発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

2024年2月1日、夕方から急に気温が下がり、寒さの揺り戻しに震えた木曜の夕べ、ISIS FESTA SPECIAL『情報の歴史21』を読むシリーズは10回目を迎えた。記念すべき日に豪徳寺の本楼が迎えたのは文芸評論家の安藤礼二さん。文学作品をあらゆる角度から観察し、古さは原型性に通じるという視点で過去から未来を見つめてきた安藤さんは、人類学と考古学の交差点をフィールドとして縄文美術も研究する。人間の根源、そのはじまりの場所を問うとして、『縄文論』の著書がある。舞台に登壇者の著書を揃えるのは慣例だが、JOMONESEなどの大型本も配置されたこの日の本棚は、縄文っぽさに溢れていた。
安藤さんが開いたのは『情報の歴史』の2ページ目だ。シリーズ10回の中でも最初のページを読むのは初。40万年前から2万年前までという時間を納めた見開き二頁には、人類の誕生前後が描かれる。時代は氷河期で、地球は今よりも10度ほど寒かったという。安藤さんは、『情報の歴史』をホモ・サピエンスの誕生から始めたのだ。二足歩行し、顔の周りの筋肉が落ちて口が自由になった我々は、言葉を話し始めた。言葉を使うコミュニケーションは、ここから始まったのだ。
■言葉が情報の世界を開く
5万年ほど前にアフリカを出たホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人が越えられなかった北極圏を抜けて世界に散らばった。そして、時をおかず日本列島に達した。北海道は地続きだった可能性はあるが、沖縄まで到達しているので海も渡ったのだ。”われわれ”と安藤さんはいう。”われわれ”はネアンデルタール人と違い、少し小柄で華奢だった。よって、手先が器用で衣類を作ることができ、言葉でコミュニケーションができた。
われわれ、ホモ・サピエンスは世界に現れた瞬間から情報の世界に生きていた
安藤さんは、ホモ・サピエンスは当初からは今の”われわれ”と変わらない能力を持っていたと確信する。大地を越え、海を渡るために必要だった情報を入手し、利用してきたはずなのだから。目的や意味を探してしまう今の”われわれ”にはわからない、意図してかどうかわからない、だが、未知に向かう力を持っていた。一方、8万年前から1600mlもある大きな脳を持っていたネアンデルタール人はこの頃に消滅した。巨大なマンモスやヘラジカも消えていった。これに安藤さんは、「エコロジカルな環境に一番不要で、エコロジカルな環境を一番壊してきたのは”われわれ”なのではないか」と、ある種の反省の必要性にも言及したのだった。
■黒曜石を求めて情報をあつめる
オブシディアンといえば、パワーストーンとして今も人気が高い石だ。これが旧石器時代から重用されていた黒曜石だと知れば、その石の持つ力とされる「魔除け」や「潜在能力の開花」の意味にもうなづける。神子柴で出土された黒曜石の尖頭器は、まるでダイヤモンドのような美しさだ。
安藤さんは、黒曜石を求めたホモ・サピエンスの移動からも驚くべきことがわかるという。火山国である日本列島には多くの黒曜石の原産地がある。その中で、神子柴遺跡のある長野県の霧ヶ峰から八ヶ岳にかけての地域のものは質がよいことは、3万年前に知られ、遠方まで運んで使われたことがわかっている。また、黒曜石を求めてオセアニアの小さな島へも渡っていたことを考えると、情報を集めるだけでなく、数学的な能力も持っていたのだろう。石器時代とゆるやかにつながる縄文時代にかけて黒曜石を運ぶルートを開拓する傍ら、縄文人は国家を作る代わりに不思議な土器を作り続けた。土器で煮炊きする定住生活は、漁労、狩猟採集が中心の持続可能でエコロジカルな社会だった。この、有益性を超えた生きる力とコミュニケーションの力こそ、ホモ・サピエンスの飛躍の最大の理由ではないか、と安藤さんはいう。
■人間に国家は必要なのか?
「人間はホモ・サピエンスでしかない。人間は情報の中に生まれ、未知なる大地をつなぐコミュニケーションの中で生きている」と安藤さんは言う。そこでは共同体を作ってきた。そして、最後に「人間は共同性を持たないといけない。言葉を持っているし、子孫を残している。そこで家族以上の共同体を作ってきた。国家以前に、すでにわれわれはグローバルな存在だった」と締めた。
話を終えた安藤さんは参加者に、では、果たして人間に国家は必要なのだろうか?とお題を手渡す。
共同体を組織することで生き延びてきた人類が直面せざるをえなかった家族、国家、帝国の問題を『情報の歴史』のなかから探り出してみてください。また、その際、これからわれわれが創り出さなければならない、来るべき新たな共同体の姿を『情報の歴史』の始原にいちど立ち還ることによって抽出してみてください。
2万年前から呼び戻された参加者たちの脳が活性化して応答を始める。人間の起源に立ち還っては未来を語るエディティングモデルの交換が発揚し、まさに『情報の歴史』に相応しい夜は更けていった。ホモ・サピエンスは、もしかすると21世紀に向けて退化してきたのかもしれない。そんな疑念を振り払うかのように。
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◎『情報の歴史21』を読むシリーズは、今後も月に一回のペースで開催が予定されている。次回は2024年3月19日(火)19:30だ。AIDASeason1のボードメンバーでもある、音楽評論家で政治思想史研究者の片山杜秀さんが登壇の予定。
本楼でのリアル参加は限定20名まで、申込者限定のアーカイブ動画もある。聴き逃さぬよう、申し込みはこちら。
ISIS FESTA スペシャル『情報の歴史21』を読む 第11弾 片山杜秀篇
2024年3月19日(火)19:30-22:00
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安田晶子
編集的先達:バージニア・ウルフ。会計コンサルタントでありながら、42.195教室の師範代というマラソンランナー。ワーキングマザーとして2人の男子を育てあげ、10分で弁当、30分でフルコースをつくれる特技を持つ。タイに4年滞在中、途上国支援を通じて辿り着いた「日本のジェンダー課題」は人生のテーマ。
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2025-07-01
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写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。
2025-06-30
エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。
2025-06-28
ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。