誰にでも必ず訪れる最期の日。
それが、どのような形で訪れるかはわからないが、一番ありえそうなパターンの一つが終末介護病棟での最期じゃないだろうか。沖田×華先生と言えば、自虐ネタのエッセイマンガでよく知られるが、物語作家としても超一流だった。深く死に向き合いたい方は、是非ご一読を。
(沖田×華『お別れホスピタル』)
熊出没のニュースに揺れた2025年、年末恒例の“今年の漢字”もなんと、熊。そこで年内最後に取り上げるのは、仏のベストセラー・ノンフィクション『熊になったわたし――人類学者、シベリアで世界の狭間に生きる』です。推薦者はチーム渦メンバー、羽根田月香。人と熊の分断がこれだけ進んだいま、われわれは嘗てのように熊とひとつになることはできるのか――。
松岡正剛のいう《読書はコラボレーション》を具現化する、チーム渦オリジナルの書評スタイル「3×REVIEWS」で、『熊になったわたし』に三方から光を当てます。
●●● 3× REVIEWSのルル3条
ツール:『熊になったわたし――人類学者、シベリアで世界の狭間に生きる』ナスターシャ・マルタン()
ロール:評者 羽根田月香/大濱朋子/田中志穂
ルール:1冊の本を3分割し、それぞれが担当箇所だけを読み解く。
第1章 秋
ある場所で生態系の頂点に君臨するものは、異種族間のメッセンジャーの役割を担わされると思っている。有史以来、ひとがあらゆる手段で天と交信を試みてきたように、ニホンオオカミが何かを伝えようとし、力尽きて絶滅したように。熊はどうか。ソ連崩壊後の急激な近代化の歪みを受けるカムチャッカで、人類学者の著者は、先住民族エヴァンの人々と時を共にする。そして遭遇した熊に顎を齧りとられ、相手にも一撃を残し、生き延びた。エヴァン族からマトゥーハ(雌熊)と名付けられていた著者は、熊と互いの一部を交換したことでミエトゥカ(半分人間半分熊)――「二つの世界の狭間で生きるもの」になった。熊はかつて共生していたことを忘れないよう、私たちに印を付ける。ミエトゥカになるものを待ち続けている。これは現代の神話か。著者の表現の中に、熊に付けられた痛みの描写は一切なかった。(チーム渦・羽根田月香)
第2章 冬
境界を抱えて生きる
自分が以前とは違う存在になってしまったと思う著者は、昼の明るさよりも夜の闇を見つめ、毎晩、熊に遭遇するまでの数週間と、出会う直前のことを思い出しては熊と対話する。記憶の中には別の存在が潜み、噛まれた傷口は菌や何ものかが侵入する入り口となった。熊との死闘で記憶も肉体も開けられ、それまで意識しなかった境界を抱える。これ以上自分の領域を侵されたくないともがく著者だったが、自分の周りに集まるたくさんの存在や医療の力で傷口が閉じられると、熊に遭遇する以前も今も自分を構成する要素は外から来たものでできていることを実感する。そして、肉体や魂の変容(メタモルフォーゼ)を受け入れていった。その様は、ジャイアントインパクト説でできた月のようで、読後は情報生命体である人類の中の宇宙の欠片を想起した。(チーム渦・大濱朋子)
第3章 春
第4章 夏
解説
夢か現か幻か──熊と「繋がった」筆者の体験とは、一体何だったのだろうか。さまざまな登場人物の見方が明かされていく。筆者は自らの「熊になった」体験を「人間と獣の肉体的な境界が破れた」と書く。エヴァン一族の家長ダリアは「生者も死者もミエトゥカも」「あらゆる魂とともに生きている」と語る。トナカイを屠るダリアの息子イヴァンは、人間にも熊と同じ暴力性があることを知っている。熊と直接つながった筆者が“悪いものを連れてくる”と、ダリアのいとこヴァリエルカは信じている。
筆者の体験を理解しようとする読み方では、本書の魅力を取り逃してしまう。だが、戦争や自然破壊といった現代の問題を地に読み解けば、本書のわからなさ、あいまいさの奥に潜む何かを感じられるのではないだろうか。(チーム渦・田中志穂)
『熊になったわたし』ナスターシャ・マルタン著/高野優訳/
■目次
秋
冬
春
夏
解説(大石侑香)
■著者Profile
ナスターシャ・マルタン
1986年生まれ。アラスカとカムチャツカの先住民族を研究対象とするフランスの人類学者。フィリップ・デスコーラの指導のもと、パリの社会科学高等研究院(EHESS)で博士号を取得。Les âmes sauvages: Face à l’Occident, la résistance d’un peuple d’Alaska(2016)でアカデミーフランセーズのルイ・カステックス賞受賞。本書でジョゼフ・ケッセル賞、フランソワ・ソメール賞、マッコルラン賞など受賞し、18か国で刊行され仏のベストセラーに。マイク・マギッドソンと共同監督でドキュメンタリー「トヴァヤン」制作。
●●●3×REVIEWS(三分割書評)を終えて
著者の夢にはよく熊があらわれた。エヴァンの人々は、出会う前から熊の精霊が著者を選んでいたと言った。アラスカで熊に襲われ死亡した写真家・星野道夫は、少年時代から強烈にヒグマに憧れ、アラスカで最後に撮影したのも熊だった。ナスターシャが熊と融合しながら変容(メタモルフォーゼ)していく様子は、本人以外に理解することは難しい。が、深い隔ての壁を越え全員が共存できる新たな生態系をつくる、という言葉には大いに共感した。そのために他と魂でつながり、両者の狭間で《託されたものを抱えて生きる》ミエトゥカが、現代には少なすぎる。(羽根田)
■■■これまでの3× REVIEWS■■■
鷲田清一『つかふ 使用論ノート』×3×REVIEWS(43[花])
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ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史(下巻)』
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エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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コメント
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