今回取り上げるのは萩尾望都です。
とてつもないレジェンドたちが、ずらりとそろった24年組の中でも、萩尾望都は、さらに頭ひとつ飛び抜けている印象があります。
「ポーの一族」や「トーマの心臓」などの初期から、世紀をまたいだ大長編「残酷な神が支配する」に至るまで、常に業界のトップランナーとして問題作を発表し続けてきました。デビュー以来50年間、常に高原状態を維持し続けたパワーは並み大抵ではありません。
短編作品にも定評があり、『11月のギムナジウム』(小学館文庫)などに収録されている初期の作品群を見ても完成度は極めて高く、中期以降も、野田秀樹の舞台にもなった「半神」や、現代ものの「イグアナの娘」に至るまで幅広いタイプの傑作短篇が目白押しです。2006年以降も「ここではない★どこか」シリーズと題して、「山を行く」をはじめとする高品質の作品を連打していました。
SF作家としての萩尾望都も忘れてはなりません。「あそび玉」「精霊狩り」などの初期から、もはや古典となっている「11人いる!」をはじめとして、「銀の三角」「マージナル」「スター・レッド」など重量級の傑作がひしめいています。また『バルバラ異界』(小学館)で日本SF大賞を受賞。マンガ作品での受賞は大友克洋の「童夢」以来のことでした<1>。
今回は、そんな萩尾望都の中から一枚。やはり『ポーの一族』(小学館)でいくしかないでしょう。(千夜千冊621夜『ポーの一族』)
萩尾望都「ポーの一族」模写
(出典:萩尾望都『ポーの一族3』小学館)
ひ~~。少女マンガはキビシ~。どうやったら、こんな風に描けるのか見当もつかず、かなり四苦八苦しました。構図の細かいところは、元絵とはだいぶ違っています。
今回、模写した「小鳥の巣」は、ど直球のギムナジウムものということもあって、『ポーの一族』の中でもとりわけ人気の高い一篇です。
この時代の少女マンガ家って、顔とか薔薇とかは上手いのに、体の動きがあんまりできていない人も珍しくないのですが、萩尾先生は、とにかく動きがダイナミックです。【けっこう難しいアングルの難しいポーズの絵】を惜しみなく描いている感じがします。
そして少女マンガに特有の、【フレームの溶解した不思議な構図】。いろんなスケールとアングルの絵が複雑に重なり合っていて、それでいて全体の統一のとれた、みごとな【タブロー画】のようです。こういうのを小学生ぐらいの女の子が苦も無く解読できたりするのですから、我が国の女子たちのマンガリテラシーは、とてつもなく高い水準にあると思います。
少女マンガを特徴づけるこのスタイルは、60年代頃から、その萌芽が見えはじめ(水野英子の回でお見せしたコマぶち抜きなど)70年代初頭にいたり爆発的に開花したものです。萩尾望都は、その積極的実践者のひとりでした。
しかしやがてこの傾向は沈静化し、最近の少女マンガでは、極端な表現は少なくなってきているようです。現在連載中の『ポーの一族』の新作版では、コマ割りがかなりしっかりしていて、昔と比べると随分読みやすくなっていますね。
それにしても、萩尾望都は、どのページをとっても密度がありますね。文庫版などで読むと、ちょっとゴチャゴチャした感じがします。以前、小学館から「萩尾望都Perfect Selection」というA5判のゆったりサイズのシリーズが出ていましたが、これは凄く良かった。「これが萩尾マンガの正しいサイズではないか」と思ったものです。
萩尾望都はデビュー時から、すでに絵的には完成されていましたが、それからさらに磨きがかかり「ポーの一族」「トーマの心臓」の頃に一つのピークを迎えます。冒頭のアイキャッチ画像は、もともとポストカード用に描かれたものですが、すごくいいですね。昨年、画業50年展で現物を見ましたが、ほとんど原寸大か?というぐらい小さな絵だったのには驚きました。現在の新シリーズの絵と比べると、だいぶタッチが柔らかいです。
萩尾望都の絵は、「ポーの一族」以後、若干変質していき、多少、固くなったような気がします。なめらかで、やわらかいソフトフォーカスのイメージだったのが、輝度の強いギラギラした感じになっていくのですね。体のラインもなんだかギクシャクして、ギプスでもはめているように見えることもあります。
目の描き方も、初期の頃は少女マンガらしい【黒目がちの瞳】だったのが、だんだんレンズみたいな【メタリックな瞳】になっていきました。
こういう現象って何なんでしょうね。
とはいえ、このギクシャクしたタッチは、あながち悪いものでもなくて、萩尾マンガの雰囲気をよく伝えているとも言えます。萩尾キャラって、みんなどこかギクシャクしているんですよね。
ひと頃、ロボットみたいなしゃべり方をする女の子が、テレビドラマなどで流行ってましたが、そのルーツの一つは「エヴァンゲリオン」の綾波レイでしょうが、もっとさかのぼれば萩尾望都なんじゃないでしょうか。
萩尾マンガには、感情が読めなかったり、どこか周囲とずれていたりして、はからずも不思議なムードを醸し出してしまうキャラがよく描かれます。「A‐A’」に出てくる一角獣種アデラド・リーなんてそうですね。「11人いる!」に出てくるフロルなど、ジェンダーを越境していることから醸し出される不思議な魅力があります。突然タダの腕をにぎって「オレより長い!」とか言うシーンなんてサイコーですよね<2>。
橋本治は「萩尾望都は、かつてミュージカルだった」と言っていますが、たしかに舞台っぽい味わいがあります。たとえば「山へ行く」の中の一場面を取り出してみると…
お父さん「あ~ボク今日、山に行くから」
お母さん「八甲田に?」
お父さん「カマド山だよ」
サトル「八甲田でソーナンするんだ」
お母さん「サトル!ニンジン食べて!お父さん!」
サトル「ボク、サトルって名前キライだ」
こういう掛け合いって、マンガ的リアリズムというより、舞台劇のセリフに近いですね。そこが各キャラのギクシャク感と相まって、独特の雰囲気を創り出しています<3>。同じく『山へ行く』(小学館)の中の一篇「ゆれる世界」の父娘の掛け合いも絶妙でした。ギャグマンガでもないのに、思わず笑みが漏れてしまう、あの独特の雰囲気は萩尾望都ならではのものです<4>。
さて、最近の萩尾望都の最大のニュースと言えば、なんといっても40年ものあいだ封印し続けていた「ポーの一族」シリーズの再開でしょう。新作「春の夢」が掲載された「月刊フラワーズ」2016年7月号は、人気を見越して通常の1.5倍の部数を用意していたにもかかわらず、発売直後に完売し、少女誌としては異例の重版がかかるほどの話題を呼びました。現在は「春の夢」「ユニコーン」に続き、「秘密の花園」が連載中ですが、新刊を今か今かと待ち続ける日々です。
◆◇萩尾望都のhoriスコア◆◇◆
【けっこう難しいアングルの難しいポーズの絵】73hori
かつての名番組、NHK「BSマンガ夜話」で、パネラーの皆さんが驚嘆していたのが、この場面。こんなアングルの人物を、さらりと描ける少女マンガ家なんていなかった。
【フレームの溶解した不思議な構図】82hori
われわれ男子は、こういうのがちょっと苦手。少年マンガではあまりやりませんね。
【タブロー画】69hori
戦後の少女雑誌のスタイル画の系譜から始まり、タブロー的な美意識を追究し始めたのが24年組以降の功績です。
【黒目がちの瞳】【メタリックな瞳】78hori
「スター・レッド」のヒロイン、レッド・星(セイ)は、ザ・少女マンガという感じがしますが、最近はカラーコンタクトのようなキラキラした目がお好みのようです。
●◎●ホリエの蛇足●◎●
<1>女性作家の描くSFマンガって、わりと高品質なものが多いような気がします。実は活字の方でもその傾向があって、日本SFは実力ある女性作家が充実していますね。どうしてなんでしょうね。
<2>「11人いる!」は、プロットの見事さもさることながら、シチュエーションの緊迫感と、各キャラの発散する巧まざるユーモアがないまぜになって独特の空間を形作っているところが、傑作たるゆえんなのだと思います。フロルは、作者もよほど気に入ったのか「タダとフロルのスペース ストリート」みたいなショートコント集も描いてましたね。
<3>萩尾マンガには、ダダダダダッとか、どどどどどっという擬音とともにキャラが走り回るシーンがよく描かれていました。そしてギムナジウムでは、バリーン!ガシャーン!という擬音とともに、しばしば勃発する悪童どもの大ゲンカ。こういった大立ち回りが、耽美的な物語の最中に、突然差し挟まれると、なんだかほっとしますね。こんなところも舞台劇のテンポに似ていると思います。
<4>「まさか……パタパタしてるのか!?」っていうシーンは最高ですね。思わず吹き出しそうになりながらも、ものすごく気持ちを揺さぶられる感動的なシーンなんですよね。
アイキャッチ画像:萩尾望都『ポーの一族 復刻版 限定BOX』小学館
堀江純一
編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。
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