地方に住むのはもどかしい。「ないもの」ばかりあるからだ。
イシス編集学校はネットの学校だ。今期も、学衆はアメリカやスコットランド、オーストラリア、台湾などから回答を送り、指導陣も北海道からハワイにまで点在する。[守]学匠鈴木康代は、阿武隈川にほど近い福島郡山から稽古の大河をどしりと見守り、停電のロシア・ウラジオストクから指南を届けつづけた師範代もいれば、この記事を書く番記者は、観光客の飴をかっさらう野生のサルが跋扈する大阪池田に棲む。
校舎をもたない学校とはいえど、本部は東京豪徳寺にある。とすると海外や地方在住者は、かなり歯がゆい。本楼に行くなら新幹線の手配が必要だし、イシス界隈で「いつ行く?」と嬉しそうに口の端にのぼった舞台『村のドン・キホーテ』も展覧会『石岡瑛子展』も、こちとら仕事の連休を取らねば参戦不能。首都圏の学衆と比べるたび、「東京にはあるけれど、ここにはないもの」が意地の悪い幽霊のように頬をなでてくる。
「ないもの」は、稽古の行く手を阻むこともある。[破]では、本を使った稽古が多い。セイゴオ知文術はいわずもがな、つづくクロニクル編集術でも本がないと稽古ができない。ニューヨーク在住のある学衆が声をあげた。
「課題本、配達に1ヶ月かかるそうです」
電子書籍なら手に入るが、それでは付箋を貼ったり、書き込んだりするマーキング読書ができない。なにより、読む気がおきない。けれど、こんなことを言ってもよいものか。学衆Yは葛藤していた。日本時間の真夜中過ぎ、調音ウラカタ教室にちいさな不協和音が軋む。
翌朝7時のこと。師範代石輪洋平はそっと伴奏をつけていた。石輪は静岡浜松在住。近くに大きな書店があったら、東京に住んでいたらと、はがゆく思う体験を語る。生きていれば不公平に感じることも、理不尽に感じることもある。けれど、と石輪は続けた。その負を反転させるのが「編集力」だと。
「ないなら、ないなりに力を尽くす。そういう経験のほうが実社会では役に立つんですよね」と思い出すようとつとつと綴る。必要に迫られるからこそ、今まで嫌いだったことや考えもしなかったことを試さざるを得ない。この食らいつきこそが、新たな価値や意味を生むのだ。
「Yさんが今直面していることも、《図》として見ればハンデなんですけど、その代わり他の人が経験できない《地》の編集稽古になっているかも」
師範代は、悩む学衆をただでは返さない。日本の本が手に入りにくいならば、英語の動画インタビューを。石輪の手にはYoko Tawadaにまつわる4つのYouTubeリンクがぶらさがる。「ない」から「ある」が生まれた夜明けだった。
画像:齋藤シゲノリ
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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