【イシスの推しメン/7人目】元外資マーケター・江野澤由美が、MBAより「日本という方法」を選んだワケ

2022/10/21(金)08:45
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江野澤由美

ここには、MBAの「次」がある。イシス編集学校は、校長松岡正剛が日本文化から見出した「型」を学ぶ学校である。門を叩く者のなかには、欧米発のスキルに物足りなさをおぼえる者も少なくない。シリーズ イシスの推しメン7人目は、元外資マーケターに話を聞いた。

 

イシスの推しメン プロフィール 

江野澤由美

 

2011年秋、基本コース[守]26期入門。外資系企業での勤務時代にイシス編集学校に出会う。
かろうじて応用コース[破]26破を突破し、18期[花伝所]に進むも激務のため挫折。再起のチャンスを狙い、2016年春37[守]で再受講。仕事面ではブランディングプランナー&エグゼクティブコーチとして独立と同時に、[破]、[花]を修了。2018年春・秋と41[守][破]「カレイド・スカート教室」にて師範代を担い、その後は師範として指導にあたる。現在は、ブランディング&デザイン会社のマネジメントやプランニング全般を任されるディレクター。その華やかな魅力から、エディットツアーのインターアクターとしてもファンが多い。

 

聞き手:エディスト編集部

 

■MBAより「日本という方法」
 元外資マーケターがイシスに賭けた理由


――江野澤さんがイシス編集学校に入門されたときは、外資系の企業で働いておられたとうかがっています。イシスに興味をもったのはなぜだったんでしょうか。

 

あのときは、仕事に対して「こんなものでいいんだろうか?」という違和感を抱いていました。当時は、アメリカに本社があるヘルスケアメーカーでマーケティングをしていました。すると、本社やアジアパシフィック支社のMBAホルダーたちは、スライドを作って戦略をプレゼンするんです。たしかにロジックはしっかりしているけれど、私はどうしても「それでほんとうに売れるの?」って疑問に思っていました。

 

――ロジカルだけど納得がいかない。そこに既存の方法で抵抗するのは難しいですよね。

 

情報を整理する方法分析する型は私も学んできていたんですが、そうではなくて、もっとアイデアで突破していく方法を知りたかったんです。そんなときにふと思い出したのが、イシス編集学校だったんですよね。

 

――ほう! イシスのことはいつご存知になったんでしょう?

 

たしか2008年ころ、青山ブックセンターをたまたま訪ねて「三冊屋」というフェアを見つけて。そこでイシス編集学校を知りました。イシスなら「型」をつかって、ロジックを超えるなにかを生み出せるはずだと思ったんです。当時は「フレームワーク」と自分の中で訳してましたが。

 

――欧米発信の資本主義のルールに対抗できそうな方法として、編集術が思い浮かんだんですね。

 

はい。まずは試してみようと思って、当時赤坂にあった事務所まで門前指南という体験ワークショップを受けにいきました。このシリーズ記事で福田容子さんもおっしゃっていたように、たしかにすごく謎めいていた空間だったんですが、「知らないことがいっぱいありそう!」とわくわくしたのを覚えています。その帰り道、すでに入門されていた本多さんいう方と赤坂から渋谷まで歩きつづけて、イシスのあれこれを聞くにつけても興味が湧いて仕方なかったんですよね。

 

――既存の方法ではなくて、新しい武器を手に入れたいとメラメラする江野澤さんのご様子が目に浮かぶようです。外資系企業にいたからこそ、日本という方法をベースにした編集学校が響いたんでしょうか。

 

ええ、イシス編集学校は「日本」をベースにしていたことが決めてになりました。外資系企業で働いていた当時の私は、日本人であることにベネフィットを感じていなかったんです。でも、この学校は日本語が読める私だからこそ、日本文化にある方法を含めて学ぶことができる。そう思ったとき、オーストラリア人のあの上司がたどりつくことのできない、日本人の私だからこそ理解できる世界がありそうだと思ったんです。欧米人にならってMBAを取りに行くより、よっぽどいいんじゃないかとピピッと来たんです。


■ 壁紙は「饅頭の皮」?
  一瞬で見方を変える編集術とは

 

――入門してみていかがでしたか?

 

入門して3日目で感動しましたね。2題目のお題では《フィルター》という型を学ぶのですが、お題の指示どおりに連想をはたらかせると、5分で30個のアイデアを出せた。一気にこれほど高速に発想できたことはなかったです。

 

――それは気になります。《フィルター》を使うときの感覚ってどんなものなんでしょうか。

 

すこしワークショップをやってみましょうか。たとえば、みなさんの部屋を見回してみてください。そこにはいろんな「色」がありますよね。机の茶色とかコップの赤色とか、観葉植物のグリーンとか。じゃあ、この部屋にある色を使って、お菓子の配色を作るとしたら

 

――「部屋にある色」をお菓子に? ええと、たとえばこの壁紙はお饅頭の皮……?

 

そうそう! 部屋にあるものをお菓子として見るというだけで、ふだんは気にも止めない壁紙の色とかテクスチャとかが目に飛び込んでくるでしょう。見慣れていた部屋の見え方が、秒で変わりますよね。これが編集術でいう《フィルター》の力なんです。

 

――すごい! これはお仕事にも活かせそうですね。

 

締切」を決めること、「対象」をフィルタリングすること、そしてその思考の足跡を振り返ること。これが大事なんだなとわかって、仕事でも稽古で学んだように短時間で集中してアイデア出しするようにしてみたんです。すると一気に業務のスピードが上がりました。しかも「速いけど雑」なのではなくて、「速くて深い」発想ができるのがおもしろかった。

 

――なるほど、質と量が両立させられる方法はありがたいですよね。

 

しかも、イシスでの稽古ってクリエイティブ業界での仕事場と似たようなことが起きているんです。今はデザイン会社で働いていますが、日々グラフィックデザインが生まれています。その現場では、たとえば「これってアレと似てるね」「だったら、こっちとこっちをくっつければ」みたいな感じでどんどんとアイデアが転がるように変化していくんです。この躍動感、イシスでは方法として読み解かれてる!と感動してます。

 

――応用コース[破]はいかがでしたか?

 

いやー、まともな文章がはじめて書けるようになりましたね! 最初の1ヶ月で学ぶ「知文術」は、よそでは学べないベーシックスです。ありそうでないトレーニングですよ。イシスでは、多面的に物事を見たり、それをどう限られた文字数に閉じ込めたりするのかということを稽古します。4ヶ月の稽古期間でつねに「連想と要約」を意識して文章を書くので、突破後は企画書の構成も文章の密度が高くなったと感じます。書き方も変わると、話し方も変わるので一石二鳥でしたね。

 

――イシスで学ぶ「知文術」って、たんなる文章術ではなくてものの見方にも変化を与えるたしかな方法ですよね。師範代養成講座[花伝所]の感触はどうでしたか。

 

ここでの学びはとくにすごかった。花伝式目で学んだことを、いまでも毎日考えています。花伝所ではコミュニケーションの作法として、相手のエディティングモデルを見極めるという方法を学ぶんです。

たとえば仕事でクライアントからメールをいただくと、それまでだったらその文面だけを見て「こうするべき!」って近視眼的に思い込んでしまっていましたが、花伝所を出たあとはもっと視野を広く持てるようになったんです。「こないだの電話ではこうおっしゃってたな」「あのときの打ち合わせではこんな様子だったな」「そういえばあの人の意図はどうなんだろう」など、1本のメールからバーっと背景情報まで枝葉を伸ばして探れるようになったんです。

 

――寄付ダイエットで話題になった山田泰久さんも、花伝所での学びで仕事の方法が大きく変わったとおっしゃっていましたね。

 

そうそう、イシスでの方法は仕事に直結しますね。式目の方法を使って仕事をしていると、たとえば難しい案件でも対応できたり、「親切」とお褒めいただいたり、いいことばかりでした。


■対立ではなく、あいだを探る
 「方法日本」の可能性

 

――欧米スタンダートのなかで修羅場をくぐってきた江野澤さんだからこそ、イシスで学ぶ「日本という方法」に確信を得たんでしょうね。

 

そうですねえ。どのお仕事もそうだと思いますが、外資の現場はシビアでした。とくにマーケティングは「ターゲット」「キャンペーン」とか軍事メタファーで語っちゃうし、政治力のある人に手柄を持っていかれたりして、毎日が“戦争”なんですよね。正直、そこで屍のようになっていました。そこで勝ったり負けたりしているうちに、この勝負には何の意味もないなと思ったんです。AかBかという対立ではなくて、AとBのあいだにCという別の道があるはずで、その道を見つけたくなったんです。

 

――二項対立ではなく、「二項同体」こそが必要だと清沢満之も考えていましたよね。

 

イシスに入ってようやく、対立ではない方法を知って人間に戻れた気がしますよ(笑)。最近でも、互いに競合関係にある会社同士が協力して商品開発を行うという画期的な状況を目の当たりにしました。かつてだったらありえないこと。こうやって「競争していても仕方がない」と、別様のありかたを模索する社会になっていったらいいなと思います。

 

――そういえば、イシスでも「競争」ではなく「共読(きょうどく)」が大事にされて、ともに切磋琢磨する環境が整っていますね。

 

ともに学ぶっていいですよね。毎年自分は変わるし、社会も変わるから、更新し続けたほうがいい。でも、ひとりじゃ難しい。そういうときに、イシス編集学校のような「あそこに行けば、新しい気づきをもらえる」と思える場があるのってすごくありがたいですね。

 

――イシスでは自分も周りもどんどん変化していくから、立ち止まっていられないですね。

 

そうなんです。私は今期の1年半ほど、イシスをお休みしていましたが、久しぶりに本楼に行って本棚を見るだけでも、自分の興味が変わっているのを実感するんですよね。出会える人も変わっていますし、ここでならずっと学んでいけそうだなと思います。

 

――編集学校での学びは、自分だけでなくて、「他者」が関わっているのがユニークですよね。

 

それは間違いないですね。私はイシスに入って、これまで以上に「」に興味が湧くようになったんです。ひらたく言えば、世話を焼きたくなった(笑)。

なぜって、イシスでは、師範代が学衆をよーく見て、受容して褒めて伸ばしていくんです。講座のあいだずっと「見てるよ」というメッセージをつねに浴びて、自分でも気づいていなかったような美点を発見してもらう環境にいると、自分でも誰かのいいところを見つけて応援したくなるんです。まわりにイシスの受講を迷っている人がいたら「いますぐやりなよ!」って背中を押します。そういう「人をどうみるか」の方法を身に着けたことが仕事にも役立っていると感じます。

 

アイキャッチ:富田七海

 

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  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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