をぐら離 文巻第4週 ─「ルールの発見と適用」

2020/12/27(日)10:00
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 世界読書奥義伝 第14季[離]は、第4週を終えましたが、稽古じまいができる離学衆は誰一人おらず。をぐらも、離の縁側に身を寄せつつ編集の日々を送ります。

 「をぐら離」では、析匠、小倉加奈子の日常を通した離の姿をお届けしていきます。門外不出の文巻テキストをもとに進められていく離の稽古の様子を少しでも想像いただければと思います。

 

12月20日(日)


 手順でいえば、「見切り」までは徹底して資料を読みこむ。<中略>
しかし資料でわかる情報には必ず限界がある。だいたい難事件ばかりを対象にしたいほうだから、当然だ。そこでどこかですっぱり「見切り」をつける。ここからの転換が速い。
 不足分を推理と構想で補っていくのである。このとき注意すべきは、推理だけでは補えない筋書があるということであるという。むしろ構想こそが必要らしい。その構想が「見通し」で、その見通しにもとづいて、逆に推理の手順をくみたてる。推理はあとから理屈づけるためについてくるらしい。
──千夜千冊289夜『砂の器』



 明日から始まる文巻第4週を予習しながら、後輩の症例報告の論文を添削する。論文の手順も推理小説に似ているように思えてきた。
 用意の「見切り」と卒意の「見通し」。安易に「編集は不足からはじまる」とは言えない。徹底して分かるための準備を経て、分かっていないものを整理し、はじめて「不足」を感じ、そこを起点に編集的充当を試みる。そうやってようやく世界に向かう足掛かりを掴めるらしいが、徹底は難しく目の前の不足はあまりに大きく、どこから充当したらいいのか途方に暮れる。離学衆もそうだろうが、わたしだってそうだ。

 

12月21日(月)


 ふつうは文脈一般のことがコンテクストだと思われているが、それは甘い。<中略>
 ワーマン=セイゴオ流のインストラクションにおけるコンテクストは、メッセージが交わされたり届けられたりする「場面」と「背景」をしっかり含んでいる。ここがキモなのだ。情報編集における「地」と「図」の地、あるいは発想編集におけるベースといっていい。それを含むことがコンテクストなのだ。
──千夜千冊1296夜『理解の秘密』


 

 病理診断も「場面」と「背景」を含む発想力が必要だ。正しい診断よりも別様の可能性を含む診断に向かいたい。病理医は、患者さんが元気なうちは再会できない。転移再発した状態の悪い患者さんと何度も会うことになる。知らせがなくご無沙汰なのは、経過良好な証拠。知らせがない人を想い続けるのが病理医の役割。

 

12月22日(火)


 コーチングに必要なのは「知恵」と「直観」と「判断のタイミング」であって、コーチが発すべきは命令力ではなく「提案力」なのである。上から目線のコーチがうまくいったためしはない。編集に必要なのは連想力なのである。それも「不足に始まる連想力」だ。それには学衆たちが「ないものねだり」をできるようにしてあげることなのである。
──千夜千冊1635夜『クリエイティブ・コーチング』


 

 ないものねだりは、超得意である。ねだりすぎているという自覚もある。最近は、編集できないものをねだることをやめるようにした。諦めるしかないことを少しずつ学んでいる。その切なさを別の何かの提案力にする。九鬼周造に教わる、面影編集。もうちょっとオトナになりたいと思う。

 

12月23日(水)


 万事も万端も「意味の制作」の歴史なのである。こういう事情は、自然の脅威に神々の名と肖像を付与したときから始まっていた。世界中の民族が
文字という絵柄と字柄を手にしたときから始まっていた。「意味の制作」と「意表の提示」は、人間が自然にかかわって、そこに「ルル三条」(ルール・ロール・ツール)を打ち立てるために必要な本来的な策略であり、工夫に満ちたエディティング=デザインであり、文明文化のコミュニケーションのための創造的行為だったのである。
──1520夜『デザインの小さな哲学』


 

 歴史的ルーツを探るには、ルル三条に着目することだ。デザインひとつにもコロナウイルス一粒にもその考察にはルルが効く。自分のルル三条に汲々としていると歴史的現在は感じられないぞと肝に銘じる。年末で人事関連の雑用が多い病院業務。相変わらず毎日PCR検査は100件近く。

 

平和な波形(をぐらを含む全員コロナ陰性)を示すPCRの機械

 

12月24日(木)


  けれども何かがひらめき、誰かと会ったりすると、部屋に帰って夢中になることはその世界を箱で囲むことだったのである。そうすれば、その箱は必ずやコンティンジェントな別様の可能性を見せてくれた。クリスマス・イブに生まれたアーティストして、こんなふさわしい人物はいない。
──千夜千冊1626夜『ジョゼフ・コーネル』



 クリスマスの気配をほとんど感じない。病理診断のBGMにペンタトニックスのクリスマス・メドレーを流してみる。夕方、院長先生からのクリスマスプレゼントも全員に届いて、ちょっとクリスマスらしさを取り戻す。
 わたしの仕事部屋は、小箱っぽい。しばし籠って、いちばん素敵な夜を思い出そう。

 

12月25日(金)


 たんなる創造力ではない。表現力でもない。表象力あるいはメディエーションを伴う想像的編集力だ。ぼくはそのうち、こうした編集的な3Mを顕在化させるスコープの仕事をまとめて「編集工学」と呼ぶようになるのだが、明確にそういうふうに呼ぼうと思うまでには紆余曲折があった。
──千夜千冊1717夜『ライティング・スペース』



 年末に向けてコロナ診療だけでなく非コロナの緊急診療も外科手術も加速していく。決着をつけなければならない診断が山積みになっているが、その合間にMEdit Labのワークブックに使う「おしゃべりなQのなる木」を描く。系統樹のように、キーワードと本が派生して、Qがつらなればいい。
 つねに想像的編集力の源となるQがたくさん生まれる心の余地が大事。

 

 

12月26日(土)


 編集工学はREを基本スキルのひとつにするようになったのだが、そのようにした理由には、もっと身近なことを編集工学の観察対象にしたかったからでもあった。それは「思い出す」(recall・remind・remember)ということがアタマの中でREもどきの作業をしていることだろうとみなせたからだ。

──千夜千冊1754夜『リバースエンジニアリングバイブル』


 

 昼過ぎから別当会議。離学衆の成長ぶりと課題を共有しながら、わたしたち火元組も自身のコーチングの変遷をふりかえる。どうやって、方法への覚醒を離学衆にもたらせるのか。どうやって、離学衆それぞれが持っているはずの才能をわれわれ火元組が表現できるか。言葉の限界が指南の限界。コーチングにもREが不可欠である。

 

【をぐら離】

をぐら離 文巻第0週

をぐら離 文巻第0.5週

をぐら離 文巻第1週

をぐら離 文巻第2週

をぐら離 文巻第3週

をぐら離 文巻休信週

 

  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg