【別紙花伝】よりみちのモデリング -錬成の越境性-

2023/07/02(日)13:52
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 花伝所入伝生が学衆の時印象的だった稽古をトレースしていると、思いがけず発見に至った時の表現によく出会います。「まるで道から逸れて公園に遊びに来たような」、「つい焚火の火に誘われて」、「安全な木から降りて草原を走ってみることで」など、編集稽古を“越境的寄り道”と名づけたいくらい遊んだ様子がわかります。編集稽古は情報の見方をまるで変えてしまうだけでなく、コスパ・タイパ重視の対話には入る余地のない<想像力>が躍動します。編集力発揮の第一歩は「ヒューリスティック(発見的)な常態」になること。本稿では、地球上でさまざま存在している物質や生命(生・情報系)の編集システムにまねびながら、編集力解発の糸口を探っていきます。

 


【リスクを冒しても発見を】
 編集工学には、「間違うかもしれないけれど上手くいくかもしれない」というリスクを取った発見的な手法が多く含まれています。例えば、誤りのリスクがない演繹法よりも誤りのリスクを犯して考えようという<アブダクション>に向かいます。目の前のことを精度よくという発想よりも危険を冒しても発見し続けたい。人類が安全な木から降りて二足歩行を始め、未知の世界で新たなエネルギー源を獲得する時代から志向されてきました。
 
 さらに、編集工学のコミュニケーションモデルである<エディティング・モデルの交換>では、メッセージを照合しあってどう意味づけされるかは相手に委ねます。<メタファー>や<アナロジー>では一見まったく異なる意味やイメージを結びつけ、表現で相手の認識を揺らそうとします。守「編集稽古38番」のお題「連想シソーラス」では、連想的な言いかえを見つけながら、意味のネットワークを情報群と見て、言葉にたくさんの意味のフックを発見していきます。寄り道で、小さな創発がいくつも起こります。

 


【よりみちでの言葉獲得】
 連想シソーラスの「稽古」 の回答を見ると、修行、トレーニング、習い事といった同義語に近いものからから、芸事、汗、歌舞伎、バレエなど稽古から連想された言葉があがってきます。古事記をひいて稽古今照をあげることもあれば、イチロー、オビワンという固有名詞があがることもあります。稽古という言葉は日本最古の書物からスペースオペラまでをつなげる可能性を持っているのです。一般的な意味合いの<プロトタイプ>にとどまらず、古い時代にさかのぼれば<アーキタイプ>、特定の誰かに代表される<ステレオタイプ>をあげることで、多様な意味やイメージ、連想空間を共有することができます。

 

 言葉をやわらかに捉えることで、概念の編集過程をトレースしたり、応用したり、再編集を加えているのです。幼児が言語を獲得するときにも、一対多対応で理解し、論理的には正しくない過剰な一般化をすることで、獲得した言葉をさまざまな対象に当てはめ、その有効範囲を自分なりに構築していきます。間違ったとしても親や先生が間違いを指摘し、再学習を繰りかえすことで新しい言葉を次々と学んでいきます。

 

 

【越境的寄り道へ】
 さて、ただいま花伝所は錬成演習のオーラス。師範が学衆になりかわり、入伝生が師範代を擬く乱取り稽古の火花は相当なものです。指南やFBを繰り返してこそ、型が伝授されます。創がついたとしてもいつまでも記憶に残る時間でしょう。錬成演習ではいったい何が起こっているのか、金属錬成という現象をモデルにして越境して説明してみましょう。

 

 <錬成>とはもともと金属を鍛えて強くするという意味でした。金属を坩堝で溶かして、合金にしたり精錬加工したりすることをいいます。金属の特性を向上させるには錬成のプロセスが必要なのです。これに肖り、学ぶモデルから師範代モデルへと構造を変容させる錬成演習という稽古が置かれています。式目の型が体に馴染むまで指南作成を繰り返し、フィードバック、対話、再指南を繰り返す鍛錬です。

 


【焼入れ・焼戻し・焼きなまし】】
 金属は古代より工学的価値が高いものでした。しかし、自然界にあるまま使うことはできず、利用するには、さまざまな加工が必要になります。加工には大きく分けて2種類があり、切削、研削、プレス加工などの形を変える加工、そして熱処理と表面処理という性質を変える処理があります。

 

 金属内部の組織を変化させ、さまざまな特性を引き出すようにするのが熱処理です。例えば日本刀を製作する途中に、赤々となった刀を勢いよく水につける工程があります。これは「焼入れ」といい、鋼を硬くする熱処理です。硬くするだけでは今度は衝撃に対して脆いという欠点が現れます。そこで、適度な粘りを持たせるために比較的低温で加熱し空冷するという「焼戻し」処理を行います。これにより硬さと粘り強さを兼ねそなえた刀ができます。焼入れ、焼戻しを繰り返し、日本刀に必要な強度という特性が出現するのです。

 

 代表的な熱処理のひとつで金属を可能な限り軟らかくする「焼なまし」では、加熱後時間をかけて冷却することで、エネルギーが最も少ない状態に分子が配列し、結晶構造を形成させることができます。大きく揺らして徐々に結晶化させるという再結晶のプロセスが焼きなましです。熱処理により高温状態になるとは「熱ゆらぎ」が大きくなるということです。熱ゆらぎとは平衡にある系において、平均状態からのランダムなずれのことをいいます。冷却にともない熱ゆらぎは徐々に収まっていきますが、それに伴い組織が結晶化していきます。

 

左が焼きなまし前。右が焼きなまし後。金属の組織が均質化している。

 


【焼きなましをモデル化する】  

 焼きなましのプロセスを真似たヒューリスティックなアルゴリズムに「シミュレーティッドアニーリング(SA法)」があります。

・ずれが起こる方向(コストが増大する方向)へ状態更新が起こるパラメータ=温度とする
・コスト増を許容する高温からコスト増を許さない低温へと徐々に移行する

これらのプロセスで解の探索を行う手法です。最初は道に迷うというコストを許容してどんどん寄り道を行い様々な可能性を含むようにし、時間が経つにつれ迷わないように道に沿って収束していくというようなアプローチです。

 

 考案者のカークパトリックは、沸き立ったスープが冷える自然現象から着想を得ました。様々な具材がミックスされたスープのように1つの複雑なシステムにおける熱の冷却プロセスと、郵便配達員がどのように家を回ればよいのかという問題が、ある意味で類似していることに気づいたのです。40年前に生まれたアルゴリズムですが、今でもマラソンマッチ(組み合わせ最適化の分野の競技プログラミング)で良い結果を残したり、量子コンピューティングの解の質を評価するために使われるほど実用性が高いものになります。

 

 シミュレーティッドアニーリングが真似た観点を押さえつつ「錬成」の方法を3つに言いかえてモデル化するとこうなります。

 ・熱ゆらぎの状態で寄り道する
 ・最初は高温でリスクをとって発見的に、徐々に確定的に
 ・既存の構造を解体し新たな構造を獲得していく

 

 

【熱ゆらぎの状態】
 熱ゆらぎの熱に対応するものは何かというと、錬成演習では「言葉」です。言葉ゆらぎ、つまり言葉を言いかえていくことで、式目の型を身体化していくのです。言葉を分岐させ使い分ける段階から、自らの意味のネットワークが紡がれ自分の編集の道具となるまで言葉をゆらしていきます。

 

 39回花伝所の錬成では24人の入伝生に対して16人の師範がつきました。師範は錬成演習開始直後の手合わせでは、火力高く応じ一気に既存の編集モデルにヒビを入れます。演習を重ね、対称性の動揺と新しい文脈の獲得を促し、含意の導入が起こるまでエディティング・モデルをひらいていこうとします。師範代それぞれの語り手の突出を起こすには、言葉の熱ゆらぎが必要です。

 


【一人から一切へ】

 さらに、錬成演習では指南対象となる編集稽古38番も自分の言葉で再構成しなければなりません。花伝所の演習は相互編集ですから、自分がわかるだけの言葉ではなく、他者がわかる言葉を放つ必要があるのです。他者の多様性と同じくらいに、言葉を言いかえる必要があります。師範・江野澤由美は、「他者」との関わりの中でものの見方を再構築していく方法がイシスのユニークネスといいます。師範・内海太陽は、イシスの教える側こそいちばん多くを学ぶ。それは他者に向かって熱意を持って接していくからだといいます。師範代モデルに立つとは「一人から一切へ」を背負うことです。そのカマエはなによりも放つ言葉に現れていきます。

 

 花伝錬成で、これまでの固有の編集モデルを焼きなまし、再構築に向かうことで、エディティング・セルフの発動が起こります。言葉ゆらぎも編集工学が間違いを起こすことを許容して発見に向かう意味も、エディティング・セルフの発動による別様の可能性のためにあります。

 

 別様の可能性は関係の同時性とも言いかえられます。それはあたかも大乗仏教の縁起思想に値するものではないでしょうか。我々は言葉を相互に揺らし、移していく中で、自分内部に多様性を孕むことができるのです。

「縁起」については、三枝さんはずばり「関係の同時性」だと思えばよろしいと言われる。三枝さんはまたコップを例に持ち出して、コップをガラスとか容器とか日用品とか物体とかと見られるように、さまざまな関係を同時に感じられるかどうか、それが縁起思想の根本になると言う。

1249夜 大乗とは何か


 西洋の金属精錬の技術は15世紀に著された『De Re Metallica』を始めとしてそれ以降の技術もテキストになって研究されています。しかし、日本の精錬技術、特にたたら製鉄や鍛冶の技術は師匠から弟子へと口伝されてきました。錬成演習の言葉ゆらぎという極めて繊細な指導メソッドもまた、錬成師範という教師モデルが代々口伝しています。師範は風を送り高温状態を保ちながら、入伝生の編集モデルを引き出していく存在です。

 

 古く、鍛冶場の母は産婆を兼ねていたという言い伝えがありました。鍛冶場の火床は、鉄を溶かし生み出す産道です。39回花伝所の錬成演習ものこりわずか。今秋の52守を率いる師範代たちが産声を上げ始めています。

 

日本の伝統的な鍛冶技術で作られた和釘。1400年前に建てられた法隆寺の修理で見つかり、表面は黒錆で覆われているが、錆は進行しておらず、曲がりさえ直せば再度使えると言われている。


 

  • 中村 麻人中村麻人

    編集的先達:クロード・シャノン。根っからの数理派で、大学時代に師範代登板。早くから将来を嘱望されていた麻人。先輩師範たちに反骨精神を抱いていた若僧時代を卒業し、いまやISIS花伝所の花目付に。データサイエンティストとしての仕事の傍ら、新たな稽古開発にも取り組み毎期お題を書き下ろしている。

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