【多読アワード】三冊筋◉読筋大賞・泳 SEASON18

2024/07/13(土)09:00
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多読ジムseason18では「三冊筋プレス◎アワード」が開催された。お題は「評伝3冊」。三冊筋のチャレンジャーは29名。アワードエントリーまで到達した人数は14名だった。

月匠・木村久美子、冊匠・大音美弥子、さらに選匠の吉野陽子、小路千広、浅羽登志也の5人の選評委員が各作品を熟読し、選評会議を実施したうえ、厳正な審査の結果、読筋大賞を決定! 大賞三作品はそれぞれ「(走)」「(泳)」「(輪)」の漢字一文字が付され、下記の意図をもって各選匠が講評した。

(走)…評伝に描かれた人物をどこまでも追いかける脚力 講評:吉野陽子
(泳)…二つの世界をかわるがわる体験し、未知を呼吸する力 講評:小路千広
(輪)…異なるいくつもの世界をネットワークの力 講評:浅羽登志也

 

三冊筋プレス◎読筋大賞(泳)[評伝編]は、下記の作品に贈られます。

受賞者:渡會眞澄/スタジオかのん


●タイトル:現実を見よ、歴史を物語れ

●書名:『評伝 斎藤隆夫 孤高のパトリオット』松本健一/岩波現代文庫
 書名:『北一輝伝』松本健一/講談社学術文庫
 書名:『日本の失敗 「第二の開国」と「大東亜戦争」』松本健一/岩波現代文庫
●3冊の関係性(編集思考素):三位一体


 渡會眞澄さんがキーパーソンに選んだのは、戦前の保守政治家・斎藤隆夫。現在の日本の政治社会状況に危機感をもち、一般には知られていない人物を見いだした眼力と時代を読む嗅覚の鋭さにまずは一撃されました。『北一輝伝』『日本の失敗』とあわせて同じ著者でそろえた三冊は、ありそうでなかった選本方法。著者の論考と足跡をメタな視点でとらえるうえでも賢明でした。過去の日本の失敗を地に、同時代を生きた二人の思想を図として対比することで、現在につながる問題をあざやかに描きだすことに成功しています。
 ともに天皇機関説を是としながら、北は二・二六事件に大きな影響を与えた「革命的ロマン主義者」であり、斎藤は軍部の暴走に異を唱える「粛軍演説」をした「政治的リアリスト」でした。引用をうまく配して、著者である松本健一の見方を借りながら、渡會さんの読みと思いを表象する知文に仕立てています。二つの世界をかわるがわる体験し未知を呼吸する批評力は、確かな泳法と鍛えぬいた読筋力の賜物でしょう。冒頭で伝えたいことの輪郭を簡潔に示し、読者の興味を引きつける構成、ハコビの脚力にも多読アスリートらしさを感じました。読筋大賞(泳)受賞、おめでとうございます。

講評:小路千広 選匠

 

現実を見よ、歴史を物語れ 渡會眞澄/スタジオかのん

 

 松本健一が亡くなって10年になる。彼は近代日本の「革命と挫折をめぐる面影」を書き続けてきたが、その膨大な著作のなかに保守政治家の評伝が一冊ある。「北一輝論」から30年を経て、松本は斎藤隆夫を取りあげた。

 

■天下国家のために

 斎藤隆夫は明治3年、兵庫県出石の農家に生まれた。山あいの土地は狭く痩せており、生活は決してゆたかではなかったようだ。百姓を嫌った斎藤は弁護士になるが、それだけでは飽き足らなかったのだろう、「天下国家の為に何事をか為すを得ん」とアメリカ留学を企て、政治家への道を踏みだしていく。当時、世界では帝国主義が猛威をふるい、日本も日露戦争の勝利によってその渦中へ突き進んでいった。いっぽう斎藤は、力の支配する冷徹な世界を冷静に見つめていた。帝国主義的なパワーポリティクスのなかで「強国に侵略せらるるのを厭うならば、何故に強くならないか」と問い、外交は一種の権力闘争にほかならないという本質を見抜いていた。松本は、その思想がラディカルで根源的であるがゆえに、現実政治を突き抜けかねないラディカルな急進性を帯びてもいたと看破する。必然的に斎藤は、革新派からも現状維持派からも孤立せざるをえなかった。

 

■孤高のパトリオット

 明治から昭和へ国家体制が激変するなか、日本は国体イデオロギーに惑溺し、満州事変を機に軍部の暴走を招く。斉藤は、この国体イデオロギーと統帥権を盾にした軍部独裁に敢然と抵抗した。彼には、立憲政治の完美は政党政治によって実現するという揺るぎない意志があった。斎藤にとって皇室は崇拝の対象ではあるものの、天皇は国会と同じく国家主権を執行する「機関」だった。
 ニ・二六事件のあとの「粛軍演説」では、「国家改造を唱えるが如何に国家を改造せんとするのであるか、昭和維新などということを唱えるが、いかにして維新を果たさんとするのであるか。不穏の計画を醸成し、不遜の凶漢を出すに至っては文明の恥辱であり醜態である」と、青年将校を背後で操る軍部の無責任にして矯激な態度を弾劾している。その4年後、日華事変は東洋の平和をめざした聖戦などではなく、強者が弱者を征服する侵略であると明言し、議員を除名された。斎藤隆夫は「現実を、あるがままに見よ」という政治的リアリストであり、国民国家の実現に賭ける孤高のパトリオットであった。

 

■政治的リアリストと革命的ロマン主義者

 斎藤隆夫の「天皇機関説」と時を同じくして発表された北一輝の「天皇機関説」は、松本曰く、よく似ている。北もまた国民国家の建設をめざし、彼にとって天皇は、己の理想を具現化すべき「傀儡」であり「機関」だった。ただし斎藤と違い、北は政党政治を確立するのではなく、革命を起こして国民である自分が絶対権力を掌握することを希求した。斎藤は二・二六事件の青年将校を、純粋だが単純で国家にとって極めて危険であると断じたが、北は蹶起した彼らを正義軍と呼んだ。青年将校の天皇に帰一する思想は北の天皇機関説と相いれなかったが、それでも北は革命に賭けたのだろう。理性の目で現実を直視した政治的リアリスト斎藤隆夫に対し、北一輝は「美しいものを見ようとおもったら目をつぶれ」という革命的ロマン主義者であった。
 北のような人物を好んで取りあげてきた松本は斎藤の評伝を書くにあたり苦悶したが、それ以上にめぐりあえた喜びのほうが大きかったという。本書執筆から遡ること32年前、東大全共闘の安田講堂占拠にふれて、松本は次のように書いた。幸徳秋水の思想を高く評価しながら、北一輝の革命観念の眩惑的な引力に魅かれる自身の二重性をふかく反問せよ、と。アナキストにもテロリストにも与することなく、80年の生を全うした独りのリアリストとの邂逅は、その反問の延長上でのめぐりあいだった。

 

■「わたし」が物語る

 昭和20年、大東亜戦争(松本健一は歴史的文脈を鑑みて、日中戦争や太平洋戦争という呼称を使わない)が終わり、日本は敗戦した。斎藤は日本進歩党を創立し、その大会で苦渋のおもいを吐露する。「われわれは、われわれの力によって軍国主義を打倒することができなかった、言論、集会、結社の自由を解放することができなかった、民主政治を確立することができなかった。ポツダム宣言によって初めて打破し、目的を達し、その端緒を開くことができた」。昭和の失敗の歴史を天皇や軍部の責任に帰するのではなく、政党政治家としての自己の無力にこそ責任があると引き受けた。
 歴史(hi-story)とは、つねに現在の物語(story)である。なぜならば、かつてあった事実を、いま「わたし」が物語るからだ。松本健一の言葉が胸に迫る。彼は日本の失敗を、孤高のパトリオット斎藤隆夫の覚悟を、反問の「きず」から逃げることなく、気概をもって書ききった。「わたし」が物語るとは「きず」を負うことにほかならない、傷によってしか創は生まれない。

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  • 金 宗 代 QUIM JONG DAE

    編集的先達:水木しげる
    最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
    photo: yukari goto

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