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破るためにこそ学ぶ型のちから — [53守] 井上麻矢の編集宣言
- 2024/07/28(日)10:00

湿気を孕んだ空気に、青い草の匂いが立ちこめた7月14日。編集学校の12期守講座をトップ回答で我武者羅に駆け抜け、現在は劇団こまつ座の社長を務める井上麻矢さんの特別講義が開催された。
編集学校で稽古に励んでいた当時は、次々出題される奇抜なお題を前に、これを考えて何になるんだろうと疑問を抱えていたという。だが、こまつ座を継承し現在化していく時に、稽古の経験が道を切り拓いてくれたそうだ。「型を学ばないと、型を破ることはできない」と自身の物語を通して語ってくれた。
オビ=ワンに召命されたルーク=スカイウォーカーを彷彿とさせる彼女の英雄物語をダイジェストで紹介する。
■編集とホスピタリティ(原郷からの旅立ち)
宿泊客が鏡の前に立ったとき、どこに花を飾ればその客を最高に高揚させられるか考えて飾りなさい
井上ひさしを父に持ち、作家の家で自由に育ったことが、世間の見方と自分の感じ方という二つの指針のバランス感覚を養った。反面、社会人としてスタートを切った時に自分は周囲の人に比べて知識が足りないことを麻矢さんは痛感したという。そのせいで笑われたり馬鹿にされることも多かった。
離婚により最初に勤めたスポーツ新聞社を退職した麻矢さんは、シングルマザーとして二人の子どもを育てながら、二期リゾートで働き始めた。最初に配属された社長室では、上のように語る北原ひとみ氏から
ホスピタリティを徹底的にたたき込まれた。会社が経営するリゾートホテルをはじめて訪れたときは、あまりの素晴らしさに興奮のあまり卒倒したという。届ける相手を思い浮かべて心配りをすることの意味、相手を喜ばせて対価を受け取るとはどういうことか、肌で感じながら学んだ。次の配属先であるギャラリーで松岡校長と出会い、ホスピタリティについてより深く考えていった。
相手を意識することは、編集でも欠かせない。編集は対話から始まる。自己満足の編集では物事は前に進まないのだ。そんなある日、父のたっての希望でこまつ座の経理を引き受けることになり、大好きな二期リゾートを離れることになった。
■夜中の電話(困難との遭遇)
緊張しないと人は成長しない。なんとなく安泰の中で自分のモヤモヤの中で生きていたら人はその域をこえることはできない
父 井上ひさし氏のたっての希望でこまつ座の経理を引き受けた直後、劇団の屋台骨である父が病に倒れてしまう。突然、麻矢さんは劇団の社長の座につくことになった。
未知のフィールドで藻掻く娘に、限られた時間の中で劇団のマネージを伝えようと、父は入院先から
夜中に電話をかけ続けた。電話は朝方まで続き、「中国に進出してくる日本を心底憎んでいた魯迅が、留学先に日本を選んだのはなぜか?」といった正解のない
お題に、自分の言葉で答えをだすことを求められた。強く叱られることもあった。
しかし、麻矢さんは決してわたしから電話を切らないと誓って、緊張の中で指に血豆を作りながら必死に喰らいつき、現場で必要になるイメージの束を必死に受けとめた。電話は180日間続いたが、伝えきれなかったことはたくさん残されている。すべてを伝えきるには180日は短かすぎた。
著書『夜中の電話』では、父が残してくれた言葉を噛みしめ、静謐な筆致で思索を綴っている。
■こまつ座の型(目的の察知)
型を作らないと、こまつ座だけではなく井上作品がこの世に残らない。型をしっかり作ることがこまつ座での使命
父のいないこまつ座を運営する中で「型をしっかり固めることができれば、井上ひさしという作家がこの先ずっと残っていくんじゃないか」と、いつからか麻矢さんは考えるようになった。ホテルウーマン時代に無我夢中になって取り組んだ守の編集稽古には、正解はないけど型はある。すでに経験していたことにはっと気がついたことで、自分はやれるという確信が持てた。
「演劇は、その時代を生きている役者が演じるから、どんな古典も現代劇になり得る」。しかしそれには基本形となる型が欠かせない。型は発想を広げ、課せられた条件は逆にメリットになる。そしていつか、伝承された型から大きく羽ばたく瞬間がくる。守破離は特別なものではない。日常の生活の中で、みな経験しているのだ。
■一人きりの闘争(彼方での闘争)
一つの物語をあらゆる角度のシソーラスから作り、それを徹底的に分析する。学んだことを一つのパッケージとしてまとめ上げ、そこから何が広がるかということを勉強する。それを苦行のようにするのではなく、楽しむ
「死後三年をその人の旬と心得よ」という言葉を残した父。麻矢さんは3年目に「井上ひさし生誕77フェスティバル2012」を企画し、劇団の社長として年8本の上演を決めた。無謀と嘲笑されもしたが、トップに立つ人がブレてはならない。やると決めたからには、必ずやる。
こまつ座の型を固めるためにも、フェスティバルの実現に向けて、独りきりの闘いが始まった。
仕事を依頼する際には、演出家をはじめ、すべての人に物語を用意して、あなたである必然を訴える。ホスピタリティと守の方法を武器に、77フェスティバルという戯曲の脚本家として、キャスティングを一手に引き受けるプロデューサーとして、麻矢さんの用意した舞台には役者が揃い、最初は無謀と笑われた挑戦は、井上ひさし亡き後もこまつ座は続くという大きな旗印になった。
■こまつ座らしさ(原郷への帰還)
既存作品の上演から一歩出て、こまつ座らしさという型に当てはめていく事をやり始めて、レパートリが増えた。型を勉強すると、新しいものを作り出すことができる
実績が評価されたこまつ座は多くの演劇賞に輝き、残された原案から新作を制作するという次のステップに進む。『母と暮せば』は、井上ひさしならこう書くという型に当てはめて作ったものだ。3度目の挑戦で沖縄の人から拍手を贈られた『木の上の軍隊』は、こまつ座らしさとは何かを問い逆に型を取りいくことで作り上げた。こちらは海外から上演のオファーが届き、2025年には沖縄出身の平一紘監督により映画化も予定されている。
「あるものを型として正統的につくるか。または大きな枠の中で考え、そこに設計図のように型をはめ込んでいくのか」。型を様々に使えるようになることで、こまつ座らしい作品がうまれ、井上ひさしの型を破って多くの人とつながっていっている。
どうやってこまつ座らしさを掴んでいったのかとの問いに、「作品はあまり関係ないと思う。人間として真摯に仕事をするということが、井上ひさしと共通したときにあらわれるらしさなのかな」と麻矢さんは語った。
「自分という型をしっかり作っておかないと、自分を壊すことも、人を壊すことも、世界を壊すこともできない」。麻矢さんの物語は、型と格闘する学衆の心に深く沁みこんでいった。
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型から新しいものを作りだす麻矢さんの編集にシビれた人は、ぜひ劇場に足んで、舞台と観客との共鳴に参加してほしい。
きっとユートピアの出現を目撃できるはずだ。
● 2024年井上ひさし生誕90年 第三弾 『芭蕉通夜舟』
東京公演 10月14日(月・祝)~ 10月26日(土)
全国公演 10月29日(火)~11月30日(土)
(群馬・宮城・岩手・兵庫・丹波篠山・大阪)
● 2024年井上ひさし生誕90年 第四弾 『太鼓たたいて笛ふいて』
東京公演 11月1日(金)~11月30日(土)
全国公演 12月4日(火)~12月25日(水)
(大阪・愛知・福岡・山形)
また編集学校では物語編集術の体験ツアーを開催する。
興味のある方は、ぜひこちらにもご参加いただきたい。
日時:2024年8月18日(日)11:00~12:30
費用:1,650円(税込)
会場:オンライン(zoom)
定員:先着20名
対象:どなたでも参加できます