「このエディションフェアがすごい!」シリーズ、第40弾は大分県のカモシカ書店です。新型コロナウイルス感染拡大防止のため現在休業されていますが、エディションフェアの取り組みについて今回は特別編として九天玄氣組の田中さつき師範代からレポートが届きました。
◇◇◇
大分市は東九州最大の都市です。戦後は重化学工業を中心に発展、近年ではIT企業も進出して人口は増え続けているにも関わらず、中心部は疲弊している印象でした。市街地が大きく様変わりしたのが2015年。都市開発計画が進み、複合商業施設の新駅ビルが開業して賑やかになり、周辺からの来客も増えたのです。
更にシンボリックだったのが大分県立美術館(OPAM)の存在です。以前の大分県立芸術会館の老朽化に伴い、駅ビルオープンから8日後に、徒歩15分の場所で開館。設計は坂茂さんです。「五感と出会いのミュージアム」をコンセプトに、県民と育つ美術館を目指しています。
駅から15分、昔からの店も残るアーケード商店街を通り抜けると県立美術館に着きます。カモシカ書店はその真ん中辺り、店主のお母様が営む「岩尾洋装店」の2階で、2014年に誕生しました。店に収まり切れない古書は洋装店の店先にも横にも並んでいます。
店主の晋作さんは当時30歳、住みたい街をつくるチャンスだと東京から帰郷しました。古書と新刊本を扱い、読書と交流の場としてのカフェをひとつにした店です。
店名はサン・テグジュペリ『人間の土地』の一説に惹かれて名付けられ、古本屋っぽく気取らない入口では、福田利之さんデザインのシンボルマークが目を引きます。本と戯れるカモシカは、栞、ブックカバー、トートバックなどのグッズにも施され、すっかり店の顔。
店に続く階段も見どころ満載です。古書、映画のパンフ、イベントのチラシ、ポスター、好みの物が配置されたワンダーランド。
店面積は33坪、古書中心ですが新刊本も置かれた本棚を囲んで、テーブル席は21。厳選した材料の手作り菓子や軽食、こだわりの飲み物が用意され、居心地の良さに時の経つのを忘れます。課題を探すことに興味があるという岩尾さん。例えば大分にはアート関係の本が少ないから置いてみるとか。けれども自分の好みに固執せず、本の力に委ねてみるそうです。カモシカ書店では本に出合う楽しみがあるのです。
松丸本舗にも通った岩尾さんです。エディションフェアのご相談に即答で乗ってくださいました。『花鳥風月の科学』や『日本文化の核心』に触れながら、「松岡さんは博覧強記ですよね。理解できたかなと思うとその先があって、また分からなくなる。でも光が強められるのです。政治的でない教育提言もしていて参考になります。同時代の人で、松岡正剛を消化できる人はいないのではないでしょうか」という言葉に頷いたのでした。だから魅かれるのですよね。カモシカ書店の大半は店主の手作りです。ポスターが置かれた台も未完成の味わいがありました。
エディションを全部読みたいと言いながら、取り上げられている本の一覧ファイルをすごい、面白い、勉強になりますと連発する岩尾さん。穏やかな語り口に、本への慈愛が滲み出ます。
軍艦と称したメインの棚と繋がるようなフェアの棚を創りたいのだと、丹念に関係づけをしていました。千夜千冊エディション、他の松岡本、エディションに出てくる本以外にも、岩尾さんが紐付けた本が日を追って加わっていきます。松岡校長はよく本を一人にしないようにと言われますが、ここでも常に動いているのですね。カモシカ書店は岩尾さんの表現そのもの。フェア棚が軍艦を導く灯台か、立ち寄る宝島のように見えてきます。
大学時代からネット上で千夜千冊を読んできたそうです。エディションはすべてを読んでいる訳ではないけれど、どかっとまとめて読み通せる感覚がたまらないと言います。一番の推し本を伺いました。「僕自身の本屋としての未熟さ、そして学習の終わりのなさ、面白さに圧倒されるという意味で『本から本へ』ですね。まだまだ読みたいです」とのこと。岩尾さんと本の話をしていると、こちらも読書欲が刺激されるのでした。
大分市でも新型コロナの感染が拡大しました。エディションフェアの時期と重なり、従業員の方々や客を感染から守るため、休業という苦渋の決断をされました。残念ながら期間内の再開は諦めざるを得ず、今回は特別編としてカモシカ書店のフェア取り組みの様子をご紹介しました。開催期間は短かったのですが、お客さんの反応に手応えがあったそうです。岩尾さんから「またこのような機会があれば、是非参加させてください」という嬉しいメッセージも届きました。
岩尾さんは大学進学で上京、ファッションへの関心から、卒業後には文化服装学院で学びました。好きなデザイナーは山本耀司さんと川久保玲さん。その後、渋谷のミニシアター、ジュンク堂新宿店の勤務を経験して、インドをはじめ、バックパッカーで世界を旅します。
「今の店に辿り着いたのは、言葉なんです。これまでやってきたことはどれも繋がっているのですよ。全て言葉に落とし込んで考えますからね。本には一生関わりたいです」と言い、現在は地元新聞で「読書リハビリ中」というコラムも書いています。
大分市から離れている私の周りでも、カモシカ書店が話題になることが多く、「地方にいながら、本を介して世界や歴史と繋がることができると伝えること。本という文化が消えない一助になること」と語る岩尾さんの想いは、着々と県全体に広がっているのです。
カモシカ書店HP
カモシカ書店Facebook
https://www.facebook.com/kamoshikabooks/
文・写真:田中さつき
Back Number
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