ジャスト記事でお知らせした駕籠真太郎先生の連載も好調のようですね。駕籠先生は、エログロの際だった作風の方ですが、アイディアのトリッキーさも超絶級で、よくこんな奇想天外な話が次から次へと思い浮かぶものだなあと感動してしまいます。絵だけ見てもインパクトありますが、なんでもいいからマンガ作品を読んでみることをオススメいたします(あんまり万人向きではないかもしれませんが)。
ところで、関東大震災を描いたマンガは意外と少ない、というご指摘に、なるほどと頷いたのですが、一方で、東日本大震災を描いたマンガは多いですね。今回取り上げる、いがらしみきお先生も、東日本大震災と向き合われたお一人です。
さて、いがらしみきおが、なぜ、このLEGEND50に名を連ねているかというと、まず第一に「四コママンガの革命者」という点が挙げられます。
――と、言われると『ぼのぼの』(竹書房)のこと?と思われるかもしれませんが、その前があるのですね。いがらしみきおと言えば、まずは『ネ暗トピア』(竹書房)<1>を挙げなくてはなりません。これがもう、とにかく凄かったのです。
(いがらしみきお『ネ暗トピア』①竹書房)
■「いしい」と「いがらし」
1970年代の半ば頃まで、四コママンガは、ジャンルとして、なんの未来もあるようには見えませんでした。ある種の様式の到達点のようになってしまい、伝統芸能のように維持する以外にないと思われていたのです。
そこに風穴を開けた最初の人は、いしいひさいちでした。コマが四つある、という以外のあらゆるルールをぶち壊した自由律俳句のようなものを引っ提げた、いしいひさいちの登場は、具眼のマンガ読者たちの度肝を抜くことになります。
そして、日本SFの笑い話にもじって言うと、いしいひさいちがブルドーザーで地ならしした後を、口笛を吹きながらスポーツカーで乗り込んできたのが、いがらしみきおなのです。
いしいも、いがらしも、ギャグの爆発力では両横綱ですが、いしいの笑いは、とても乾いた、あっけらかんとしたものであったのに対して、いがらしの笑いは、土俗的というか土着的というか、人間の持つエゲつなさを、これでもかというぐらいエグるような、エグエグしい描きぶりで、そのあまりにも過剰で馬鹿馬鹿しすぎる表現が、爆笑を誘うものでした。四コママンガという表現形式で、これほど破壊力のあるギャグを表現できることに人々は驚いたのです。
■デビューにまつわるフォークロア
いがらしのデビューの経緯は、もはや伝説となっています。とある出版社にアポもなしに原稿を持ち込んだいがらしは、午前中で人が誰もいなかったので(出版社というのは、だいたい朝が遅いそうです)、原稿に置き手紙を添えて帰ります。その手紙の文面は、「私は貴誌の編集方針に必ずしも賛同する者ではないが、おそらく作品は載せてもらえるだろうと思うから置いていく」というものだったとか。
こんな傲慢きわまりない手紙を書かれて、その作品を載せる出版社もエライと思いますが、とにもかくにも、その作品は掲載されて、いがらしみきおはデビューするのです。
その後、いがらしみきおは、あっという間に流行作家への道を駆け上がります。一時は、月産120ページ、連載を一ヶ月に24本も持つ超売れっ子でしたが<2>、それでも、いがらしは枯れることがありませんでした。次から次へと破壊的なギャグを生み出していき、一種の躁状態になっていたようです。
そんな中、1984年に、いがらしは突然の休業宣言をするのですが、それもネタ切れからというより、むしろあまりにも絶好調でヒートアップしている自分にヤバイものを感じたからだとか。
休業中のいがらしは、せっせとホラーマンガを描いていました。未だに発表されていないその原稿は「グール」と題され、120ページほどは完成しているそうです<3>。
■まさかのメジャー化
そんないがらしが二年間の休業ののち、復帰第一作として執筆したのは、まさかの動物マンガ『ぼのぼの』でした。四コマの定型を完全に破壊したラジカルな作品でしたが、それまでのいがらしのような、果敢に攻めていくスタイルの作風とは180度異なった、枯淡の境地のような、どこか哲学的な香りすら漂う作風に、多くのファンは戸惑うことになります。復帰第一作はホラーマンガ、というのは一部では有名な話になっていたので、これはどういうこと?と思った人も多かったことでしょう。
もともとは、描き下ろしホラーマンガをひっさげて復帰する予定だったいがらし先生だったのですが、当時の担当編集者にあてた近況報告に、たまたま水族館で見かけたラッコの絵を描いたところ、「先生、復帰第一作は、とりあえずこれで行ってみませんか?」ということになり、急遽はじまったということです。
ところが従来のファンの戸惑いをよそに、この作品は大ウケし、新たなファン層を獲得することになります。それまでのいがらしの作風からは想像しがたいことに、老若男女にわたる広範な読者層の支持を得る流行作家になってしまったのです。
そして連載はえんえんと続き、2020年9月現在で、単行本は45巻、現在も進行中のライフワークとなっています。
今回は、その『ぼのぼの』から、人気キャラの一人、スナドリネコさんの登場する回を模写してみました。
いがらしみきお「ぼのぼの」模写
(出典:いがらしみきお『ぼのぼの①』竹書房)
スナドリネコさんの、このとぼけたキャラはいいですよね。
実は、今回これを描こうと思ったのは、「スナドリネコさんって、ちょっと校長に似てる」と、編工研界隈で言われていると聞いたからです。
このスナドリネコというキャラはちょっと特異で、ときに啓蒙的に振る舞うことはあるものの、基本的にマイペースで恬淡としています。前近代にはよくいたと言われる「村はずれの賢者」のようなイメージですね。平時には、ほとんど無用者なのですが、妙に村人から尊敬されている。宮沢賢治もそんな人だったと言います。半分、異人なんですが、完全にアウトサイダーというわけでもない。このスナドリネコというキャラが要所要所に現れては、発散しがちな物語のねじを締めていくような役割を果たしています。
このスナドリネコさん、初登場時こそ、かなり【リアルな姿かたち】をしていましたが、急速に簡略化され、すっきりとした形に整っていきました。それでも、こうして描き写してみると、【動物的なライン】が、とても上手くできていて感心しますね。
背景もしっかりしています。「ぼのぼの」は、全編を通して背景の描き込みが密で、人物(というか動物)と背景が、【全く等価な感じ】で描かれているのが特徴的です。
(次回「いがらしみきお②」に続きます)
◆◇いがらしみきおのhoriスコア◆◇◆
【リアルな姿かたち】48 hori
初登場時のスナドリネコさん
【動物的なライン】58 hori
三コマ目の寝そべってるスナドリネコさん、いいですね。
【全く等価な感じ】72 hori
オリジナルの絵は、線の太さも全く同じなのですが、模写にあたっては、きれいに描けるか自信が持てず、人物をカブラペン、背景を丸ペンで描き分けてしまいました。
◎●ホリエの蛇足●◎●
<1>少し前に『ネ暗トピアリターンズ』(竹書房)という本が刊行されて「おお!ネ暗トピアの新作か!?」と思って買ったら、旧作の再版でした。ダマサレタ…。
<2>一日に締め切りが三回も来る日があったとか。四コマで月産120ページは無茶苦茶です。一ページ2本として、240本描いていたことになります。吐きそうになる分量です。
<3>160ページ説もあり(当時の担当編集者の証言)
マンガのスコア LEGEND13いがらしみきお② ブキミの谷の住人
アイキャッチ画像:いからしみきお『ぼのぼの①』竹書房
堀江純一
編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。
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