2030年東京、コロナ禍は意外と快適? 大賞作はディストピアSF【46[破]物語AT大賞】

2021/08/22(日)09:00
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人災のような五輪が終わった。松岡正剛は「世の中には『空費』というものがあることを教えた」と皮肉り、165億円を投じた開会式には「信じがたいほどサイテー」と呆れ返った。(2021/8/16 ほんほん
無観客、無歓声、無騒動。密を避け、無が生まれた。忘れ形見は、炎上と第5波。

 

コロナパンデミック下での五輪は、テレビやネットでの観戦のみ。集っての熱狂は許されず、個々人がそれぞれのデバイスで鑑賞する。出口の見えないコロナ禍がこのまま続いたらどうなるか。

 

2021年夏、イシス編集学校からは、ウイルスを克服できなかった2030年の東京を舞台にするディストピアSFが放たれた。46[破]アジール位相教室・浦野裕による「パーソナライズド・インフェルノ」だ。ここにその筋書きを紹介しよう。

 

■もしも「最適な悪夢」があったとしたら

 

その世界では、ウイルスの蔓延により、顔を覆い尽くす透明なマスクを24時間かぶることが日常的になった。マスクを30分外せば、死亡率80%。外界は過酷だが、マスク内は至って快適。

 

Googleレンズを全顔化したようなそれは、見たいものしか見せない快適なXRライフを提供している。ケーキ味のドリンクを吸引すると、ホログラムにはショートケーキが映り満足感アップ。苦手なものが視界に入れば、ただちにモザイクがかかる。幼いころ犬に噛まれた主人公は、散歩する犬を見ることはない。徹底的に個人に最適化された心地よいフィルターバブルで人々は暮らす。

 

しかし、ある一通のメールに、とあるウイルスが付着していた。フェイスマスクのOS「パーソナ」を攻撃するコンピューターウイルスである。感染すれば、その人がもっとも見たくない映像がディープフェイクで表示される。言ってみれば「最適化された悪夢」がユーザーを襲う。血が何より苦手な男の眼前には、腹を裂かれて血まみれで叫ぶウサギが現れる。悪夢から逃れようとマスクをはずせば、人体がウイルスに感染し呼吸困難。付けても地獄、外しても地獄。「パーソナ」の研究員の主人公は、研究所という密室のなか、ウイルスの脅威から人類を守れるか――。

 

■エイリアンが、二重のウイルスに

 

原作となった映画は「エイリアン」。主人公リプリーを主席研究員西に置き換え、裏切り者アッシュはウイルスの高性能さに取り憑かれ、ワクチン開発を阻止する同僚唯野へ。原作に忠実に、キャスティングもシーン構成がなされた本作は、評匠中村まさとしは「物語編集術の妙味が発揮された3000字世界」と讃え、「実写で見てみたい」と心沸き立たせた快作。選評会議でも、番匠野嶋真帆を筆頭に「気持ち悪くて大変面白い」とくちぐちに評価。46[破]アリストテレス賞大賞に決定した。

 

浦野の翻案手腕は優れ、稽古中、作品アイデアを映画プロデューサーに話したところ「自分の企画に使わせてくれ」と横取りされることもあったほど。師範代畑勝之は手筋に感嘆しながらも、「死ぬ気で指南」の宣言どおり、死角を指摘しつづけた。「ウイルスとWi-Fi環境の設定が気になる」など世界観に関わるテクニカルな側面から、体言止めや感嘆符・疑問符の使い方まで、微に入り細に入り赤を入れた。師範天野陽子は「畑師範代との真剣かつ細やかな推敲の過程」に賛辞を送った。

 

 

■アリス大賞は、俳句高校生の青春活劇

 

いっぽう、モードづくりが優れた作品に贈られるアリス大賞には、ほろよい麒麟教室・今野知「飛べ!俳句日和」が選出された。『ちはやふる』を思わせる、俳句好きの高校生による青春活劇。原作は「男はつらいよ」。主人公は、俳句という渋い趣味が周囲にバレぬようサッカー部に入る男子生徒。ベッドの下に俳句雑誌を隠し、ドリブルが五七五のリズムになったのを先輩に指摘され退部するなど、どこかコミカルな仕立てが寅さんの空気をまとっている。

 

当初今野は、女郎蜘蛛に憧れるアゲハチョウの芋虫五郎を主人公にした虫物語を想定していた。今野の本職は漫画家。あえて普段描くことのない「登場人物がすべて人間の、日常的なワールドモデル」に挑戦しようと「俳句を作ったこともないですが」と頭をかきながら十七音に懸ける高校生の物語へと舵をきった。2つの翻案アイデアを並行したため、執筆の時間は限られた。締切当日、師範代尾島可奈子は「時は戻せないけれど、これからやれることはある」と、数行ごとに容赦なく指南の言葉を書き付けた。

 

尾島は30[破]の学衆時代、悔しい経験をしている。喜多川歌麿を主人公に、謎解きを絡ませた物語を執筆。稽古に際し、箱根の美術館へ作品を見に行くなど、時代背景も人物のことも徹底的に調査した。講評では「ワールドモデルとキャラの立て方は非常に巧み」「心憎い設定」「仕掛けも絶妙」と絶賛。しかし「では、なぜ一席なのか。他の作品と読み比べていただけると自ずから理由がわかる」と評者に突き返され、アリス賞一席に留まった。あれから7年、師範代として物語稽古に立ち向かった尾島。師範齋藤成憲は「教え子と協同してもぎ取ったアリス大賞。見事な仇討ち劇」と伏線回収に喝采した。

 

 

■社会を物語として読む力


世論の反対を押して強行された五輪のさなか、「感染と観戦。2つのカンセンがかまびすしいですね」と講評を届けた学匠原田淳子。「世の中にある物語の語られ方や作られ方を、編集的な方法をもって読み取れること。それも編集稽古の成果です」

社会の物語が、想像もできないほど変異していく状況下にあって、物語編集力はさらに求められている。

 

 


46[破]アリスとテレス賞 

「物語編集術」大賞作


 

●アリストテレス賞:大賞 

浦野裕(アジール位相教室)『パーソナライズド・インフェルノ』/原作:エイリアン

 

章立て
 Log1.未来のXRライフ
 Log2.増殖するウィルス
 Log3.2つの地獄
 Log4.最適化された悪夢
 Log5.福音のワクチン

 

裂け目の2文
食堂では、第2研究室の青木がパーソナ内に表示されたホールサイズのショートケーキのホログラムを凝視しながら、ケーキ味のドリンクを吸引していた。[…]突然、青木が見ていたホログラムががたつき、イチゴが血しぶきをあげ、ホールケーキが腹を裂かれて叫ぶウサギに変身した。

 


●アリス賞:大賞 

今野知(ほろよい麒麟教室)『飛べ!俳句日和』/原作:男はつらいよ

 

章立て
 1 湯の川で 洗礼受ける 忍なり
 2 遠回り いつの間にやら 近回り
 3 引き合わす 俳句のカミサマ 韻果なり
 4 右を向く ぼくはこっちと 左向く
 5 それぞれの 空で自由に 飛び回れ

 

ポッと出の2文
「決めた!」と言いながら秋山忍が投げた雑誌は、橋の上から川に向かって空を滑り、フリスビーの様に飛んだ。やがて川面に着水すると岸の枝に引っかかり「特集良寛」のページを開いて止まった。


●テレス賞:大賞 該当なし

(エントリー数:51作)


 

 

※物語アリスとテレス賞を狙うなら

●神話がルークを生んだ!物語づくりはSTAR WARSに学べ【46破 物語 課題映画リスト】
https://edist.isis.ne.jp/post/46ha_films/


●3000字を読ませるには「章タイトル」が鍵だった 大賞作品分析【46破 物語AT】
https://edist.isis.ne.jp/post/46ha_titles/

 

 

※大賞受賞者の過去
新奇開店 EDITBAR5人の客【75感門 BAR】
https://edist.isis.ne.jp/cast/75kanmon_editbar/
奇しくも、浦野も今野も前回の感門之盟にて学衆代表として本楼出演を果たしていた。

 

  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
    イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。