロヒメの乗った船が海に浮かんでいるのをみて、クロヒメへの思いを歌にした。皇后はこの歌をきいて怒り心頭し、人を使ってクロヒメを船から追い降ろし陸路を歩いて帰らせた。それでも天皇はクロヒメを恋しくおもって「淡路島を見にいく」と皇后に嘘をついて宮を出た。淡路島から船で島伝いに吉備の国へ入るとクロヒメと逢って一緒に食事などを楽しんだ。

 

バジラ高橋
バジラ高橋
最初のクロヒメの時はまだ良かったんだけど、次のヤタノワカになると大変なことになっていく。天皇や将軍や政治家が集まる宴会を催すのが皇后の役割で、その宴会のために必要なものが柏の葉。紀伊の国の南の先端の方に皇后が自分で柏の葉をとりにく。それが次の話の出だしになっているわけです。

 

 

▼〔五〕八田若郎女(ヤタノワカイラツメ)と皇后の嫉妬  より

皇后が酒宴を催すために、酒器に使える柏の葉を摘みに紀伊の国へ出かけた。すると皇后不在のタイミングを見計らい、天皇はヤタノワカと結婚し宮中にいれてしまう。そのことを知る人夫が難波で皇后の倉人女に出会い「天皇はヤタノワカと結婚して一日中一緒に遊んでいます。皇后はご存じなのでしょうか」と告げ口をした。この倉人女はすぐさま皇后の元へいくと細部まで人夫の話の通りに皇后に伝えた。皇后はひどく恨み怒って、宮に持って帰るために船に乗せていた柏の葉を全部海に投げ捨ててしまった。そして高津の宮には戻らず、難波から川に沿って遡り山城の国に入った。山城を巡った後、筒木にある韓人のヌリノミという人の家に滞在することにした。

 

–– 皇后は家出をしてしまったわけですね。「しばらく宮には帰りません。探さないでください。」という感じでしょうか

 

 

▼〔六〕山城の筒木宮 〔七〕三色の奇虫 より

皇后が宮に帰らず、筒木に行ってしまったという情報をきいた天皇は、臣口子を使わして皇后に歌を送った。しかし皇后は臣口子に会おうとしない。臣口子は雨の降る中庭にひざまずき、雨水は腰まで届いた。皇后に使えていた口日売はその様子を見て「山代の 筒木宮に 物申す 吾が兄の君は 涙ぐましも」と歌った。天皇の使いでやってきた臣口子は、口日売の兄であったのだ。ヌリノミ、臣口子、口日売の三人は相談して、皇后に他意はなかったことを天皇につたえようと作戦を練る。臣口子が高津宮に戻って「皇后はヌリノミが飼っている面白い虫をご覧になろうとしただけです」と天皇にお伝えすると、天皇は「それならば私もその虫を見にいこう」とヌリノミの家にやってきて皇后に歌をおくった。

 

–– 天皇がヌリノミの家で歌をおくった後も『日本書紀』ではイワノヒメの怒りはおさまらず、天皇には合わないままに5年後に筒木宮で崩御されたとあります。『古事記』ではその後どうなったのかの具体記述はないですが、次のエピソードにもイワノヒメは登場してくることからも仲直りをした様子が伺えます。

 

 

▼〔八〕八田の一本菅 〔九〕速総別王(ハヤブサワケノミコト)と女鳥王(メドリノミコ)

天皇は相変わらずヤタノワカが気になり、歌を遣わしたりしながらもヤタノワカの妹のメドリノミコのことも気になっていた。天皇は異母弟であるハヤブサにメドリノミコとの仲介を頼んだ。しかしメドリノミコは「皇后が強くてこわいし、天皇はヤタノワカをちゃんと処遇していないので、お仕えしたくありません。私はあなた(ハヤブサ)の妻になりたいです。」と言った。そうしてメドリノミコとハヤブサは結婚することにしたため、ハヤブサは天皇に仲介についての返事をしていなかった。返事がこないため天皇は直接メドリノミコのところに出向くのだが、メドリノミコはハヤブサのことを慕っているということを聞くと宮中に戻った。天皇が帰ったあと、ハヤブサがメドリノミコの元へやってくると、メドリノミコはなんど「オオサザキ(天皇)なんか、討ってしまいなさいよ」という歌を歌ったのだった。

 

 女鳥王はえげつない女であった

「大君にあんなこと言うたら僕、叱られるやんか。どないしょ、どないしょ」

と狼狽える速総別王に

 

 雲雀(ひばり)は 天に翔る 高行くや 速総別 雀(さざき)取らさね

 

と歌いかけた。なにを言っているかというと、「雲雀がえらそうに空を飛びくさっているが、隼は雲雀よりでかくて強い。雀くらい取らんとどないすんねん」と言っているのである。

 天皇の名前は大雀命。すなわち雀、ということはこの歌は、隼=速総別王に雀=大君を取れ、と言っていることになり、つまり明確に謀反をけしかけている歌ということになってしまうのである。可愛い顔をして、どえらいことを言う女である。

 

『口訳 古事記』町田 康より

 

天皇はこの歌を伝えきくと直ちにに軍勢を集めて二人を殺そうとした。ハヤブサとメドリノミコは一緒に逃げて倉橋山に登った。さらに逃亡して宇陀の地についたとき、天皇の軍勢が追い付き二人を殺した。天皇軍勢の将軍の山部はメドリノミコが手に巻いていた玉釧をとると、自分の妻に与えた。

 

後日、宮中で女性たちも参内する酒宴が催された。山部の妻はメドリノミコの玉釧を腕につけていた。皇后は女性たちに自ら柏の葉の杯を与えたが、玉釧がメドリノミコのものであることを知っていた皇后は山部の妻には杯を与えずすぐに退席させた。のみならず、夫の山部を呼び出す。「メドリノミコは不敬であったから天皇は退けた。このことは特に異にすることではない。けれども手に巻いた玉釧を死んですぐ、肌もまだ温かいうちにはぎ取ってすぐに自分の妻に与えるとは」と、直ちに山部を死刑に処した。

 

–– 気になった女性が他の男性のことを好きであることには寛容な天皇。謀反や人の道をはずれていることについては天皇・皇后とも判断の速さに驚きます。

 

 

▼〔十〕雁の卵

天皇が日女島(ひめじま)に出かけたとき、雁が卵を産むのを見た。雁がこの地で卵を産むことはあまりなかったため、どういう状況なのかを武内宿禰に聞いた。武内宿禰は「長く生きてきたけれども大和の国で雁が卵を産むという話は聞いたことがありません」と答えた上で「あなたさまのご子孫がずっと末永く国をお治めになるしるしとして、雁が卵を産んだのです」と歌ったという。

 

バジラ高橋
バジラ高橋
雁の卵には意味はないんだよね。文章があると何か意味があるから解読しようとするけど、だめで。そのままでいいんだよね。難しい解読しちゃいけない。単に、雁の卵が無事に生まれたことが重要で。雁が飛んでくればちゃんと卵を産む。それは自然の理なんだよ。


 

夫婦喧嘩という一言では感情が追い付かない展開であった。『古事記』というと、天地創造、神々の誕生といった神話が思い浮かべられるが、中巻・下巻は皇室の歴史や政治的な取り組みに加えて、男女のいざこざなども赤裸々に描かれている。仁徳天皇の章などは現代でいえば「ドロドロ展開」ということになるのだろうか。『古事記』は国内向けに編纂されたとはいえ、生々しく記述しすぎなのではないかとも思ってしまうが、現存する日本最古の歴史書に触れる機会としてはとっつきやすいエピソードでもあった。

 

第三輪は本楼ではなく、学林局での開催だった。

 

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『古事記』『日本書紀』のあわせよみ、さらには『三国史記』まで重ねていく輪読座は2025年3月まで続く。過去実施分のアーカイブ映像配信もあるので、終盤での参加も歓迎している。

  • 宮原由紀

    編集的先達:持統天皇。クールなビジネスウーマン&ボーイッシュなシンデレラレディ&クールな熱情を秘める戦略デザイナー。13離で典離のあと、イベント裏方&輪読娘へと目まぐるしく転身。研ぎ澄まされた五感を武器に軽やかにコーチング道に邁進中。