イシスは本で出来ている。第77回感門之盟2日目、オープニングを飾ったのは豪徳寺・本楼に並ぶ2万冊の顔を舐めるように映した映像だった。局長佐々木千佳は、「本棚でドキドキするのはどうして」と視聴者の高ぶりを代弁。無機物な印刷物になぜか心揺さぶられるのは、そのなかに人間の知と血が通っていることを知っているからだ。
▲立ち並ぶ書籍とコーディネートしたかのような紬の着物をまとう佐々木と、本楼の「事件」をくまなくカメラで捉え続けた池田かつみ。
編集学校では一期をまっとうした師範代に、校長松岡正剛がその個性と期待を見極めて選び、直筆メッセージを書き添えた「先達文庫」が授与される。本を贈られるのは格別だ。松岡は青春時代、高校の女子同級生にチェックの包装紙に包まれた堀辰雄『風立ちぬ』(新潮文庫)を渡され、ブックプレゼントの香りを知ったという。
これまでの先達文庫授与は、祝福される師範代が登壇しその手に本が渡された。しかし、今回は違う。順序が逆になったのだ。まず本、そして人。学匠原田淳子の本紹介に、参加者は熱心に耳を傾ける。この本のなかに、誰のおもかげが見えるのか。謎解きのような趣向で10名の師範代に手渡された20冊を紹介しよう。
▲ディスプレイに映る書影を見つめ、緊張しながら舞台への呼び込みを待つ46[破]師範代たち。
***
◇後藤陽子師範代(ゆかりカウンター教室)
さまざまな議論を巻き起こしながら開催された東京五輪。46[破]はオリンピックの閉幕とともに、突破期限を迎えた。師範福田容子は、後藤の「為せば成る。それを体現する実直なみちゆき」を讃える。職場ではエディットライブラリアンと呼ばれる後藤、「ひたむきさを忘れず、セレンディピティを見つけ続けて」と投擲選手のような力強さでメッセージを届けた。
『オリンピア1936 ナチスの森』沢木耕太郎/新潮文庫
『オリンピア1996 冠(コロナ)<廃墟の光>』沢木耕太郎/新潮文庫
◇畑勝之師範代(アジール位相教室)
1000を超えれば多いとされる[破]の教室でも、1362という今期最多発言記録を樹立したのがこの教室。しかしそれは一筋縄ではいかず、舞台裏では「ハタンのつぶやき」なるうめきやぼやきが溢れていた。しかしある学衆の突破が危ぶまれたときには、教室中からエールが飛び交う。ハイパーコーポレートユニバーシティ出身のテレスな鬼指揮官も感情を揺さぶられた一幕があった。師範天野陽子は、教室という重たい艪と、最大9匹の保護猫を背負い続けた畑の姿は語り継がれるはずとねぎらった。
『日本のいちばん長い日』半藤一利/文春文庫
『指揮官と参謀』半藤一利/文春文庫
◇戸田由香師範代(多項セラフィータ教室)
46[破]イチ、「想定外」に見舞われたのが戸田だった。仕事と家族のケアで、東京と長野上田を往復する日々。師範北原ひでおは、そんな事情を抱えながらも決して学衆には気づかせない矜持と度量をねぎらった。5月の第2回伝習座では「指南が楽しい」と顔を輝かせる戸田を見て、北原は「未知を楽しむ姿」に大きな信頼を寄せた。多読ジムでは一読衆として稽古を続ける飽くなき千離衆は、三冊筋プレスの常連でもある。校長もその硬筆な筆致を高く評価する戸田は、この秋イシスのセールスレディとしてエディットツアーのインターアクターデビュー。
『予想どおりに不合理』ダン・アリエリー/早川書房
『不合理だからうまくいく』ダン・アリエリー/早川書房
◇石輪洋平師範代(調音ウラカタ教室)
13[離]退院後、前期45[破]を再受講。セイゴオ知文術では多和田葉子『雪の練習生』を選び、「未来を捉えようとするエクソフォニックな世界」を描きアリストテレス大賞に輝いた。「学衆だったわたしを連れて走る」と、46[破]で師範代に。ロールが変わることで「隠された意味や可能性が見えてきた」という裏読み石輪は、ときにウラカタ潜伏し音信不通なジョン・ケージとなるも、静岡浜松から1回答に5指南を届けるほどの手厚さも見せる。情報の分節化にかけては奥義を体得。師範齋藤成憲は「アーティストであり、アーティキュレーター」「46破のパウル・クレー」と言葉を惜しまず絶賛した。
『プロローグ』円城塔/早川書房
『エピローグ』円城塔/早川書房
◇角山祥道師範代(ジャイアン対角線教室)
「ジャイアンとは重い言葉でした」 33[花]放伝時、花目付深谷もと佳に「しなやかなジャイアンになりなさい」とけしかけられた角山は、「お前のモノも俺のモノ」という強欲さを「お前のキズも俺のモノ」と共苦へと読み替えて学衆に向き合った。突破した5名の名を愛おしく告げながら、「僕はみなさんのキズを受け止めることはできたでしょうか」という涙のメッセージには、校長松岡も思わず「よーし」と賛を飛ばした。
⇒ 「学衆は『東京ラブ・ストーリー』の赤名リカである」から始まる学衆論は必読。
『高倉健インタヴューズ』文・構成:野地秩嘉/小学館文庫
『フランシス・ベイコン・インタヴュー』デイヴィッド・シルヴェスター/ちくま学芸文庫
◇品川未貴師範代(互次元カフェ教室)
3月の第1回伝習座の際、品川には一切の笑顔がなかった。34[破]丸角珈琲教室からの再登板、それゆえに深い疑問の霧は眉間のシワとなって現れた。しかしそんなことでへこたれる品川ではない。福岡でイエナコーヒーというカフェを営みながら、深夜ラジオのように語りつづけた指南は「ノイズを敏感に察知しながら、細やかに問いを差し込む」と師範新井陽大は熱く賞賛。品川は、2回のAT賞やP1グランプリなど、賞レースを挙げながら「悔しい思いもするけれど、それゆえ羽ばたける」と破の師範代の魅力を語った。
『セクシィ・ギャルの大研究』上野千鶴子/岩波書店
『ひとりの午後に』上野千鶴子/文春文庫
◇大塚宏師範代(王冠切れ字教室)
開講前には「まさかの錬破、よもやの迷走」と師範福田容子が意味深に肝を冷やしたが、大塚は「自身には言葉が少ないのでは」と悩んでいた。「実際そういうところもありました」と福田が語ったのは、Zoom汁講の場面。喋りだしたら画面がフリーズ、その聞こえなかった「・・・」を学衆が想像する。切れ字がかきたてる連想力が「気負わず走り、たゆまず歩き、未知に怯まず、既知にも弛まず」と福田が感服する教室模様へと導いた。市立高校の校長先生でもあった大塚は、46[守]時代から句を添える指南を続け、今期は500句超え。「新しい芭蕉像を」と期待が寄せられた。
『芭蕉という修羅』嵐山光三郎/新潮文庫
『雪月花のことば辞典』宇田川眞人/角川ソフィア文庫
◇高橋陽一師範代(望眺世界塔教室)
46[守]まるごと給水塔教室で、あまりのフェチっぷりに全イシスを動揺させた「異能の師範代」。今期は「給水塔だけじゃない高橋」を目標に挑んだ。師範新井陽大はその健闘ぶりを、「神話におけるバベルの塔が言語的分断によって人々の紐帯を断つものであったとするなら、高橋師範代の望眺世界塔教室は、むしろ個々の『地』の違いを違いとして尊重したまま多様なノードやリンクを生成し続ける”逆立したバベルの塔”でした」と高速な言葉の横溢で称えれば、高橋はポスト・パンクなアルバムから自身の蔵書を3連打するなど過剰に応酬。最後まで情報の竜巻を起こす世界塔だった。
『2000年代 海外SF傑作選』橋本輝幸=編/ハヤカワ文庫
『2010年代 海外SF傑作選』橋本輝幸=編/ハヤカワ文庫
◇尾島可奈子師範代(ほろよい麒麟教室)
ほろきり茶屋と名付けられた勧学会には、言葉が掲げられていた。入り口には「もっと真面目にふざけなさいよ」と赤塚不二夫の言。のれんをくぐれば、松岡正剛著『切ない言葉』の帯にある「泣いて、いい」。鬼神宿る鋭い指南を放ちながら、尾島は泣いた。「ほろきり一の泣き虫は、断然師範代だ」 師範齋藤成憲は「ほろよい麒麟は数寄帯び運転」と評し、飛ぶように歩く麒麟になぞらえ学衆に五彩の燐光を放射した気っ風のいい尾島を「かならず化け物になる」と予言。尾島は、「2時間の映画には、必ずケリがつく。けれどエンドロールのそのあとも、寅さんは別の女性に恋をします」 突破は終着点ではなく、その先へ続く橋の途中と遠くを見据えた。
『アメーバのように。私の本棚』中野翠/ちくま学芸文庫文庫
『会いたかった人、曲者天国』中野翠/文春文庫
◇森本康裕師範代(あたりめ乱射教室)
さきいかサーカス教室という名をもつ司会渡辺高志が思わずシンパシーを発露したのが、この教室。13[離]退院後の森本は、「効率よくやったらつまらない」という汁講での学衆発言に励まされた。迷いを見せない頼もしい師範代っぷりだったが、P1グランプリでの予選落ちで初めて「悔しい」と漏らした。学衆の乱射を受け止めつづけ、「あた乱衆」から「ア・タリメラン」まで教室名の言い換えは79にのぼった。師範天野陽子は「遊び場のような教室を作ったのは、ひとえに森本師範代の懐の深さ」と祝福の矢文でことほいだ。
『終着の浜辺』J・G・バラード/創元SF文庫
『沈んだ世界』J・G・バラード/創元SF文庫
破で学ぶのは「リプリゼンテーション」の方法だ。1冊の読書体験を800字に結晶化させ、3つの千夜を使ってハイパーミュージアムを作る。その祝祭の場面でも、先達文庫という形式をとって人を本に再表象する。贈られた本を、金メダルのように各師範代は胸に抱いた。
ぼくたちは本のようなものだ。
一人一人ストーリーをかかえているけれど、パッと見ただけでは中身はわからない。
いつも誰かに見つけられるのを待っている。
いつも誰かに中を見てほしいと思っている。
――ヨシタケシンスケ『あるかしら書店』「本のようなもの」
写真:上杉公志
協力:八田英子
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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