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43[花]1ビットから類推する沖縄とネパール
- 2025/06/22(日)12:02
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沖縄本島は6月8日、例年より2週間も早く梅雨が明けた。わずか17日間の雨季は異例だが、雷雨に始まり夏至南風(カーチベー)と呼ばれる季節風とともに、晴れ上がる夏が音連れることは変わらない。
期を同じくして、43[花]入伝生は指南尽くしの15日間、錬成演習へとシーズン入りした。3週間の基礎演習を経て、編集負荷をあげるこの期間には、錬成の「錬」があてがわれる。錬の部首は金偏、錬金術のごとく金属を熱いうちに打つことで質を高め、心身や技芸の質的変化を促すあらわれだ。そして旁には東、つまり方向がある。
もともと情報とは判断をすすめるために発生する区別性や差異性のことをいう。1ビットの情報とは、ごくかんたんにいうのなら、東西南北を知るにはそのうちの一方位がわかればいいということである。春夏秋冬なら2ビットである。われわれが世界を知ろうとするときの目印の単位が情報である。(『解釈の冒険 情報とシステムPART2』NTT出版)
1ビットをなにとするか
方向にはイン(In)とアウト(Out)がある。例えば、オーバーツーリズムや地方創生のトピックには、内外を行き来する人の存在がある。昨今、外から内へ~インバウンドと呼ばれる「属性」情報が、頻出ワードになって久しい。沖縄に住まう私にとって、この情報の塊は死活的に重要な意味をもつ。常夏のイメージが強い沖縄は、主要な地域産業が観光で成り立っている。2024年末時点の統計によれば年間入域者数は966万人、うち海外からの数は230万人に及ぶ。人口約130万人の地域に、国内外から約8倍の来訪者が往来する格好だ。世界で一番インバウンド数の多いフランスは1億1700万人、人口の約2倍になる。それとて、InとOutのポイントは多数あるのだから、エリアを区分すればデータは別様の読み方となる。塊は面や線、点からできている。センサーをはたらかせビット数に分解し、情報を刻むとき「外から」がもつ情報のどこに目線を合わせるか。身近な生活者の視点ならば、一過性の観光客より、半径の近しい「内なる外」の存在にアテンションが向く。実際、アパートの隣人やコンビニで働く店員もインバウンドの派生形だろう。情報は切り取られ方だといえる。
内と外、想起されるもの
地方の港町(人口25万人)に住んでいた幼少期、記憶上の外の人とは「宣教師」か「船乗り」のイメージで、タッチポイントが極端に少なかった。進学し上京し、社会に出ると「教師」や「レストランのシェフ」に加えて「研究者」や「駐在員」、身近な生活圏に「内なる外」の存在が増えていった。何度かの転職で勤めた外資系企業では、使われる主言語が英語になり、通称「エクスパッツ」なるボスと喧々諤々したり、偶然の国際結婚に至っては、比喩的に家庭内留学というニューワードも頭をよぎった。古今東西、海で囲まれた極東の国ニッポンに、「外の人」はなにをもたらしてきただろうか。
沖縄の観光・はたらく人々へカーソルをあてると別の景色が見える。私の関わるホスピタリティ業界では「内と外」が曖昧で複層的だ。この半年の接点で、14人のネパール人の採用を決めた。日本語学校で学び、専門学校を卒業し就業しようとする彼ら独特のインサイト(内)にも興味が向く。一様に、沖縄の魅力は「人の優しさ」と「懐かしい自然」なのだという。山岳地帯に海はない。中国とインドの大国に囲まれた地理的様態は想像でしかないが、やさしさの単位を1ビットとすると、その起点は何に動機づけられるのか。ニコニコと笑顔に屈託がない彼らは、明るい沖縄の人々ともどこか似通っている。世界遺産と最高峰の山を8座も有するかの地ネパールは、起伏も国境も広く宗教も人種も民族も多様に違いない。豊かな自然資源、魅力的な観光コンテンツをもつために来訪者が多いのは沖縄と同様だ。そう考えると、成育環境で育まれた特性は生得的で近しく、他者への寛容度が高いのは別の情報が作用するような仮説が浮かぶ。家族間の互酬や贈与、可視化されていない情報も重要だ。たまたまカーソルを向けた1ビットから、ネパールと沖縄の相似が「観光」というワードによって浮上してくるのだから、情報の照らし合わせはまさに編集だ。十年ほど前のこと、ポルトガル語を流暢に話すインドの西海岸ゴア出身の同僚が、石垣島に来訪して開口一番「懐かしい」と呟いた。海の近い潮を含んだ湿度のある風の匂いとコンクリートブロック造建物の家々の屋上にある大きな貯水槽タンクに、酷似する故郷の風景を想起したのだという。それ以降、頻繁に訪れる場所になったと聞く。懐かしさが想起するものは多様であり、1ビットになる。それを機に距離が縮んだり関係がつくられるとすれば、情報の組み合わせは新しい文脈を生む。
外界から入力されてきたさまざまな情報をどのようにであれ判断し、組み立てみるということ、解釈とはそういうことである。ただ、われわれはその解釈にあたって実にさまざまな工夫をし、さまざまなシステムをつくってきた。たとえば情報を箱庭のような図形配置として処理をしたり、いくつかの物語としてまとめなおすということをする。また、放っておけばあまりに断片として霧散しそうな情報も、これを対話者と話しあってみるとしだいに情報の形が整ってくるなどということもする。比
喩や諧謔によって情報を保持し発展させることもある。地図にしたり、舞踏や演劇にしたり、儀式化したりして、情報解釈を強調することもある。そこで、こうした広い意味での情報の編集の仕方を、ひとまず「解釈」とよんでみたのだった。(『解釈の冒険 情報とシステムPART2』NTT出版)
指南するとは、意味を生むこと
相似や類似の知覚センサーは、人と人とを目に見えない「意味の市場」で結着させてもいる。1ビットの情報に方向をつけ、フィルターを重ね、地(分母)と図(分子)になにをおくか。松岡校長は、これを「解釈」と呼んでいる。師範代は指南を通し、解釈をし続ける。師範代になるプロセスは、これら情報の組み合わせを体得する訓練の積み重ねだ。花伝メソッドの建付けはモテルチェンジにモード更新、メモリ(メトリック)設定とつづき、情報の解像度をあげることをとことん追求し、原始1ビットまで分節すること=わけるに帰着する。錬成演習で指南擬きを体験し、これまでの「学ぶ側」から「指南する側」への反転方法を徹底的にインストールしている。自分をマシーンに見立てれば、視座のヴァージョンを乗り換えていくようなOS更新でもある。やってくる言葉(問い)の解釈をひろげ、指南によって意味の市場をつくるロールに着替えていく。花伝所プログラムが秘伝なのはふるまいごと伝承されるからで、AIには難しい。指南を書くために、異質や他者の思考に没入することは表向きの命題だけれど、意味を生成する方法を手にすることが骨法なのだ。
沖縄xネパールに横たわる観光という共通項(地)で、移住者と居住者、先住者や来訪者というフィルター(図)を重ねてみると、経済指標やグローバル資本の多寡だけでなく、言語や居住、食文化といった、人に紐づく文化資源が動いていることにも気づかされる。
未来をつくる視座にたてばこそ、如何様に呼び名をあてども、関わり方、見方によって意味の捉え方が変わり編集の自由度を手にできる。時間軸も意味の変数になっていく。MBAなら2年間、大学教育は4年間、それと比べて花伝所のプログラムはたった8週間。[守][破]と歩みだせば、約1年半の道のりで辿り着く景色がある。この師範代という「代」へのロールチェンジはファッションでもある。脱着し数奇に着替えを経験しなければわからない。自己変容の醍醐味はゆくゆく遠くにあった、未開眼のターゲットを呼び寄せることにも触れておきたい。
追記:
総労働人口数57万人の沖縄マーケットで外国人労働者数は1万7239人になる(2024年12月時点)。多い国籍順にネパール、ベトナム、インドネシアと続き、その総数は全就業者の3%に満たない。しかしながら昨対で+19.7%と全国比(+12.4%)より伸びている。雇用事業所数は3284カ所、他者と交わる関係線の数は星の数ほど存在している。
※アイキャッチの写真は、宮古島のサガリバナ。別名サワフジ。奄美大島以南に自生し、初夏の夜に開花する。
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