【イシスの推しメン/20人目】実践教育ジャーナリスト・矢萩邦彦が語る、日本流リベラルアーツの学び方

2023/04/26(水)07:31
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 いまや小学生が、iPadで勉強する時代。教育環境も社会情勢も急速に変化している。先の見えないこの時代に、子どもたちに何を学ばせたらよいのか。保護者も教育者も悩みが多い。

 イシス編集学校の師範代にして、実践教育ジャーナリストの矢萩邦彦さんは、2023年3月『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』を朝日新聞出版より刊行。「この1冊で、世界を編集するスタートラインに立てる」という本書には、子どもたちへのどんな願いが込められているのか。日本が学ぶべき「リベラルアーツ」とはなんなのか。来たるべき教育のあり方について、遊刊エディストがインタビューした。

 

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聞き手:吉村堅樹

書影:矢萩邦彦氏提供

 

イシスの推しメン

矢萩邦彦

知窓学舎」塾長。多摩大学大学院客員教授。2014年、「すべての学習に哲学と教養を」をコンセプトに、「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。探究型学習の先駆者として、2万人を超える生徒を直接指導している。イシス編集学校には2008年、基本コース17期[守]に入門。応用コース[破]、編集コーチ養成講座[花伝所]へ進み、世界読書奥義伝4季[離]では最優秀賞・典離に輝く。2008年20[守]・20[破]では道侠オルガン教室師範代として、2013年30[守]では越境アルス教室師範代として登板。松岡正剛校長から「アルスコンビネーター」と名付けられ、「あらゆる世代が社会とつながり相乗効果を生むキャリア編集をナビゲートできる教育者」を理想として幅広く活動している。

 

■日本流のリベラルアーツを!

 古代ギリシアの学問体系をいま再構築するために

 

――矢萩さんは新著『正解のない教室』を出版されたばかり。4月の第3週は毎日Voicyで生放送をなさっているんですね!

 

はい、今日もこのあと人工知能や哲学の研究者の方との対談が控えています。いま世の中ではchatGPTが盛り上がっていますよね。僕のミッションは「日本流のリベラルアーツを再構築する」ということなので、AI研究がさらに進んでくるこれからの時代にどんな教養が必要とされるのかお話しする予定です。

 

――イシス編集学校の松岡正剛校長も「方法日本」という日本流の知を考えておられますよね。

 

日本流のリベラルアーツで、もっとも優先して扱うべきことの一つは日本語の文法だと思っています。いま世界中で使われている「機械語」は、英語から生まれたものですよね。英語は主語も明確ですし、結論がないと話し出すことが難しい。いっぽう日本語は、話しながら考えることもできる。ですから、リベラルアーツも欧米のものをそのままもってきてもうまく行かないわけです。

 

――ちょうど今期のHyper Editing Platform[AIDA]では「日本語としるしのあいだ」をテーマに掲げて、日本語で思考する意義はどこにあるのか、ボードメンバーや座衆たちと探究し、交わしました。

 

日本語の意義や、日本のリベラルアーツの重要性については、イシス編集学校に入門したり、[AIDA]に参加したりする方々は、実感していらっしゃると思うんです。ですから、日本全体を底上げするような教育に変えたいと思っている僕としては、初等中等教育のうちからそのような素養を身につけられるようにしたいと日々活動しているところです。

 

――「リベラルアーツ」というと、いまの日本では「大学の一般教養でしょ」「パンキョーでしょ」など、だいぶ浅い理解が一般的かもしれませんね。

 

日本では、古代ローマにはあった「リベラルアーツ」の体系がもう崩れてしまっているんですよね。世に出ている本を見ると、リベラルアーツと銘打っていても、雑学の寄せ集めになってしまっているものも多い。僕は、中世の「自由七科」がなぜあの7科目だったのか構造的にとらえたうえで、それが現代の日本でいえば何にあたるのか考えて、再構築していきたいんです。そのうえで「リベラルアーツってこういうものだよね」という共通認識ができれば、教育への導入も進みやすいと思うんです。

 

 

■松岡正剛に肖って

 世界を1冊にまとめてみたら

 

――今回の本は、どういうきっかけで書かれたんでしょうか。

 

松岡正剛校長の存在が大きいです。この本のきっかけとなったのは、松岡校長の『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社)と『自然学曼荼羅』(工作舎)です。

 

僕はもともと雑誌「遊」や、千夜千冊を読んでいて、イシス編集学校には2007年に入門しました。それ以来、自分でも松岡校長のように、宇宙の始まりから現代までを1冊にまとめてみたらどうなるんだろう、世界を曼荼羅的にあらわしたらどうなるんだろうってずっと考えていたんです。

 

――長らく温めていた企画なんですね。

 

構想15年です。執筆には2年半かかりました。この本を書いているうちに、コロナ禍が始まりました。同じことをやりつづけるなかで時代が変化すると「不易流行」がわかるんですよね。

 

――時間をかけていちばん注力したのはどういうところなんでしょうか。

 

「1冊に世界をおさめる」ということに時間をかけましたね。しかも、それを中高生にも理解できるように書くためにどうしたらいいか工夫しました。

僕は「知窓学舎」という統合型学習塾を運営し授業を担当するほか、私立の中高でSTEAMの講義を担当したり、大学院では『実践リベラルアーツ論』の講義を担当しています。また社会人向けに、キャリア形成やアンラーニングの講座やセミナーを定期的に行っていますので、小学生から社会人まで世代を越えて、どういう順番なら理解が進みやすいか体感的にわかるんです。この本は、中学受験をする小学校高学年以上の人であれば、中学生も高校生も大学生も社会人にも楽しんでいただけるように書きました。

 

――小学生や中学生は、リベラルアーツへどのような反応をするんでしょう。

 

哲学的な話って、子どものほうが響くことがあります。たとえば、世界は5分前に出来たと考えるニック・ボストロムの「シミュレーション仮説」は小学5年生がいちばんどよめきますね。量子論なら、大学生よりも中学生に響きます。

 

――以前のインタビューでは、千夜千冊1793夜に登場したネルソン・グッドマンの『世界制作の方法』を手帳に挟んでおられましたよね。自分がどんな世界に生きたいのか考えていってほしいというメッセージが込められているんでしょうか。

 

この本のひとつの目的は、世界という全体像を把握してもらうことなんですね。まず自分がどんな世界に生きていきたいのか、それを考えるにしても、まず全体像を把握する必要がある。

この本を読めば、「世界を編集する」ということのスタートラインに立てると思っています。僕のまわりには不登校の生徒もいっぱいいますが、学校のカリキュラムがこなせなくても、「これさえ学んでいれば大丈夫」と思える内容を1冊にまとめました。

 

■教育のデジタル化で課題となる「インタラクティビティ」

 子どもたちが「編集力」を身につけるために

 

――いまや、学校でも生徒一人ひとりがiPadなどタブレット端末を持つようになりましたよね。デジタルリテラシーの違いによる教育格差が広がってしまうことはないのでしょうか。

 

むしろ、勝手に学ぶ子どもが増えている印象ですね。ほとんどの子どもがスマホやタブレットを持つようになって、「学びたいんだけど、学べる環境がない」という子は減っています。子どもたちの学力を底上げするようなインフラが整備されてきていると思います。

 

――なるほど。動画やアプリなどで自学自習できるわけですね。

 

いまは「物知りの子」が昔に比べて増えています。クラスに1人くらい、すごい物知りの子っていませんでした? いまは、ああいう子が、クラスの3分の1くらいになっている印象です。でも問題点は、スマホやタブレットは受け身のデバイスということなんです。子どもたちは、YoutubeやAmazon Primeをえんえんと見続けていて、情報は大量に受け取っているけれど、発信はできていない。ただSNSで愚痴るだけというバランスの悪い状態になっている子が多いですね。そこは早く手をつけるべきところです。

 

――たしかに、いまはネット上の高校である「N高」に代表されるように、誰でも学べるコンテンツは増えていますが、インタラクティビティを確保するのは難しそうです。

 

僕がイシス編集学校のバランス感覚に近いのは、教室の人数なんです。僕は、インタラクティブな交わし合いをするなら1教室12人くらいが限界だと思っていますが、イシス編集学校も1教室の最大人数は同じですよね。

公教育が、旧来型の生徒数で続く限りは、インタラクティブなやりとりができない生徒のほうが増えてしまいます。学校ができないのであれば、民間からやっていくしかないと思って、僕は「知窓学舎」という私塾を経営しています。

 

――イシス編集学校で大事にしているインタラクティブなやりとり、つまり「対話」こそが、学習や編集のキーポイントですよね。

 

僕は、いまいちばん必要なのは、「編集力国語力想像力」の3つだとよくお話します。中学受験では「新タイプ入試」が導入されています。たとえば、リンゴが書かれた絵画を見せて「作者に聞いてみたいことを書いてください」と問うなど、模範解答のない問題が出されます。ここで見ているのは、受験生の回答と、自分の学校のアドミッション・ポリシーとの相性なんです。受験生側からすれば、自分の言いたいことを伝えるだけでなく、学校との対話が必要になるわけです。これって編集ですよね。塾の保護者会などでこのようなお話すると、肌感覚では3分の1くらいの方が納得してくださいますね。

 

――イシス編集学校も中学、高等学校の教育にどのように編集を学んでもらう機会をつくっていけるかを考え始めています。これから矢萩さんとも日本の編集力、リベラルアーツの底上げのため共闘していきましょう。ありがとうございました。

 

 

アイキャッチ:山内貴暉

 

 

 

シリーズ イシスの推しメン

 

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  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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