花伝式部抄::第18段:: 情報経済圏としての「問感応答返」

2024/06/25(火)08:02 img
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 イシス編集学校は「インタースコア編集力」を、「編集的な場」において、「編集的な作法」によって学ぼうとする学校です。
 といっても、[守][破]で学ぶ学衆にとってはインタースコアのための「編集術」こそが学習の主題として提示されており、[花]や[離]に至っていよいよ編集的な「場」や「作法」について実践を通した「問感応答返」が求められてきます。(尚、[離]において 「インタースコア」は「アルス・コンビナトリア」なる別名を纏います)

 

 この段では「編集的な場」について考えてみます。たとえば、こんな会話を考察の糸口にしてみましょう。

「ねえ、おなかすかない?」

「うん。何かある?」

「ううん。どこかに食べに行く?」

「近く?」

「クルマ」

「和食? イタ飯? ああ、この前オープンしたラーメン屋」

「オーケー。外、ちょい寒だよ」

(『知の編集術』講談社現代新書 32頁)

 ありふれた会話ですが、互いに相手の「様子」や「文脈」を察しながら、欠けた言葉を補い合うようにして発話を重ねています。親しい間柄であればこそ、全てを完全な文章形式で発話していては、かえって野暮なのです。発話された言葉に何が欠落していたかはさておき、どうして言葉が欠落したまま会話が成立するのかを見ていくことが「編集的な場」を定義づけていくことになるでしょう。

 つまり私たちのコミュニケーションは、たんに情報をやり取りするのではなく「エディティング・モデルの交換(以下では「モデル交換」と略します)を行っているのだ、ということです。そして、モデル交換を仲立ちするように「3A(アナロジー/アブダクション/アフォーダンス)が作用しています。

 

 さて、こうした「モデル交換の充実や結実の度合いを測れないだろうか?」という問いが本連載の出発点でした。モデル交換の豊かさは、少なくとも既存のメトリックでは定量スコアすることが出来ません。だからと言って定性スコアに頼ろうとするのではなく、定量スコアの開発へ挑みつつ定性スコアを極める方向へ向かいたいのです。

 この問いは、上の事例を借りるなら「この会話はどのくらい編集的か?」と言い換えてもよいでしょう。回答例として、言葉の交わし合いを「パス交換」に見立てれば、パスの手数や速度、距離などを定量スコアできそうですし、何か最終的な結論へ会話が帰結するならそれをゴールと見做して「1点」とスコアする方法も考えられるでしょう。そのうえで、定性スコアとして「戦評」が記されるわけです。

 

 では実際に編集稽古の現場で「言葉のパス交換」をスコアリングしようとするなら、私たち師範にはどのようなメトリックが求められるのでしょう?

 

問感応答返贈与交換

[週間花目付#22] イシス的贈与論(序) より

 

 

◇編集稽古の場で「情報(=意味+方法)」は「問答」として交換される。このとき、情報には(Quality)と(Quantity)とがあって、送られる【問】と返される【答】の情報質量は等価ではない。

 

◇では、その交換収支の差額はどこへ行くのか?

1-a:交換コスト(【感】【応】)として消費される。

1-b:外部系から編集資源が投入または借入される。
2-a:被贈与者の「負債」として留保される。

2-b:場外へ【返】として放出される。

 

 ここで提唱したい見方づけは、そこに「問感応答返」の半開複々環構造を認めることができるなら(それが編集稽古の場であれ、親しい者どうしの会話であれ、それこそ金融市場であれ)、それは「情報経済圏」と捉えることができるだろう、ということです。

 この見方づけは「貨幣経済」を裏返しに記述しようとするものでもあります。貨幣経済圏では、あらゆる情報の質量が「貨幣」によってスコアされ、その交換の様子が可視化されています。さらに、それら経済圏はローカルで複々と価値や財を循環させながら、隣接する経済圏と貨幣(及び電子マネー、トークン等)や為替を媒介に接続しあっています。

 

 そうだとすると、以上から導かれる予測づけとして次のような問いを立てることができるでしょう。

A:情報経済圏を媒介する“情報貨幣(仮称)”とはどのようなものか?

 あるいは

B:“貨幣”という概念に依拠せずに情報経済圏をスコアリングすることは可能か?

 

 近年の世界を圧倒的に支配しているのは、「評価経済」という語に象徴されるような、情報テクノロジーの進展を追い風にしたAのアプローチでしょう。定性評価を定量スコアしようとする考え方です。

 しかしながら昨今のSNSの隆盛は「相互承認ゲーム」とも呼ぶべき様相を呈しているのが実情で、そこでは安直な定量メトリックのうえに貧困な定性スコアが重ねられるばかりです。せっかくの技術革新が社会のなかで定性スコアの在り方を陶冶させる方向へ寄与しているとは言い難く、わずかに「steemit」や「ALIS」などがブロックチェーンを活用したブロゴスフィアを構築して新たな価値を創出するコミュニティを醸成しようと試みているものの、残念ながら電子マネーを投機対象とする以上の成果には至っていないように見えます。

 

 また、“貨幣”に依拠しない立場を取ろうとするBの考え方は、心情的には支持したいものの、貨幣がいかに合理的なシステムであるかを歴史が証明してきたことを無視できません。貨幣は、現在までのところ、人類が考え得る最も説得力ある評価システムであり、価値や財を交換したり保存するための有力なメディアなのです。その事実を認めたうえで、敢えて貨幣に依拠しない情報経済圏を構築しようとするなら、どこにどのような編集機会を見出せるでしょうか___。

 

 おそらく私たちはAでもBでもなく別様のCを模索すべきなのかも知れません。そしていずれにせよ私たちが用意しなくてはならないものは、情報経済圏を出入りし循環する情報の収支と動向をスコアリングする「簿記」なのだろうと思います。

 

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花伝式部抄(スコアリング篇)

 ::第10段:: 師範生成物語

 ::第11段::「表れているもの」を記述する
 ::第12段:: 言語量と思考をめぐる仮説

 ::第13段:: スコアからインタースコアへ

 ::第14段::「その方向」に歩いていきなさい

 ::第15段:: 道草を数えるなら

 ::第16段::[マンガのスコア]は何を超克しようとしているか

 ::第17段::「まなざし」と「まなざされ」

 ::第18段:: 情報経済圏としての「問感応答返」

 ::第19段::「測度感覚」を最大化させる

 ::第20段:: たくさんのわたし・かたくななわたし・なめらかなわたし

 ::第21段:: ジェンダーする編集

 ::第22段::「インタースコアラー」宣言

  • 深谷もと佳

    編集的先達:五十嵐郁雄。自作物語で語り部ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて情に厚い。編集工学を体現する世界唯一の美容師。クリパルのヨギーニ。

  • 【追悼】松岡校長 「型」をめぐる触知的な対話

    一度だけ校長の髪をカットしたことがある。たしか、校長が喜寿を迎えた翌日の夕刻だった。  それより随分前に、「こんど僕の髪を切ってよ」と、まるで子どもがおねだりするときのような顔で声を掛けられたとき、私はその言葉を社交辞 […]

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    花伝式部抄::第22段::「インタースコアラー」宣言

    <<花伝式部抄::第21段    しかるに、あらゆる情報は凸性を帯びていると言えるでしょう。凸に目を凝らすことは、凸なるものが孕む凹に耳を済ますことに他ならず、凹の蠢きを感知することは凸を懐胎するこ […]

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    <<花伝式部抄::第20段    さて天道の「虚・実」といふは、大なる時は天地の未開と已開にして、小なる時は一念の未生と已生なり。 各務支考『十論為弁抄』より    現代に生きる私たちの感 […]

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    花伝式部抄::第20段:: たくさんのわたし・かたくななわたし・なめらかなわたし

    <<花伝式部抄::第19段    世の中、タヨウセイ、タヨウセイと囃すけれど、たとえば某ファストファッションの多色展開には「売れなくていい色番」が敢えてラインナップされているのだそうです。定番を引き […]

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    花伝式部抄::第19段::「測度感覚」を最大化させる

    <<花伝式部抄::第18段    実はこの数ヶ月というもの、仕事場の目の前でビルの解体工事が行われています。そこそこの振動や騒音や粉塵が避けようもなく届いてくるのですが、考えようによっては“特等席” […]

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg