べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十五

2025/04/18(金)21:00 img
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 冒頭、どきっとしませんでしたか? 夢とわかりつつ、一瞬、期待した人が多かったに違いない。
 大河ドラマを遊び尽くし、歴史が生んだドラマからさらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子が、めぇめぇと今週のみどころをお届けします。

 


 

第15回「死を呼ぶ手袋」

 

 瀬以がいなくなって腑抜けた蔦重に対し、「売れる売れないはどうでもいい、遊びなんだから楽しければ」と言い放った朋誠堂喜三二さん。さすが(拍手)! と思った次の瞬間、「お礼は吉原だからさぁ」の一言。後から、ちゃらちゃらと音がしそうな勢いで登場した山東京伝さんも「絵なんてもてるために書くもんでしょ」と。
 彼らの軽さと、自主的に吉原を良くしていこうとする亡八衆が、蔦重のやる気をもう一度呼び起こし、いよいよ、青本への挑戦が始まります。

 

あの人とついに…

 日が差してきたような吉原に対し、幕府側はついに大きな事件が起きてしまいました。田沼意次を嫌っていた西の丸様こと、次期将軍の徳川家基が鷹狩りの最中に急死してしまうのです。当然、疑われるのは田沼意次。将軍・家治の命により、これまた田沼を嫌っている右近将監と共に調査にあたることになります。
 そこに登場するのが、田沼いわくの「非凡の人」。蝦夷地開拓をもちかけてきた源内に、意次は毒が仕掛けられた方法を探れと命じます。家基の死に関する問題が解決すれば蝦夷の話にものれる、のだと。そこで自信たっぷり、「見事解き明かしてみせましょう」と胸をはった源内が突き止めたもの、それが今回のタイトルにもなっている「手袋」でした。
 手袋に毒がしこまれたということに同時に気づいた右近将監と田沼意次は、ついに茶室で対峙します。
茶室という性格上、亭主の席に座った右近将監と意次は、最初はお互いに反対方向を見る形で着座をしています。しかし位置的にはずれているため、お互いの視線が交わることはありません。これまでの二人の関係を象徴するような位置関係です。
 そして「一服の前に」と言って、右近将監が90度、向きを変えて手袋を持ち出します。意次の顔を見る右近将監に対し、意次はけして右近将監を見ようとしません。この場の展開を握る、つまり先をわかっている右近将監に対し、この場がどう動くかわからない意次は右近将監の顔を見ることができないのです。手袋は、意次が口添えをして贈ったもの。普通に考えれば、意次が毒を仕込んだと思われてもしかたのないシチュエーションです。
 「この贈り物を渡りに舟と考えた外道がおるということじゃ」といってひたと意次を見すえた右近将監の言葉に「その者とは」と問う意次は、ようやくここで目を上げ、右近将監のことを凝視します。自身が犯人だと名指しされることを予測しているのです。
 しかし右近将監は、意次「以外」の誰かだと応えました。もし「意次が犯人だとしたらすぐに手袋を回収していただろう、そのくらいわからない自分ではない、みくびるな」と。意地悪爺にしか見えなかった右近将監が味方に転じた鮮やかな瞬間でした。
 元々疑ってはいなかった、検校捕縛の際の西の丸様への諫言は忠義ある者のやることと立場が変わったからこそ、「金が全ての力ではない」と意次を諭すその言葉に説得力がありました。

 この事件の始末をどうつけるか、語り合う夜を過ごし、ようやく。ようやくわかりあえたのに…幕府の闇はまだまだ続きます。


こんな源内先生がいつまでも、と願う

 こんな本を見つけました。久生十蘭『平賀源内捕物帖』。源内先生が、御用聞き(この場合には江戸時代の岡っ引きを指します)の伝兵衛を助手役に、江戸、長崎の8つの謎に挑む短編集です。
 ここに出てくる源内先生は、こんな人。

 総髪の先を切った妙な茶筅髪。
 でっくりと小肥りで、ひどく癖のある怒り肩の塩梅。見違えようたって見違えるはずはない、鍋町と背中合せ、神田白壁町の裏長屋に住んでいる一風変った本草、究理の大博士。当節、江戸市中でその名を知らぬものはない、鳩渓、平賀源内先生。
 「医書、儒書会読講釈」の看板を掛け、この方の弟子だけでも凡そ二百人。諸家の出入やら究理機械の発明、薬草の採集に火浣布の製造、と寸暇もない。
 秩父の御囲い鉱山から掘り出した爐甘石(ろかんせき)という亜鉛の鉱石、これが荒川の便船で間もなく江戸へ着く。また長崎から取り寄せた伽羅で櫛を梳かせ、その梁に銀の覆輪をかけて「源内櫛」という名で売出したのが大当りに当って、上は田沼様の奥向から下は水茶屋の女にいたるまで、これでなければ櫛でないというべら棒な流行りかた。


 源内先生の紹介、実はまだまだ続きがあります。が。これだけ多才でも完璧なホームズというわけにはいかず、時には助手役の伝兵衛が、果ては伝兵衛の姪のお才ちゃん、その名のとおり才のある、ちゃきちゃきの江戸っ娘が事件を解決する。
 その事件も、恨みを募らせる女のあっと驚く殺人あり、双子トリックあり、オランダ渡来の毒殺あり、密貿易あり、とこれまた彩り豊か。ことに「長崎物語」という短篇で科学的なトリックを見破ったのは、エレキテルを発明した源内先生ならではか。

 なんといっても久生十蘭の思いっきりのよい文章が心地良い。引用が長いと言われようとお目にかけずにいられません。

 五月二十八日は両国の川開き。
 江戸橋、堀江町、両国橋東西、伊勢町、柳橋などの船宿からドッと浅草川へ押し出す納涼船で川の面も黝むばかり。 そこここに船をとめて、謡、鼓、笛、太鼓、小唄、三味線、思い思いの慰み。その間を食物を商うウロウロ船が縫ってあるく。追々日が暮れると、両岸の茶屋、料理屋の桟敷に掛けつらねた灯火と納涼船の提灯の光が川の面に映って、千百の銀蛇が戯れるよう。絃歌一時に湧く間を空どよもして打ち上げる花火。
 流星、蘭引先、枝垂柳に糸桜、牡丹白菊からなしや、乱火五色の早打玉、千状万体、雲井に高くわけのぼって、月の如く星の如く。…


 川開きの様子ですが、水清き頃の大川の賑わいが頭の中に甦ってきますね。

 そして、ここに軽妙な源内先生と伝兵衛のやりとりがはさまると、先生に振り回されてばかりの伝兵衛の「げんないせんせえ~」という困り切った声までも聞こえてきそう。


 田中優子先生が書いた解説「エキゾティズムの酔い」では、「なによりも絵画的だ。いや、このころの江戸の町が、絵画的、イメージ情報的にできあがっている、といった方がいいかも知れない」とありました。
 今回、源内が初めて田沼の屋敷を訪れた場面が、源内の回想シーンとして描かれていました。源内が作った万歩計を持って歩く田沼に、国外から買うだけではなく日本で作らねば、作ることはできると力説する源内。意次の心を動かした元気いっぱいの源内先生には、ここに描かれる江戸の町でいつまでも尽きぬ謎解きを、伝兵衛やお才ちゃんと続けていってほしかったと思うのです。

 



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