「白く、黒く、光る」。色と光が交錯するタイトルが、何かを暗示する。紙と鉛筆、皮膚と瘡蓋、生と死、そのあいだで揺れる心と体。本と著者との関係を視覚的にとらえた表現と、著者と双子の主人公を一体化した見方づけが他に類を見ないとの評を得た。
新型コロナウイルスの情報が日常を覆う中で行われた44[破]の知文アリスとテレス賞アワード。とりかえサンダル教室の竹岩直子さんがアリストテレス大賞を受賞した。本はアゴタ・クリストフ著『悪童日記』である。
[破]には二つのアワードがあり、ひとつは文体編集術の最後のお題「セイゴオ知文術」を対象に行う。10冊の課題本から1冊を選び、松岡校長の方法に倣って800字のミニ千夜千冊を書き上げるのがルール。アリストテレス大賞は、本と著者とインタースコアすることで知と文体を再編集し、新たな意味の発見をもたらした知文に与えられる。
教室の仲間からの花火のお祝いに、「やった~!」と喜びを爆発させた竹岩さん。大賞受賞を知ったときの気持ちを語った。
自分の名前もですが、大賞の文字につづく作品名と著者名を見て、じんわりと喜びが胸に広がりました。
纏わりつく今年の不穏な空気を振り払うように、何か大きなものに抗うように夢中で取り組んだ稽古でした。その道のりで『悪童日記』への温かい愛着が生まれていたことを改めて実感しました。
本から読み取ったことを書いた「ノート」を、回答前に教室にアップ。吉居奈々師範代と交わし合いをしてから初稿を上げ、指南を受けてもう一度ノートをつくるというように、頭の中を徹底して外部化した。セイゴオ知文術の稽古を通じた読書体験は今までにないものだった。
よっしー師範代のテンポの速い指南に導かれ、「芯」に向かって心をべりべり剥いでいくことができました。「破った」というより、師範代とのやりとりによって「破れていく」という感覚でした。
これまで本に芽生える感情や心象は薄明かりのまま大切にしてきました。知文術は、その光源を己の内外に執念深く探しつづける作業だったと思います。自分なりの解釈であれ曖昧なまま終わらぬよう、本とそこに生まれる感情とに対峙しつづけました。稽古を通し、より能動の、より深い読書体験ができたと感じています。
エントリー直前の稽古で竹岩さんの創文はみるみる変わっていった。けれど、途中で何をしているのかわからなくなったこともあったという。
知文術とは何か。アリスとテレスは何か。頁深く潜り己と結びつけて考えるほど、当初の目的を見失っていたのだと思います。そこで、本だけでなくお題文や知文術の説明を何度も読み返し、歩かんとする道が、どんなものかを何度も立ち返り確認しました。そのうえで、本の内容、著者情報、自身の感情の5W1H+Dや、いじりみよをまとめ推敲していきました。
「ものを書き続けていかなければならない」。このアゴタ・クリストフの言葉を大事にしたいという竹岩さん。自分の稽古スタイルに加え、目標も見つかった。
収集・分類の力とともに、師範代と進める推敲の力をひしひしと感じました。ふとしたイメージは刹那に消えてしまいやすい。考えは、「放ってから寝かせる」を習慣にしたい。お稽古や創文を重ねて、いつか自分らしい文体が生まれればいいなと思います。
【師範代からひと言】
「アブダクションしつづけた白熱の稽古」
とりかえサンダル教室・吉居奈々師範代
切っ先から終わりまで緊張感がみなぎった初稿を見たときに、竹岩さんにはお題文のヒントがあれば十分だろう、この熱を消すことがあってはならないと思いました。ノートの端書にあった「著者の言いたいことがわからない」の咆哮。創文の南はここにあったと思います。メッセージの着席を許さず、「なぜ」「どのように」と問いかけ、調べ、お題文を読んでアブダクションを止めずに立ち続けました。医療に従事する多忙の身でありながら、3部作を読んだ姿勢には頭が下がりました。
コロナ禍、生と死のはざま、竹岩さんの着る白衣。『悪童日記』と竹岩さんが別様の中で燃えているのを、教室がかたずをのんで見守りました。エントリー前、当初からこだわっていたあるメタファーを手放す決断をしましたね。賭けだった、けれど教室には勇気ある前例もありました。「黒く、白く、光っ」たのはいつだ?と端書きを頼りに、見つけた「書く」という本来。知文術のはじめから、竹岩さんが手にしていた方法だったのだと思います。偶然と必然、イメージと身体の記憶がむすびついた瞬間に立ち会えて、とてもゾクゾクしました。受賞おめでとう!
小路千広
編集的先達:柿本人麻呂。自らを「言葉の脚を綺麗にみせるパンスト」だと語るプロのライター&エディター。切れ味の鋭い指南で、文章の論理破綻を見抜く。1日6000歩のウォーキングでの情報ハンティングが趣味。
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