2023年の流行語年間大賞は、38年ぶりに二度目の日本一に輝いた阪神タイガースのスローガン、「アレ」だ。「明確な目標(Aim)に向かって、先達に敬いの気持ち(Respect)を持って、個々がさらにパワーアップ(Empower)することで最高の結果を残していく」というメッセージだ。個の成長・育成を志向する点では似ているが、イシス編集学校とはやや異なる。校長の松岡正剛の『見立て日本』にはこうある。
おそらく「育てる」にはムリがあるのだろうと想う。「育む」のほうがいいのではないか。成長計画には目標が設定される。そのためついつい外挿的な指示が多くなる。これに対して「育む」は少し手を貸す程度で、伸びやすいほうに「なる」を促せる。
成長も育成もむしろ異質や異物との出会いでおこるかもしれないということだ。見知らぬアートに驚き、剛速球に空振りし、歴史の溝に落ちてみるのも、「育」なのである。
ー『見立て日本』松岡正剛「育む」ー
2023年11月25日(土)に開催された51[破]の2回目の伝習座はこの「育む」が体現される場となった。この日、どのようなことが起こったのか。最初のプログラム、師範代による2か月間の師範代活動の振り返りから見ていこう。
「学衆の可能性に限界はない。言葉にできていないものが見えたら、徹底的にそこに切り込む」。静かに言いきったのは、マジカル配列教室の師範代、森下揚平だ。指南に必死に返そうという過程で、その学衆にしか紡げない言葉が引き出されてくるとのことだ。「日常が変わった。人との関係が深くなった」と話したのはカタルトシズル教室の師範代、新垣香子だ。これまで友人から相談を受けると、共感や受容をせねばと思ってきた。が、今は指南のように問感応答返しているという。すると、相手のなかに新たな動きが始まるのがわかるそうだ。
51[破]の師範代の多くは、51[守]の師範代を勤めあげ、9月の第82回感門之盟で学衆と共に卒門を寿いだばかり。たった2か月の[破]師範代の活動を経て、放つ言葉が大きく変わった。どの師範代も、自らのうちに去来する気づきや宿った決意をあらわすための言葉を探しだし、命を与えるように場に置いていく。
この日の開講メッセージで、律師の八田英子は「普通の言葉で返事をしないこと」と場のルールを定めた。普段しないことに向かわねば、内に潜むデーモンが出てこないからだ。イシスの指導陣は、決してわかりやすい成長目標を示さない。変化が生まれやすいほうに手を差し出す程度だ。どのように変わるかは、それぞれでよい。
学匠、番匠、評匠、師範、学林局が、こぞって師範代たちに、異物と異質を投入する。番匠の野嶋真帆は「始まりは正常と異常の境界を越えるところから」と物語編集を語り、学匠の原田淳子は「異化」というキーワードでプランニング編集を伝える。評匠の中村正敏は、あらゆる囚われを脱するための座右の銘として「自由編集状態」という言葉を手渡した。どんなときも「どのような編集が動いているのか」という目で見よというのだ。最終盤に登場した林頭の吉村堅樹は、最初から「逸脱してやろう」という構えでとことんハイバーに向かえと煽った。彼らも、同等の、いや、それ以上の異物と異質を先達から贈られ続けてきたからだ。
最後のプログラムは、師範代たちが得た気づきを振り返る時間だ。「反省ではなく、次に進むための言葉を」と番匠の福田容子が、ここでも普通を許さない。「受容を手放す。学衆の壁になり続けるとを決めた」と新垣。師範代たちの声量が数時間前より何倍か増した。指導陣と交わしあって自らの進む方向を見出したのだ。
[破]の伝習座だからと言って、集まるのは[破]の指導陣だけではない。各教室から選ばれた10名の学衆、他講座の指導陣も立ちあった。眼前で変化を遂げる師範代の言葉に学衆たちが声をあげた。「師範代の覚悟と使命感ってすごい。指南を今まで以上に自分の肉にせねば」「師範代の稽古への熱意と覚悟にくらいついていく」「もっと指南を受けよう」。稽古への覚悟が深まっていく。
情報が情報を呼ぶ。
情報は情報を誘導する。「情報は孤立していない」、あるいは「情報はひとりでいられない」ともいえるだろう。
ー『知の編集工学』松岡正剛ー
「私たちは表象せずにはいられない」。[破]指導陣が混然一体となって変わっていく場を目の当たりにし、52[守]から駆けつけた師範の稲垣景子が呟いた。覚悟の熱は、飛び火する。稲垣は、一週間後の52[守]の2回目の伝習座で、「進破は不可欠」と語った。
「守」がInside hereなら、イシスの外の日常がOutside there。元々は、そのOutside thereに何か編集しきれないと感じるものがあったから、ここにやってきたはず。Outside thereの編集には、世界と自身とを交わらせた相互編集が欠かせず、表象しなければ編集したとは言えない。だから相互編集と表象へ向かう[破]が不可欠だ。
[守]では、どんな物事も情報と捉えることで編集が可能であり、型と方法でもって動かせることを体感する。自身のうちに蠢く編集的な渇望に目覚める場でもある。[破]は、それを他者に向かってリプレゼンテーションすることに向かう。編集は、あらわしていかねば、「ない」も同然である。[守]と[破]は、もともと連環しているのだ。
52[守]は、用法3のただ中にある。2回目の番選ボードレールも始まった。イシス編集学校という異質でユニークなワールドモデルに浸りきれば、内なるデーモンとの出会いが間違いなくおとづれ、そこから育まれるものがある。51[破]の師範代と学衆たちの姿が物語る。
(写真:後藤由加里)
阿曽祐子
編集的先達:小熊英二。ふわふわと漂うようなつかみどころのなさと骨太の行動力と冒険心。相矛盾する異星人ぽさは5つの小中に通った少女時代に培われた。今も比叡山と空を眺めながら街を歩き回っているらしい。 「阿曽祐子の編集力チェック」受付中 https://qe.isis.ne.jp/index/aso
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