今年のお盆休みは、実家で「いただきます」というたびに、温もりと痛みとが同時に走った。それは、ひと月前の観劇体験のせいなのだろうと思っている。
2024年7月24日の18時開演。遅れたら入場できないかもしれないとのこと。17時までの会議を終えて、サッと会社を出て、17時10分の電車に飛び乗った。こまつ座による『母と暮せば』の大阪公演のゲネプロに向かう。売り切れでチケット入手ができなかった長崎の原爆をテーマにした母子の物語だ。調べておいた駅からの最短ルートを走って劇場着。10名強のイシス編集学校のメンバーも一緒だと聞いている。53[守]の指導陣の背中が見える。オンライン汁講で会った学衆さんもいる。17時50分、挨拶もそこそこに席に座った。
舞台の暗がりに、蝋燭の灯が点る。開幕の合図だ。
のっけから、死者となった息子・浩二と生き残った母・伸子の二人による会話が続く。「幸せは、生きている人間のためにある」。優しいのだけれども、どこか恐ろしいこのセリフが、何度か浩二の口から飛び出す。冷酷な生者によって、死に至らされた浩二は、婚約者の町子と結婚し、新たな家庭を築くはずだった。生き残った町子は新たな相手と結ばれ、死んだ自分はいつまでも一人ぼっちのまま。引き裂かれるような表情で、浩二がこのフレーズを口にするたびに、胸が疼いた。夏休みだけ一緒に過ごした亡き祖父の声が遠くから蘇る。「パイロットの表情が見えるくらいの距離にB29が迫ってきて、柱の影に隠れた。お互いに必死だった」。私たちの生の前には、たくさんの人の死がある。
舞台がもっともイキイキと躍動したのが、伸子がつくった空想のおにぎりとお味噌汁を浩二がほおばるシーン。そんな速度で呑み込めるはずないやんと心の中で突っ込みつつも、切なさが募る。お米もお味噌も手に入らない。「ない」から、かえって豊かにその存在が浮かびあがる。何人も、私たちの想像力を奪うことはできないのだ。いっぽう、見ていられないほど痛かったのは、原爆にあった瞬間を浩二が再現するシーン。熱さにのたうちまわる浩二を身をすくめながら見つ続ける伸子。私たちには、決して目をそらしてはいけないものがある。浩二の身体の痛みと伸子の心の痛みとが観客席にも届き、いてもたってもいられない。
始めのうちは、次々繰り広げられる動作と言葉についていくのに精一杯。が、いつの間にそんなことも忘れ、涙と笑いを行き来する90分が終わった。二人の役者が、緊張した面持ちで、こちらに向かって頭を下げる。役者も観客も、誰もが人という地でつながる瞬間だ。
歴史の教科書で習った一時代前の戦争、ニュースが伝える遠い地の戦争。母がつくるおにぎりの味わい、大切な相手と一緒に時間を重ねたい想い。固いメディアを通して届く大きな事象と個々のなかの手触り感ある小さな機微、その連なりの間に私が存在し、決してどちらとも切り離せない。なら、いまここから、どう生きればよいのか。この場を共にした誰もが感じたに違いない「感」や「問」が、拍手の音とともに言葉を帯びてくる。
薄暗がりのホールを出て、あらためてイシスの仲間たちと出会いなおした。ただ事ではない90分を過ごした同志たちに多くの言葉は必要ない。涙の跡を少しだけ気にしながら、一同で写真に収まった。私たちのなかに宿った新たな景色(原風景)を忘れるものか。
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阿曽祐子
編集的先達:小熊英二。ふわふわと漂うようなつかみどころのなさと骨太の行動力と冒険心。相矛盾する異星人ぽさは5つの小中に通った少女時代に培われた。今も比叡山と空を眺めながら街を歩き回っているらしい。 「阿曽祐子の編集力チェック」受付中 https://qe.isis.ne.jp/index/aso
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