03:鳥たちの電線編集【高橋陽一の越境ジャンキー】

2022/07/26(火)08:09
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これまでの編集手本であった「ベッヒャーのタイポロジー(その象徴としての給水塔)」を連載初回で手放し、新たな「手本」を求めて旅立ったこの連載。第三回は、いったん「ヒトとモノの関係」を離れて、モノ(人工物)とモノ(動物)の関係を見るために、鳥と電線にカーソルをあててみることに。

 

・電線から「鳥」たちが消えた…

 

 朝カーテンを開けると、目線と同じ高さに電線が見える(我が家は三階)。その電線の配下には、街区公園程の大きな庭を抱えた一軒家があり、多様な木々が生い茂っている。「木の実」を豊富に取り揃えたこの庭は、鳥たちにとっては貴重な「食事処」なのか、この電線には様々な鳥たち(鳩、雀、椋鳥、オナガ etc.)が毎日のように止まっており、時には野生化したインコたちの集団が電線を占拠していることもあった。
 ところが最近、鳥たちが電線の上から姿を消したことに気が付いた。向かいの庭からは、変わらず鳥の声が聞こえているので、どうやら「電線に止まらなくなった」というのが実態のようだ。ならば今までなぜ「鳥たちは電線に止まっていた」のだろうか。この疑問を紐解くため、まずは「電線の歴史」を少し見ておきたい。

 

・鳥たちはいつ頃「電線」に出会ったのか

 

 鳥たちが止まっている街中の電線は、大雑把に分けて三層/三種の線で構成されている。地面から見て一番下の層に敷設されているのが、電話など通信のための「電信線」である。そして、電気を供給する「配電線」は、最上部に敷設された高圧配電線(6,600V)と中段の低圧配電線(200V/100V)に分かれる。配電線は高圧配電線で幹線を構成し(低圧での送電はロスが大きいため)、電柱上にある柱上変圧器で変圧し、低圧配電線を経由して一般家庭に電気を引き込むという構成になっている。

 

電線は三層で構成される(共用柱の場合)

 

 日本に電線が登場したのは1854年、ペリー提督から献上された電信機の実験のため、横浜に敷設された「電信線」がその始まりである。1869年に横浜・築地間の電信線路が開通し公衆電信が始まると、10年後の1879年には日本列島全域に電信線の主要幹線が行き渡った。
 そして、日本で最初の「配電線」は1887年、日本橋茅場町に設置した火力発電所から電気を供給するために東京電燈が敷設した架空電線である。当初は、東京の市街地に設置された火力発電所から低電圧で配電していたが、電力需要の増大に伴って、1907年頃から山間部に敷設した水力発電所から高電圧で配電し、家庭に引き込む際に変圧する現在の構成へと変わっていった。

 

 このように、日本での電線の歴史は約150年ほど、雀の寿命が3年程だとすれば「50世代前」辺りからの付き合いとなる。これは、ヒト換算なら「飛鳥時代」あたりからの付き合いに相当するのかもしれない。

 

・電線と電柱:鳥たちの「見立て」

 

 続いて、鳥たちが「どのように」電線に止まっているのかを紐解きながら「なぜ止まるのか」を仮説立ててみたい。

 

 この問いに関する先達として、三上修の『電柱鳥類学』がある。三上は「電線によく止まるはどの鳥か|止まる場所はどこか」について、国内各地の6つの大学の野鳥サークルの協力のもとで生態調査を行った。以下、ネタバレにならないよう要点だけ抜粋すると、よく止まる鳥の1位は雀で、その雀たちが止まる場所は、垂直方向では「低圧配電線(34%)、高圧配電線(24%)、通信線(22%)」に、水平方向では「電線の中央(46%)と電柱側(54%)」という構成であったという。

 

「止まる場所のスコア」については、その前後の行動など「鳥たちの文脈」がわからないので、参考までに高橋の観測範囲での「印象」を述べておくと、高圧配電線(上)に止まっているのは数羽もしくは群れの状態が多く、餌場など周囲を見渡すために単体で止まっている場合は低圧配電線(中)に止まっているように感じられる。

 

 さらに、電柱の部材である腕金(電線を支える細いパイプ状の金属の部材)の内部に巣を作る雀の生態を紹介しつつ、上下左右見渡せる電線の見晴らしの良さから、電柱にある巣に入る前の「安全確認場所」として、電線を利用しているのではないかと三上は推察している。

 

 こうした事例から、鳥たちが電柱を「木」に、電線を「枝」に、電柱各所の穴を「木の洞」に見立て、電線と電柱を木の代用として利用しているのではないか、そんな仮説立てができるかもしれない。そして、鳥たちがこのような「見立て」を行うようになった背景としては、近代以降の都市化により鳥たちの営巣場所や寝床であった緑地が大きく減少する一方で、電線と電柱が日本の隅々まで行き渡ったことに関係がありそうだ。つまり、拡大してゆく都市部で「生きてゆくためのインフラ」として、鳥たちは必要に迫られて電線・電柱から「木との類似と相似」を見つけ出し/活用し、その経験を次第に習慣化していったのかもしれない。

 

・電線から消えた鳥たち/見立てが不要に?

 

 さて、ここで「目の前の電線から鳥が消えた」に話を戻すと、ここ最近の近隣の大きな環境変化として、向かいの邸宅が春先に空き家となり、庭木の手入れが一切行われなくなったことがある。空き家になる前は、庭木はしっかりと剪定され、母家や通路に光が差し込み、見通しがよかったのだが、空き家になってからというもの、野生化した木々が縦横に伸び放題でまたたく間に「鬱蒼とした森」になってしまった。鳥たちが電線から姿を消したのは、どうやらこのことに関係がありそうなのである。

 

 都会の真ん中で「緑豊かで人の気配がない森」を手に入れた鳥たちからすると、わざわざ「電線・電柱を木に見立てる習慣」が無意味になったのか、あるいは昨今の気候変動(熱波・豪雨)から逃れるように「鬱蒼とした森」に逃げ込んだのか、その真相はわからない。しかし、こうした環境の変化が、モノ(動物)とモノ(人工物)の関係をも動かしてゆく様子を見るにつけ、こうしたところにも「編集」が動いているのかもしれないと、改めて思えてくるのだ。

 

 

参考文献
・三上修「電柱鳥類学」岩波書店(2020年)
・練馬区立美術館「電線絵画」求龍堂(2021年)
・須賀亮行「電柱マニア」オーム社(2020年)

 

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  • 高橋陽一

    編集的先達:ヘッド博士の世界塔。古今東西の幅広い読書量と多重なマルチ職業とディープなフェチ。世界中の給水塔をこよなく愛し、系統樹まで描いた。現在進行中の野望は、脳内で発酵しつつある物語編集の方法を「社会実装」すること。

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