一途に、ラッシー◆53[守]汁講ルポ

2024/07/30(火)12:00
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 黒の服に白色っぽいズボンのすらりとした眼鏡の若者が豪徳寺駅に立っている。頭文字A教室の笹本直人師範代だ。7月13日土曜日午後14時40分。事前の案内で時間だけ伝えて日付を忘れるというハプニングがあったものの、なんとかここまでたどり着いた。笹本師範代が企画する記念すべき初汁講、53[守]の本楼汁講である。学衆のOさん、Nさんが無事に笹本師範代を発見し、参加メンバーがそろったところで、本楼に向けて出発。改札脇の招き猫を見ることも無く、笹本師範代はまっすぐ進んでいく。

 Nさんは、よく働く注意のカーソルの持ち主だ。
「いい感じの商店街ですね」と立ち並ぶお店にも目を配る。よさげな和菓子屋を見つけた。
「よい佇まいですね~」
「せっかくだから、お菓子でも買っていきましょうか」
ところが、Oさんと話しながら早足で前を歩く笹本師範代は、和菓子屋にもNさんと師範の福澤の会話にも気づく気配がない。
「笹本師範代、待ってー!」と福澤が声をかけ、ようやく笹本師範代は足を止めて振り返った。状況を説明し、和菓子購入の賛同を得る。お店に入り、それぞれ好みのお菓子を選ぶ。笹本師範代の選択は、みたらし団子であった。店員さんは「焼き団子」と言い直す。「いえ、みたらしです」と何度か繰り返したのち、両者が同じものを指していることに気がついた。「地」が異なると、言葉が変わるのだ。

 

 寄り道したにも関わらず、予定より早く本楼に到着した。躙り口をくぐると、そこは祭りのあとのようながらんとした雰囲気だ。すでに13時集合の4教室がワークをやり終え、ひといきついたところだった。テーブルに案内され、冷たいお茶をいただく。気がついたら、学衆さんの勢いに乗せられ歓談タイムに。
「そうだった、自己紹介を」と仕切り直す笹本師範代。話が弾み、事前の用意は当日の卒意で再編集されていく。気づけば階層の話で盛り上がっている。自己紹介をしていたはず、と時計をみるとまだ15時。軌道修正することなく、話の流れに身を任す。学衆と編集術について語り合えるのが嬉しいのだ。

本棚劇場での、頭文字A教室の集合写真。後列右端が笹本師範代。


 しばらくして、八田律師に本棚ツアーをお願いしていたことを思い出す。声をかけ、1階の本棚をぐるっと案内してもらう。八田律師が本棚からおもむろに一冊、本を取り出した。ページを開くと、そこには松岡校長のマーキング。一同の目は釘付けになる。「校長のマーキングはきれいなんです。線がまっすぐで、文字にかぶったりしない。まっすぐ引けるよう、ここで筆を止めているでしょう?」との詳細な説明に、しげしげと見入る。「師範代全員に読んでほしい本」と『無名時代の私』が紹介され、「松岡校長はこの本を何度も読んでいた。笹本師範代も離に行ったら読んでね」と網野善彦『日本社会の歴史』を渡される。マーキングだらけである。笹本師範代は一心に本を見つめた。

 

 特別に2階と3階の本棚を案内してもらった。2階に向かう階段では、53守の教室フライヤーが貼られている。頭文字A教室のフライヤーを見つけて学衆が喜びの声を上げる。そして師範代の手作りだと知り、驚きの顔に。しかし笹本師範代は涼しい顔である。写真撮影をする学衆たちをおいて、足早に階段を昇っていく。学林堂に飾られた教室名の一覧に「教室名は誰がつけるんですか」と質問が出た。編集学校の仕組みと、頭文字A教室の由来が語られる。笹本師範代がほんの少し、嬉しそうな表情ではにかんだ。

 

 しかし肝心のワークがまだである。本楼に戻り、途中参加の学衆のTさんとも合流していよいよワークへ。時間は予定よりだいぶ押している。用意していた本のワークをバッサリと捨て、「では、ミメロギアをやりましょう。エディットカフェは開けますか? 別院にお題が出ていましたね」と笹本師範代が切り出す。「考える時間は10分で…」と説明すると、阿曽番匠から「もっと短くてもいいかもしれない」とアドバイスが。「じゃあ、3分にしましょう」。さっくりとハードルを上げた。3分経過。それぞれ複数のミメロギアができあがり、発表タイムになる。


 「では、このまま別院へ投稿しましょう。締切りは今日なので、今、この場で」とさらりと促す。一同、そのスピーディな展開に驚きつつも、件名はこれでよいのだっけ、コピペはどうやって、と互いに教え合いながら、無事に本楼から回答を送信した。「やりましたね!」と労をねぎらう笹本師範代。土壇場での編集力を発揮しながら、終始落ち着いている。

 

 この日はその後、兄弟教室でもなんでもないネクスト・キャンドル教室と合同の食事会を行った。笹本師範代は「卒門するまではアルコールは飲まない」姿勢を表明し、ラッシーを貫き通す。学衆からの尊敬は、ますます深まった。

  • 福澤美穂子

    編集的先達:石井桃子。夢二の絵から出てきたような柳腰で、謎のメタファーとともにさらっと歯に衣着せぬ発言も言ってのける。常に初心の瑞々しさを失わない少女のような魅力をもち、チャイコフスキーのピアノにも編集にも一途に恋する求道者でもある。

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