紫~ゆかり~への道◆『光る君へ』を垣間見る 其ノ五

2024/06/29(土)12:00
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事実は一つ。であっても、それに対する解釈は無数に。「なぜ」と「どうやって」は見る人の数だけあるのでしょう。大河ドラマもまた、ある時代・ある人物に対する一つの解釈です。他の解釈を知れば、より深く楽しめるに違いない。
夏至直後の放映だったせいでしょうか、多くの恋人たち、カップルが登場する様子は、さながらシェイクスピア『夏の夜の夢』のよう。祝祭モードの中で、まひろ(後の紫式部)はついに宣孝と結婚です。



◎第25回「決意」(6/23放送)


 都に帰ったまひろを迎えた、乳母・いと(演・信川清順)に「いい人」がいた! そして越前についていった従者・乙丸(演・矢部太郎)は「いい人」を連れて帰ってきた! こうなると、まひろの結婚は周りの「いいひと」モードにもあおられてなのか、と思えてきます。そして前週に続き、中宮・定子に溺れる一条天皇。『夏の夜の夢』でいうと、妖精の王・オーベロンと女王・ティターニアのような存在でしょうか、ま、あっちは喧嘩の末の仲直りでめでたし・めでたし、ですが、こちらは仲がよすぎて、周りが当惑・困惑・迷惑の三位一体。


 多くの恋模様が交差する中、「大きな政治」と「小さな政治」が見え隠れした回でもあります。

 「小さな政治」は、娘が都に帰ることになり、これから一人で越前の冬を迎えるのか、かわいそうだぞ、の為時パパ。越前、といえば越前和紙(そういえばまひろを演じる吉高由里子さんと、為時を演じる岸谷五朗さんが、番宣で越前和紙の紙漉き体験をしていました)。租税として収められる越前和紙の量をこれまでの国司がごまかして、差分を売っては懐をうるおしていたことを為時が知る。地元の民に、差分を返そうとするが断られてしまいます。差分により便宜を図ってもらうことの方が大事なのだから、と。あなたは、国司の期間の4年しかここにいないのだから、余計なことはしないでほしい、といわんばかり。清廉潔白が右肩にのっているような為時には衝撃です。初めて友人(そうなんですよねぇ、宣孝は「為時」の友人。まひろとの年の差はいかばかりか…)の宣孝と、自身とのまつりごとに対する違いを強く感じた為時。それがまひろの結婚を、-それが自分と同じくらいの年の宣孝であったとしても-、父として後押しする一因になったのでしょう。

そして「大きな政治」は、道長の左大臣辞任をかけた、一条天皇への説得。大雨で増水した鴨川の堤の修繕を願い出ても、まつりごとにいっこうに目を向けない一条天皇は許可をしない。道長が案じたとおり、堤は崩れて多くの被害を受ける。一条天皇が定子と、そして都に帰ってきていた伊周らと雅やかに笛を楽しむ中に、ずずっと乗り込んできた道長は、天皇の許しを得ずに堤を修繕させたが、間に合わず民の命が奪われたのは自身の煮え切らない判断によるもの、ついては左大臣を辞任したい、と言う。暗に一条天皇を責めて、その口から「朕が悪かった」との言葉を引き出します。定子一辺倒の一条天皇を非難する貴族たちの声も背中に背負った道長ですが、「これ以上は無理でございます」と自身を責める言葉、叫ぶような言い振りは駆け引きのためか、それとも本心からだったのか、どちらともとれるものでした。

 鴨川の堤決壊も予知していたのが安倍晴明。一条天皇には「御代は栄える」と言っておきながら、道長には凶事が続くという本当のことを伝えてました。『光る君へ』の前半は道長の父・兼家がヒール役として引っ張っていましたが、その父の時代から、表の顔も裏の顔も、欲得づくもたっぷりだったユースケ・サンタマリア演じる安倍晴明に一番近いのが、この小説の中の安倍晴明ではないかと思うのです。

◆『陰陽師鬼談 安倍晴明物語』荒俣宏/角川文庫◆

タイトルの“陰陽師”“安倍晴明”にはさまれた「鬼」が真の主人公。「どこへ行っても、鬼が出る。いやになるほど鬼が出る」と書かれたとおり、京は鬼住む闇の都でもあった。安倍晴明の祖を辿り、いきつくは遣唐使の阿倍仲麻呂。唐から陰陽の術を持ち帰ろうとするが、帰国しようとする仲麻呂の船は竜王の怒りに触れ、嵐にみまわれる。妻と赤子を海に差し出すも船は日本に着かなかった。海に流された赤子は住吉の江に流れ着く。成長した赤子-名前は安倍満月丸-は、浦島太郎さながらに亀を助け竜宮城へ行き、妻を勝ち得る。ここまでは美しいおとぎ話のよう。
ところが、ここからがいよいよ鬼の本領発揮。妻は夫・晴明の出世の尻を叩く鬼嫁と化し、晴明も妻の言うなりに式神を家から一条戻橋へと追い出す。一条戻橋? そう、渡辺綱が鬼の左腕を切った場所ではないか。茨城童子、橋姫へとつながり、はては都から東(あずま)へと舞台が大きく動く。あずまの地で鬼をだまし、焼き殺した晴明の心の中にこそ鬼がすむのではないか。
皇名月さんのカバーイラストもうるわしく、ジャケ買いも誘われる。





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  • 相部礼子

    編集的先達:塩野七生。物語師範、錬成師範、共読ナビゲーターとロールを連ね、趣味は仲間と連句のスーパーエディター。いつか十二単を着せたい風情の師範。日常は朝のベッドメイキングと本棚整理。野望は杉村楚人冠の伝記出版。