希有。
対談の最中、松岡校長はこの言葉を2回、口にした。どちらも今福龍太さんに向けられてのもので、「用意した言葉」というより、思わずこぼれてしまったように思えた。多読ジムSP「今福龍太を読む」の読了式のひとこまだ。
なぜ「今福龍太」は希有なのか。その秘密は、対談の後半に明かされた。遊刊エディスト読者に、ほんの少しだけ紹介しよう。
松岡 どうやって書いているのか、今福さんに聞きたい。困っていないでしょ? 書くことに。
今福 学者というのは、予め筋書を立て、それに沿って論理的に言葉を繋げていくんです。幸か不幸か、僕にはそれができない。もし行き先を決めてそこにたどり着くことが「書く」ことならば、僕には書けないし、そこに喜びもない。地図っていうのかな。行き先も、姿も見えていないけれど、地図を書いてみるんです。そしてそこに飛び込んじゃう。
今回の多読ジムSPでもキーとなったのは地図だった。読衆には「今福龍太」の地図が手渡され、それを手に世界に分け入った。さらに自分のたどった道を、地図に描き直した。
今福 (地図に入ると)テキストの断片であったり、イメージの欠片だったり、そういったものが見えてくるんです。島影ですね。その影を信じて船を進めていく。地平線にぼやっと見えている島影にどうやってたどり着こうかと考えるんです。そうやってマテリアル(原稿のもとになる素材)を書きながら、マテリアル同士を繋いでいく。繋がると気持ちいいんです。
松岡 今福さんは島影を見ると、それに相応しい言葉を見つけることができる。でもわれわれにはそう簡単に思い当たらない。どうやってるの?
今福 島影は見えているけど、何ヶ月もそこに行けない。2カ月、3カ月とモヤモヤしていることはあるんです。そんな時に、何カ月も前に海外に注文していた書籍が届く。パッと開く。書いている内容と関係のない本なのに、そこに島と島を繋ぐ秘密があるんです。僕が求め続けているというのもあるんでしょうけど、偶然が向こうから飛び込んで来る。この「偶然の発見」が快楽なんです。この快楽がなければ、書くことをやめてしまうかもしれない。
松岡校長が、編集の秘訣として繰り返してきた「偶然の必然化」だ。島影を求め続けるからこそ、そこに何かがやってくる。それを掴まえて、必然にする。今福さんはいわば「編集」の達人だった。
松岡 今福さんの言うとおりですね。「書けるな」と思って書き始めてはダメだといことです。「書きにくい。じゃあどう書こうか」と思って書くことです。島影を求めて書いていくと、書き続けることで他のものを呼んでくる。だから次が書ける。
僕はね、今福さんを真似したところもあるんです。今福さんは「世界」とか「憲法」とか、大きな普遍的なものを語るんだけど、それを語るときに抽象的に語らない。極めて日常的なこと、プライベートなことで大きなものを書く。普遍的なコンテストを、自分のコンテクストに切り替えている。うまいよね、僕はいつも感心する。
今福 大概念を大概念からものを考えることに、違和感を持っているからでしょうね。
大概念を振りかざすことは、わかりきった道をたどるようなものなのだ。今福さんによれば、「書く」ことは、「引っ掻く」ことであり、「欠く」ことでもある。足していくのではなく、引っ掻いて削り取っていく。すると「滓(かす)」が出る。
今福 この滓を捨てちゃいけないわけです。この滓をどうやって大事にしたらいいんだろうといつも考えています。例えば、奄美の詩人とかわしあうと、お互いにたくさんの滓が出る。これをとっておくということじゃなくて、滓の中に豊かさを見るということじゃないかな。
松岡校長と今福さんとの至福の69分。時間を共有した読衆たちの中に、今福さんの声が、松岡校長の言葉が数多残った。この「残滓」はきっと、次の島を指し示している。
▲この日、本楼に集まった読衆は、読了式を締めくくる二人の交わしあいに聴き入った。
角山祥道
編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama
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